Jeff Beck Group "Definitely Maybe"
1972年夏、"Definitely Maybe"でシュールに閉幕と言う形になったJeff Beck Group。
しかしその少し前と言うタイミングで既にフィクサーとしての手腕をも完治しておられたJeff BeckはTim BogertとCarmine Appiceに再び接触を試みておられたそうです。
そして8月のアメリカ・ツアーで突如メンバーを変更した事が引き金になり空中分解された様です。
基本楽器隊は揃っておられました様ですので、1969年11月の事故以前のプランの再開を試みられたのではないでしょうか、既にFacesのボーカルとして活躍中だったRod Stewartの代わりにPaul Rodgersを呼んで計画を成就させようと試された様ですが、Paul RodgersはFreeの再結成アルバム「Free At Last 」のリリース直後であった為でしょう、参加は見送られた様です。
たとえトリオでも。そうおもわれるくらいにTim BogertとCarmine Appiceの強力リズム体との融合はJeff Beckにとってその時どうしてもノッておきたいサウンドであった事は、その凄まじいステージ・パフォーマンスを体験すれば容易に想像出来る事です。
Beck Bogert & Appice "Morning Dew"
73年5月に日本ツアーを終えられたBB&A。
本国に帰国後今度はTim Bogertが交通事故で重傷を負ってしまいツアーがキャンセルされ、夏には解散の噂も聞こえ始めたそうです。
その頃Eric Claptonは家に引きこもりドラッグに浸り、薬物依存で混沌の中におらたそうです。
そこへ現れたのが、自分自身も中毒から立ち直られたPete Townshend。
「ヘイ、エリック (推察)」
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