「Riot in English/Dale Bozzio」
1970年代ボストンのプレイボーイ・クラブでバニーを勤め、1976年にプレイボーイ・マガジンにその姿を現すと同時にFrank Zappaに参加。同時期に一緒だったTerry Bozzioの夫人となったのは1979年。
1986年までの結婚生活の中で、同じくザッパ出身でDuran Duranのguitarist、Warren Cuccurulloや、同じくザッパ出身bassistのPatrick O'Hearn等と共に、ミッシング・パーソンズ/ Missing personsを結成。その名をL.A.から世界に響かせた。
Terry Bozzioと別れ1988年にPrince FamilyのPaisley Park Labelから初のソロアルバム「ライオット・イン・イングリッシュ/ Riot in English」を発表したデイル/ Dale Bozzio。
彼女のリード・シングル"Simon Simon"は当時ヨーロッパのダンスhit chartでtop 40に入り活躍が期待された。
Dale Bozzio "Simon Simon"
しかし2ndシングル"Riot In English"がそのchartに入る事はなかった。
この頃に音楽業界から発信され、創られたセンスは今も尚色々なところで見受けられます。彼女もやはり創設者の一人だったと言えるのではないでしょうか。
「New Wave Sessions/Dale Bozzio」
その後1999年にPrince、2000年にMadonnaのトリビュート・アルバムに参加されていますが、2007年にDale Bozzio名義で80年代前後のニューウエイブ・ミュージックをカヴァーしたアルバム「ニューウエイブ・セッションズ/ New Wave Sessions」を発表されております。
アルバム収録曲の"Funkytown"です。
Dale Bozzio "Funkytown"
・・・さすがの影響力です・・・
でしょうか、とても耳に残っております。
この「尾を引く感」がエレクトロ・ポップやニューウエイブ・ミュージックの醍醐味と言えるでしょう。とてもカッコいいです。
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