口で言うのは死ぬほど簡単で吐き気がする

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少年の歌 【後編】

平日の東京駅は忙しげなビジネスマンで溢れていてた。

キンキンとなる工事音、出発のベル。

留まることのない人の流れに吐き気を感じながら道脇を歩く。

雄二は切符売り場で富士山行きの深夜バス切符を買った。

片道一枚。


雄二は今日この手で自分を握り潰すことを決めた。だれも雄二を壊してくれないから、雄
二は自分で自分を握り潰すしかなった。潰れたセミノ羽根が、まだ手には付いている。ヌ
メッとした感触が雄二には確かに伝わる。


――――誰かが僕を壊してくれないのなら、僕が僕を壊そう

死に場所には冨士の樹海しか浮かばなかった。いつかテレビでとりあけていたのを思い出
して決めたことがどこかおかしくて「ふふッ」と笑った。作り笑いはもう必要なくなった。
自分に優しくすることだけ、彼はわすれていたのかもしれない。傷ついているのは、腕や
足、あざのある体だけじゃなかった。バスの出発まであと5時間もある。だからと言って
何もする気が起きない。いらない時間は退屈なほど長く感じるけれど、雄二はベンチに腰
掛けるだけだった。


今日で小岩井雄二の物語は終わる。

ハルマゲドンもエイリヤンも来やしない。この世界が消滅しないなら、自分で自分を壊す
しかない。気が狂った通り魔が、僕をさしてくれるなんて幸運なことなんてちっとも起き
やしなかった。今日が雄二にとって終わる最後の日だ。明日だとか来年だとかなんてもう
ない。辛い日々に明日なんか欲しくなかった。未来は真っ暗だった。悲しみはいつかおわ
る。苦しみだっていか終わるというけれど、僕は弱いから待てなかったよ。
ベンチに横たわる。先を急ぐ人々。その奥にはビルが立ち上り。そのまた奥にはキレイな
青空が広がっていた。駅の騒音はあわただしさを増すばかりで、雄二の耳には汚いBGM
として嫌悪を撒き散らす。

ふと、行きかう人ばかりの駅前に違和感を感じた。雄二が寝そべっているベンチの道の反対側にギターを背負った男が一人やって来たのだ。彼は30歳ぐらいのおとなでもこどもでもないような顔立ちをしている。手馴れた手つきでアコースティックギターを取り出して、ガチャガチャと弾きだした。ギター音は不快な雑音の上に不快感をまし、雄二の吐き気も増した。「昼真っからなにやってんだ」と嫌悪がまた顔に刻
まれそうになったが、それは今の自分にも当てはまる言葉で言えなかった。平日の真昼間、
東京駅のまえのベンチに寝そべる中学生。笑えるのはむしろ自分のほうだった。

男は歌った。足を止めて聞いていく人など誰一人いない。強いてあげれば、向井側に寝転
んでいる雄二が見つめていたぐらいだった。

「そこの少年!」
いきなり、アコギの男が雄二を指差した。
「そこの少年よ!こんな昼間から学校サボって昼寝か!そんな君に捧げます!」
雄二が驚くまもなく、男はギターを弾き始めた。


少年よー大志を抱けー
そんなものークソくらえー
少年よー学校行けー
そんなものーくそくらえー
少年よーしっかり生きろー
俺を見習えーくそくらえー
ジャガジャガジャーン!


雄二は立ち上がって男に近づいていった。
「おう!何だ少年。」
「このうた あんたが作ったの?」
「そうだ。いいだろ。」
「今作ったの?」
「ああ、今、お前を見て作った。」
「何でしっかり生きろって歌ったの?」
「おまえの輝いた未来が見えたからさ。」
「なんで未来が輝いてるって分かるんだよ。」
「何だおまえ、未来は明るいに決まってるじゃねーか。」
「なんで明るいんだよ。」
「それは未来だからだ。」

「・・・・俺これから富士の樹海で死ぬんだ」
「何で死ぬんだよ」
雄二は長袖を捲り上げる。痛々しい傷が、露になった。
「・・・おまえ それ」
「二年間だ。」
「・・・いいか少年。俺がおまえを見てしっかり生きろって歌ったのはなあ。おまえの目
が素敵だったからだよ。太陽みてーにまぶしくてよう。それが凄くうらやましかったんだ。
うらやましいから。おまえの未来がうらやましいから「しっかり生きろ」って歌ったんだ。
だからなあ、お前。イジメぐらいで人生終わりにすんなよ。お前がどんなに苦しかったは
俺にはわからねえよ。でもな、お前の未来はキラッきらしてるんだぜ。イジメでくらいで、
お前の命を無駄にすんじゃねえ。」
「きれいごと言わなくていいよ。」
「きれいごとだって?お前俺を見てみろよ。どう考えてもオチこぼれじゃねーか。根底じ
ゃねえか。そんな俺がなんでお前に優しくしなきゃいけねーんだ?俺はなあ、お前ムカつ
いてんだよ。お前はまだ何も分かっちゃいねえクソガキじゃねーか。クソガキがいっちょ
前に死を語ってんじゃねーよ。俺はなあ。お前がそのダイヤモンドみてえにまぶしい命を、
捨てちまうなんてキチガイなことしようとしてっからムカつくんだ。命は1っこしかねー
んだぞ。」
「・・・・だって」
もう言葉にならなかった。涙が溢れてきて、目の前が滲んだ。苦しかった。誰かに言いた
かった。聞いて欲しかった。死ぬなよって言って欲しかった。見ず知らずの男のことばが、
雄二に感情を取り戻させた。いままでずっと、かたいかたい鉄で覆われていたものに、感
情は隠したはずだった。奥にしまいこんできた。そうしないと崩れそうだったから。

「おい少年。泣いてないでバスのチケットだせ。どうせもう買ったんだろ?」
嗚咽を吐いたまま、雄二はバスのチケットを男に渡した。
「言いかよく見てろ。」
男はライターを取り出して、チケットに火をつけた。ぼうっと赤い炎が滲んで見える。
「どうだ、きれいだろ。いいか少年。この炎はお前の命の色だ。熱くて熱くて、熱い命の
色だ。一生覚えてろ。」

どれくらいの時間がたっただろう。雄二は男の前で泣き崩れ、体の中から水分がすべてで
てしまうのかもしれないぐらい泣いていた。男はさっきの歌を繰り返し歌っている。さっ
きまで不快なだけだったはずのガチャガチャしたギターの音色が、雄二に優しく響いた。
少しずつ、きもちが落ち着く。

――やっぱり僕は


「・・またここきていい?」
「俺様にあいたくなったらこいや。ラーメンぐらいおごってやるぞ。ようし、今からいく
か。お前のせいで昼飯食えなかったじゃねーか。」


秋の空。騒音が鳴り響く東京駅。雄二は泣きながら笑った。名前も知らない男の前で笑っ
た。雄二、やさしい君の未来はきっと明るいはずだ。

少年の歌 【前編】

作り笑いが上手くなった。


感情のひだを揺らすことなく、口角を上げることができる。

ずっとそうしてきたから、笑うことは苦痛でもなんともない、無機質な行為になった。


横浜に住む小岩井雄二は今年で15歳になる。雄二は単に平和主義者だった。それは今で
も変わらない。揉め事を嫌い。どんなに矛盾したことでも、自分が謝れば住むなら誤った
し、それで解決するならいいと思っていた。しかしそれがいけなかった。

いじめが中1の時に始まった。

最初は、からかわれるくらいだった。

意見が違うとすぐに「そうだね」と認めた。

そっちのほうが楽だった。

教科書もノートも貸してあげたし、ぶたれても起こらなかった。

相手は本気ではないから。

ふざけてやっているだけだから。

友達がいなくなることの方が、雄二にとって辛くて苦しいことだった。

たとえそれが

嘘っぱちのむなしい関係でも。


「おまえ、へらへらしててむかつくんだよ」

ぶたれることから殴られることに変ったのは2年の夏休みが明けてからだった。

3,4人に立ちふさがれ、近所の公園でボコボコニされた。

「顔殴ったらばれちゃうよ」という声が薄れゆく意識の中、

少しだけ聞こえた。

蹴られる理由なんてわからりゃしなかった。

それでも、

彼らの良い面を無理やり探しては「いいところもあるし」と、

自分をごまかした。

誰にもいえなかった。

言う友達なんていやしなかった。

しばらくの間、リンチはやんだ。

雄二の体に出来たあざも消えかけていた。

学校ではそいつらと面白くもなんともないことで同じように笑えていた。

得意の作り笑いがこういう場面でむなしく発揮された。




それから2回ほど季節が入れ替わってから、イジメに耐え難い暴力が加わった。

掃除道具で使うホウキ、定規、コンパスさえも凶器になった。

痛くて、悔しくて、もどかしくて、
決してやまない彼らの暴力に雄二はただ耐えるしかなかった。

どうして自分だけがこんなにひどい目にあわないといけないのか。

そんなことを考える余裕はもうなくなってしまった。

雄二はただ優しいやつなのに。

だからこそ、雄二は家族には何が何でも隠した。

自分のことで家族が悲しむのは嫌だった。
あざや怪我を見られないように、長袖を夏でも好んだ。

たとえ見つかっても、仲間とふざけあって出来た傷だといって笑い飛ばした。

仲間って誰のことだろう。自分を守ってくれ
る仲間なんて誰一人いやしなかったのに。

3日前に2学期がはじまり、雄二は学校の裏で蹴り飛ばされている日々が始まった。

彼らはイジメなんて思ってやしなかった。

ただ目障りだから。

ムカつくから。

うざいから。

そんな理由で雄二の制服に汚い上履の足跡をつけた。

そもそも理由なんて彼らはもっていないかもしれない。

行き場のない苛立ちのはけ口が雄二だった。

朝が来れば嫌でも体は起きてしまう。

目を開けてしまえばそこは昨日とわからない自分の薄汚れた部屋で、

少し動かすだけで痛む足と腕の傷が視界に入る。


目を閉じてしまおう。
このまま真っ暗な世界にいよう。

そう思えば思うほど、外の世界は眩しくなり、

じっとり汗が滲んでくる。
雄二はいつも目が覚めてから数分ベットに横たわるようになった。

イジメが始まってから早く二年、

この習慣は彼を現実で戦うためにはどうしても必要な時間だった。

夢の世界は自由だ。

見たこともないようなロマンチックな黄色のベールに包まれていたり、

自分が願えばどんなところにでも連れて行ってくれる。

雲に乗って色んな国に行ったりした。

願を叶えてくれるランプの精霊も、

自分のためにおいしい果物を取ってきてくれる家来もいた。
それでも傷が疼く夜には、学校での暴力が目の裏に鮮やかに広がった。

絶対に思い出したくいことなのに、痛みが覚えていた。

真っ黒なベールで覆われて永遠に見つからなくなってしまえばいいのにと思えば思うほど、

皮肉にも記憶は重なってリアリティーを増していった。



毎朝、いつも雄二はこう思う。

「今日も生きてやがる」

アルマゲドンだが宇宙人だがどんなやつでもいいから、

この僕を、

この部屋を、

薄笑いを浮かべながら殴る連中を、

それを知りながらめんどくさそうなかおをするクソ教師を、

腐った日本を、

欲にまみれたこの地球を、

壊してくれればいいのに。

何んでもいいから大きものが一踏みで砕いてしまえばいいのに。

だけど、

雄二の望んだ世界の終わりは決してやってこない。


わかっているけど、信じたくなかった。



雄二はまた途方にくれる。

彼はこれから体の痛みを堪えながら、居間におりる。

母親といくつかくだらない会話をして、時には笑顔を浮かべながら朝を過ごす。

そうして家をでるまで、雄二は「普通の中学生」としてやりすごすことを雄二は自分へ課しているのである。
それは母親へのやさしさと、彼の小さなプライドを保ためのものだった。

明るい雄二はいじめられてなんかいない。

明るい雄二は学校でもげんきだ。

いじめられてなんかいるはすがない。


目覚めてから数分間、今日という日があることの絶望と、

今から被る重い仮面への倦怠感にとりつかれる。

そしてもう一度携帯のアラームがなる五分後に、

雄二は今日の運命を受け入れておきあがる。

崩れてしまう本当の自分を心の奥にひっそりと隠す。







9月に入ったくせにやたら暑さが残ってる。

今年は台風も少ないくて雨不足だと、アナウンサーが義理的に嘆いていた。

学校へと重い足を運ぶ途中、雄二はたくさん蝉の死体を見た。

七日で死ぬセミ。
「七日間で終わっちゃうんだ。七日間で。人生が終わる。」
雄二は道端に落ちているセミを持ち上げた。

硬直したセミは生きているときと色は変らず、その目にはヒカリが通っていた。

しかし、このセミにもう命はない。

ないからこそ、雄二にとって美しく見えた。

死してなお、褐色色の羽には艶があった。

手に取ったセミをギュッと握りつぶした。

バリバリという音が聞こえる。

羽が砕ける感触と同時に、なにか気持ちの悪い感触がした。


「ああ、そうか」


トリップガール【9話】

「ありがとう」
「なんにもわたしはしてないわよ」
「でもありがとう」
そういって別れた。

彼女の名前は最後まで聞かなかった。
私の名前も最後まで伝えていない。
でも、いいんだ。
また来るから。
こんどは遊びにくるから。


何かをしたくて飛び出したはずいのサキはたいして何もしなかった。したことといえば、電車に乗って見知らぬ土地に言って、見知らぬ誰かとすこし話をしたことだけだ。それでも名前もしらない彼女は教えてくれた。

あせらなくていいんだ。
つらきゃつらいんでいいんだ。


結局、どこにいたって息苦しかったんだ。悲しみも苦しみも癒えやしなかったんだ。この日、サキはいろんなことを思い悩み感じた。悲しみを越えるにも、苦しみから解放されるにも、どんな辛いことからも、逃れることなんて出来ないのだ。今は顔を背けていられても、いつか顔を合わせてじっと向かい会わないといけないときが来る。その時がいつなのか。そんなことわからない。でもきっと、この日で考えたことや、孤独感はきっと自分の何かを支えてくれるはずだ。何が重要だなんていいんだ。もっと今を生きたい。腕の痛みをこらえて、ほほ笑むことが出来るようなきがした。



帰りの電車、サキは電車と進行方向を同じに座る。「またここから行くのだ」と自分に言い聞かせるように。手にはあの人形がある。なんだか大丈夫な気がする。いっときの感情かもしれないけど「だいじょうぶ」だと思う。きっと笑っていける。泣きたいときは泣いていける。




1時間ほど経って都内へ近づくにつれて、電車内は人混んできた。

当たり前のことだけどそれがどうにも居心地わるい。さっきまでの大きな決意がもろくも崩れそうで、怖くなった。それと同時に自分意思の弱さへの絶望感もまた生まれた。エガオの優しい彼女に教えてもらったことはこんなにも、根付いてないのか。
「そんなことはないはずだ」そう手に握った人形を見つめた。


都会はつらいなあと思う。
都会は合わないなあと思う。
大きな空で
深呼吸がしたいなあ
でも
小さく垣間見れる空の下でも
深呼吸が出来る人になりたいなあ

大丈夫
涙は
もう
大丈夫


おなかすいた

もうすぐ
生まれ育った街に着く
空気の悪いあの街を
すこしだけ

いとおしく思う






【完】



トリップガール【8話】

そういって彼女は縁側にさくに目を移した。時期の早いコスモスが淡い桃色のつぼみを膨らましている。秋がやってくきたのだと庭のすみで、控え目に訴えていた。夏の姿はもう見えない、部屋に吹き込む秋色の風が刹那をまとってやってくる。それが気持ちよくほほをかすめる。

「変なこと聞きますけど」
「なあに」
「おばさんは家出したことないんですか?」
クスリと笑って彼女は少し黙った。真剣に思い出してくれていることが純粋に嬉しかった。
「うーん、あったかもしれないし。なかったかもしれないわ。でも、私、あなたと同じぐらいの時、むしゃくしゃしてたら土手に行って走ってたわ。何も考えずに走ると自然とそういうわだかまりが消えてすっきりするのよ。」
「そうですか。・・・走る。」
「あなたは走るの好きじゃないの?」
「・・・あんまり」
「こういうのって、結局自分で見つけるしかないわ。」
「見つかるかなあ。」
そうねえ。という言葉ともに彼女はなにやらテーブルの上で作業を始めた。きっと店で売り出す何かだろう。風が居間に吹き抜ける。秋の匂いを運んでくる。二人の沈黙をごまかすかのように窓際にかけられた風鈴がリンリンとゆれる。リサはそれを見つめながら考えていた。

何があるだろう。
なにをすればいいだろう。
もどかしさの原因もわからずに
まとまらない考えをさえぎるように彼女は言った。
「どんなに小さいことでも思い悩んでいるのなら、悩んだぶんだけ大きくなれるはずよ。だからあなたも、答えは出ないかもしれないけど、そうやって悩むことは決してマイナスじゃないから。それはねえ。わたし、断言できるわ。だから悩んでるときは、トコトン悩めばいいのよ。でもね、悩んでる自分を嫌いになっちゃだめよ。ちゃんと悩みや苦しみと向かい合っている自分を褒めてあげるぐらいじゃなきゃ。」
一気に言われると、うまく飲み込めない。
頷いていいのかもわらかない。
ゆっくり彼女の言葉を頭の中で繰り返していると、彼女は何か思い出したように言った。
「そうだ。いいものあげるわ。」
そういってサキを居間に残して、急ぎ足で奥に引っ込んでしまった。サキは一人、今でさっきの言葉を飲み込もうとする。でも、やっぱりなかなかうまくいかない。わかならいかもしれないし、わかったのかもしれない。いやきっと、ちゃんとはわかっていないんだ。けれど、大事なことを言われた、気がしてしょうがなかった。
「これこれ、ここの名物とかじゃないんだけどね。私趣味でこういうもの作ったりしてるんだけど。お土産としてこれもって帰って頂戴。きっといい記念になるわ。」
彼女が持ってきたものは和紙で折られた人形だった。キレイな金粉の衣の付いた真っ赤な着物を着ている。頬には紅が色を染め、唇も同じく赤い色をしている。
「ありがとうございます。かわいい。」
おばさんは嬉しそうに笑った。
その時、ふいにサキの左手が覗いた。彼女の目線があれを見ている。隠してあった傷を見ている。
「あなたこれ」
サキはとっさに袖を下げるしかなかった。知られたくない。それはやっぱり、誰にも言いたくないことだった。嫌だ。いやだ。
「なんでもないです」
無意味な嘘をつくしかなかった。
「なんでもないわけないでしょう。ちゃんと見せなさい。」
「いやっ」
強くつかまれた腕を振り払おうとした。どんなバツも受けるから、腕の傷に触れられたくはなかった。そんなことは絶対にあってはいけないことで、いつのならうまく隠せるのにこんなミスをしてしまうなんて、とうとう私も「コワレチャッタ」のかもしれない。
「だめよ。ちゃんと見せなさい。」
腕を放してはくれなかった。離そうとしない彼女の意志が力強く腕をつかむ。触れている温度から伝わるから、よけいに苦しいんだ。
「ほっといてっ」
「ほっとけるわけないじゃない」
「いいからほっといてよ。お願いだから・・・お願い・・・」
もう言葉にはなってなかった。悲鳴にも似た声で懇願した。なにをそんなに拒んでいるのかわからないけれど、涙がでてくる。憎らしい。ちっぽけな自分を唯一守ってくれるものが「涙」かもしれない。
「わかったわ」
彼女は腕を放した。やさしてくれる彼女に申し訳なくて、また泣いた。どうして自分を思ってくれる人を大事に出来ないのか。どうして自分を隠すのか。ホントウノジブンを見られたくなかった。弱弱しいこの自尊心だけが今の支えだったから。
「ごめんなさいね」
彼女はこんなジブンにさえも、もやさしかった。
「ごめんなさいね。あなたはきっとわたしにもわからない苦しいことがあったのね。それがあの傷だった。だからこうやってジブンを守るために旅に出たのね。気づかなくて、本当にごめんね。」
なんで彼女はやさしいのだろう。そんなことを考えるとやっと落ち着いてくる。
「誰もしらないの。隠してたから」
「そう」
起き上がると彼女は包帯を持って立っていた。
「これ巻いてもいいかしら」
「ありがとう」
腕を差し出す。こんどは平気だ。彼女に、やっと素直になることができる。これがせめてものお礼かもしれない。
「また、きっちゃうかもしれない」
一生懸命に包帯を巻く彼女につぶやく。もうやらない、と約束なんかできっこないんだ「きっちゃいそうね。あなたなら」
「うん」
「で、また自分を嫌いになるのよ」
「そうかも」
「でも、またやっても、自分を嫌いにはならいでほしい。あなたはもっと自分を大事に出来るはずよ。」
「きらい・・・・自分なんてきらい」
「嫌ったってしょうがないじゃない」
「そうだけど、きらいだよ」
「私は好きよ」
「・・・・」
「ようし、さあ出来た。」
左手にはしっかりと包帯が巻かれている。それを見ると、なんだか無性に家が懐かしくなった。
「家かえろうかな」
「帰ったほうがいいわよ」
「またここ来てもいい?」
「いいわよ。遊びに来るならね。」
「そば食べてないよ」
「そば今度笑顔で会ったときに食べましょう」
ヘヘッとサキは笑った。腕の痛みも、痛いけど平気だ。むしろ疼く痛みがジンジンするほど、ああ、血はめぐり生きているんだと、感じることが出来る。荷物をもって店を出る。右手で持って左手で彼女と握手をした。

トリップガール【7話】

「すみません。ここらへんに宿とか泊まれそうなところありませんか?」
「えー?ここに?止まるところ?そうねえ。
ちょっと待ってて、あんまりないのよここ。
あなた随分若そうに見えるけど一人旅でもしてるの?」
「まあ・・そんな感じです」
「あらそう?・・あったあった。ここだわ。白鷺温泉旅館。ここならいいんじゃない。ここの温泉いいわよ」
「そこってここから遠いですか?」
「うーん車で20分ぐらいかしらね。タクシーでこの旅館の言えば連れてってくれるわよ」
「そうですか。ありがとうございます。」
そういって店を出ようとしたところ、何か思いついたように引き止められた
「あなた昼ごはんは食べた?」
「え?いいえまだです。」
「なら、奥で手打ちそば食べて行かない?ちょっと作りすぎちゃったのよ」
「ええ、でも」
「あ?もしかしてそばきらい?」
「いやそうじゃないですけど、でも」
「いいのよ。遠慮しないで。」
断れないだけだった。そいう強引なものは、断りにくい。それに、どことなく淋しげな彼女にすこし同情と共感と抱いたのかもしれない。がらんとした店内の奥、綺麗にかたずいているものの、彼女以外の人間の影は感じられなかった。一人暮らしというか、家族がいない一人ぼっちの人になのかと、サキは思った。
彼女はこの家に一人で住んでいるのだろうか。そうキョロキョロするサキの目に一枚の写真が目に留まった。おだやかで知的な男の人が彼女の横に並んでいる。二人とも幸せそうにこちらにほほ笑みかけてきた。

「旦那さんはね、五年前に亡くなったの。もともと肺が丈夫しゃない人だったからね。この店は彼が建てたのよ、小さいけど私には宝物なの」
ああ、この人は幸せな人なんだ。わたしと同じなわけなかった。心のどこかで求めていた共有という感情を、この人とともにすることはないんだろう。そうだよなあ。そんなかんたんに見つかるなんてこと、ないんだろうな。すこしうつむき加減に言葉を返した。
「亡くなってからおばさんお店をひとりですか?」
「そうよ。大変だけどね、それももう慣れたわ。たくさんじゃないけど、ちゃんと毎日来てくれるお客さんや、あなたみたいにね、新しいお客さんに会うことができる。けっこうそれって楽しいのよ。」
彼女のほほ笑みはどこか母親に似ていた。今ごろ、母はどうしているだろうか。私の部屋にあったはずの大きなボストンバックがなくなっていることに気づくのはいつだろうか。

「わたしみたいな人って初めてだったりしますか?」
「うーん。こんなに若いこは初めてよ。大学生ぐらいの子は何人かあったことあるけど。あなた中学生でしょ。」
「えっ、いや、ちがっ」
「別に嘘つく必要ないでしょ。」
真っ直ぐと見つめるその目は穏やかだった。これ以上騙せるはずがなかった。
「・・・バレてました?」
「なんとなくわかってたわよ。わたしだってだてに年食ってるわけじゃないわ。なんか事情がありそうな感じがしたし、こんな田舎に一人旅するような若者なんていないもの。」「一人旅なんです、いちお。」
「中学生の一人旅は家出みたいなもんじゃないの」
「ちがうんです。」
「あんまりちがわないわよ。」
「帰る気…あるし 」
「そう。なら旅ね」

トリップガール【6話】


最初、西に行こうと思ったものの、西行ったって、神奈川、静岡と地方都市しかないじゃないかと思い、ひたすら北へ、山のほうへ行くことにした。北はなんとなく自然が多い気がした。「自然なら、受け入れてくれるかもしれない。」行きかう人の群れの中、右手で握ったボストンのショルダーに力が入る。

目指すは東北。ローカル線でどこまでも行ってやろう。どこだっていいから、どこまでも。

今は少し大丈夫だ。
涙はでない。


八月25日の11時の上野発高崎線は、始発ということもありちょうどいい程度に人がいた。サキは出発までの時間に、コンビニで少しのお菓子と飲み物を買い、車両の一番後ろの列車に乗り込んだ。まばら人は、さすがに細粒車両では少なくなり、ほとんど人がいない。いすは4人すわりの向かい合わせ。サキはその中の一つに進行方向と同じ向きで座った。「離れるのではい」
「行くのだ」と。


遠くへ
遠くへ
終点なんかなければいいのに
そのままずっと
遠くへ
連れて行って
お願いだから
連れて行って


本当なら、一生かえって来たくなんかなった。


そもそも目的なんてないのかもしれない。


電車には、いろんな人間が乗ってきた。自分と同じぐらいの中学生。厚化粧したOL。疲れた顔をしたサラリーマン。流れ去ったはずの汚ギャルまでいた。この世の中でもっとも不思議な空間が電車だということを前に聴いたことがある。全くの他人が「移動」という一つの目的をもって、同じ空間にいるのだ。
ここにいる人間の一体何割が今の自分に満足をしているのだろう。すくなくとも、向かいに座っている無垢な赤ちゃんと抱えたお母さんは満足しているのだろうか。それとも、彼女にも人知れず悩み、苦しんでいることがあるのだろうか。サキは何もわからなかった。どうして、悩みに耐えられるのか。それに耐えれるほどの強い心がここにいる人達にはあるのだろうか。それとも、それ以上の幸福があるからだろうか。苦しみを越える幸福は一体どういものなのか。愛だけで、キモチだけで、僕ら人間は強くなれたりもするのだろうか。そもそも強い人間って誰なんだろう?


そんなことを考えているうちに終点の駅に着いた。


駅は何もなかった。無人駅だ。映画でしか見たことはなかったが、こんなにも何もなく、人気のない駅は初めてだった。こころなしか空が高く見え、緑が映える景色が広がる。少し秋めいた風が、何物にも遮られることなく心地よく吹いている。その風をできるだけ大きく吸い込んで、これ以上でないくらい吐き出してみた。腐ってしまった私の心のどこかをなんとかキレイにしたくて、なんどもなんども深呼吸をした。

駅のそばには小さなコンビにとお土産やさんが一軒。とても静かな駅前だから、人がやたら目立った。コンビニに入っておにぎりとペットボトルをひとつ買った。そして隣のお土産やサンに入る。
愛想のよさそうなおばさんが丁寧にお弁当を並べていた。幸せそうな年のとり方をしているようにみえた。

トリップガール【5話】

けれど、いざ、家を出ようとすると、駆り立てられる衝動や焦燥のような劇的な感じはなかった。もっと感情的で矛盾した思いがあってそれが足を動かした。それでも、決して「逃げ」ではないと感じた。

逃げているんじゃない。

急かされる人生から少し逸れたいだけだったんだ。それは「逃げる」んじゃない。「行く」ことだ。重い荷物をもって、玄関を開ける。まぶしい日差しが怪訝そうに迎えてくれた。耳障りなセミの声に、サイレンの音。誰かのしゃべり声、車のエンジンの音。その全てが「行く」今の私に対するファンファーレだった。



残暑はまだまだひどく、服に汗が滲んでくる。額にも、てのひらにもそうだ。このところ、近い選挙に向けて痛烈な声が町中に飛び交っていて、泣き落としのウグイス譲の声でさえ、わけのわからないプレッシャーを投げ掛けてくる。静かなはずの住宅街は騒音を増し、それゆえに嫌悪感も増していく。 日本の未来を担うのは子ども達で、出来の悪い若者はとうに見切りをつけられてしまったらしい。悲痛な叫びが心の中までとどいて今にも耳をふさいでしまいたくなった。けれど、すこし左手が痛い。昨日また持ったカッターのせいだ。重い荷物を持つ腕には負担が大きいんだなと、左手に持っていた荷物を、右手に変える。楽になった左手を見てみると、閉じたはずの傷口がすこし開いていた。汗ばむ腕には赤い血が滲んでいる。綺麗だなあ、と、思う。



いつかおばあちゃんが言っていたことを思い出した。彼女のやさしさだけはうっとうしくない。「若いってのはそれだけで素晴らしいことなんだよ」

そのコトバがなぜか甦って、悶々としたモラトリアムに陥っているのは自分だけなんじゃないかなと少し悲しくなった。若いってことは繊細で弱いってことではないんではなのだろうか。暑さが思考を鈍らせる。高すぎる湿度は体から水分ばかり奪って、悲しみだけ体に溜まっていった。



泣くんじゃない

必死でこらえた。

ここで泣くのは悔しすぎる。



駅に向かう途中。白熱した路上講演を繰り広げる場面に不運にもでくわした。

「日本の国民のために!!」と熱くこぶしを振り上げ、汗まみれに声を上げる。その立候補者を数十人が取り囲み拍手喝采を送っている。日本の国民のとタメというのなら、こんな武佐暑苦しい駅前を少しは静かにして欲しいものだと思いながら、その場を過ぎる。大人はみんな狂ってる。何を考えているのか、さっぱりわかりゃしない。



夏休みということで駅にはいろいろな年代の人が行きかっていた。どこかに遊びに行くのであろう中高生や、大きな荷物を抱えて帰ってきた家族連れ、寄り添いながら歩く恋人たちに、通勤姿の男性もいた。駅の湿気の強いモワッとした独特の空気に包まれながら中に入っていく。人が多いってのは孤独を感じるものだとい言葉がなんとなくわかった気がした。でも今は孤独の中にいたいんだ。今は。



切符はいつしか買わなくなった。新しく導入されたスイカを3000円分チャージする。違和感は時間とともに薄れていくものなのだろうか。3000円でいけるだけ行こう。ここから離れるだけ離れよう。西へ行こうか。北へ行こうか。どこでもいける。どこまででもいけそうな、そんな爽快感が生まれた。

トリップガール【4話】

心の中の矛盾は
苦しみしか生まなくて
辛さは
消えそうにない
だから
そんな闇を隠してしまうような
まぶしいほどの光にあこがれる

きっと

ほしいのは
それ


自分が狂ってるなんて思ってことはなかった。むしろ、学校で薄っぺらな噂や人気に左右される周りの子たちや、ちいさなことをネチネチとなやんでいるあいつの方がよっぽど可笑しくみえる。そうやって冷めているとまわりに思われても、別に嫌ではなかった。自分が自分である以上、それは自分であることの一つの特徴かもしれないと思えたから。それは良かった。でも、なんだろう。消えやしない苛立ち、時々感じる絶望、そんな煙たいものが苦しくてしょうがないのはなんでだろう。シャーペンで自分を傷つけ始めたの理由も、それをカッターに変えた理由も、今となってはちっとも思い出せやしない。傷ついた左腕を見るのも慣れたし、それを親の前で隠すことも日常生活の一つになった。先生も、友達もしらない。ホントウノコトはしらない。それが今の生活だ。


だからなんだ。どこでもいいから、この場所出なければいいから、行きたかった。もしも、このまま、ここでいつものように生活をするのなら、体の奥にある行き場のないもどかしさは、地団駄を踏んでもっと私の心を縛るだろう。今、行かなければ。 今じゃないとだめだ。

トリップガール【3話】

夏休みも終わりを迎えるこの時期には、1日ぶっとうして生放送のTV番組がやっている。
偽善的なタイトルの割には、画面になんだかぱっとしない顔した出演者を映し出す。みんな涙で顔がぐしゃぐしゃになって歌を歌って、お手てつないで「素晴らしいですね」とほほ笑みあっている。それが無性に苛立った。原因はそれだけじゃないんだけれど。


いいんだ。
どうだっていいんだ。
どこで誰が死のうとも
誰が誰と結婚しようとも
わたしの周りの世界は
いつもとおなじ時を刻んでいる
変りっこない世界なんて
退屈なだけで何にもないじゃないか

世間なんて
そんなもの蹴り飛ばしてしまえばいい

でもどうやって
蹴り飛ばせばいいんだろう
蹴り飛ばす靴も
蹴り飛ばすべき対象も
みえやしない
触れやしない


確かな事実としてある倦怠感は
着地点を求められないまま
浮遊している


ここにいるよ
ここにいるよ
誰か見て
誰か触って
ここにいるんだ
ここにいる


トリップガール 【2話】

実は、10日ほど前から、準備が十分すぎるほど整ったボストンバックを横にいつも寝ている。あの大きくてゴツゴツシタ感蝕と重さがここちよくて、眠ればすこしだけ望んでいた旅に来たような気持ちになる。


おおきな おおきな 空が見える。
ひろい ひろい 大地が見える。


夢の中に、幻想の中に求めたものは、いつも美しくってきれいでしょうがなかった。ずっとこのまま、このままでいられたらと何度思っただろう。夢の中っていうことはとっくにわかっているから、これが現実なんかじゃないってことがわかっているから、やたら悲しくなって泣いて起きる。そう、いつだって妄想や夢は「それ」を越えることはなくて、サキの求めていたものはいつだって「ツクリモノ」でしかなかった。手にとって温度を確かめることも、花を近づけて匂いを嗅ぐことは決して許されなかった。
それが悲しくて涙がこぼれた。


息苦しさを感じたのはいつからだっただろうか。別に今の生活にものすごく不安があるわけじゃない。まあまあ幸せで、このままいくのもなかなか面白いかもしれない。そんな人生もそれはそれできっと受け入れることが出来るだろう。でも、なんだか。「なんだか」と思ってしまう。なじめない学校で生活をそのまま送ることもできる。けれど、このままこうやって「なんだか」と思える人生を歩んでいってしまう気がして、それを考えると、どうしようもなく薄っぺらな未来の自分しか浮かばない。大人はそれを「くだらない」と笑い「若いから」だと言う。そういっている大人の人生も「なんだか」と思えるくらい、平凡だ。