出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』夕暮れ時のロックの殿堂。
ロックの殿堂(ロックのでんどう、The Rock and Roll Hall of Fame and Museum )は、アメリカ合衆国オハイオ州クリーブランド市にある博物館である。ロック(ロックンロール)に大きな影響を残したミュージシャンやプロデューサなどの記録が展示、保存されている。対象となるのはデビューしてから25年以上のミュージシャンである。
オハイオですと旅客機でも十数時間はかかりますのでここ日本ではロックとは一体何か。と言う問いに改めて立ち止まりましても中々ミュージアムに行ってロックを体感。は出来ません。そこで確認の為もう一度その歴史を振り返ってみました。
2006年改正の資料の上では1955年付近にチャック・ベリーやリトル・リチャードの登場によってロックンロール・ビッグバンが起こりエルヴィス・プレスリーがそれを加速させた様ですので、現在で53周年とその歴史は比較的短いです。
サーフィン・ホットロッドとリバプール・サウンド(1960年-1964年)。ここで着目したいのはアメリカではサーフ・ミュージック、イギリスではビートルズを代表とするマージー・ビート、これらは遊び仲間の間から「ウッ、こいつ面白い」と認められた人達が世界的に知られて行くと言うパターンであったと思われます。これは昨今の日本の元気な女子に特に同じ現象を見る事が出来ると思うのです。
そしてブリティッシュ・インヴェイジョンとフォーク・ロック(1964年-1965年)。と、ブルース・ルーツの音楽は広く世界に広まり、サイケデリックとロックの多様化(1966年-1968年)によりトランス系の表現が流行し、ハードロックとプログレッシブ・ロック(1969年-1976年)でクラシック等伝統的な技術を融合された様ですが、解りにくかったのでしょうか、パンク・ロックとニューウェイヴ(1976年-1981年)と言うセンスと空気感を大切にした音楽に姿を変え、一時ロックは死んだと噂されるが、NWOBHMとLAメタル・ムーブメント(1980年-1986年)と言う形で生き残り、ヘヴィメタルの産業化と先鋭化(1986年-1990年)と、そのサウンドは増強されていく。
以降このように解説されております。
(1991年-1994年)オルタナティブ・ロックのメインストリーム化
(1994年-2000年)ポスト・グランジの時代
(2001年以降)ロックンロール・リヴァイバル・ムーブメント
この様に短い周期で新しいムーブメントが生まれ続けている様ですが、特に長かったハードロックとプログレッシブ・ロック(1969年-1976年)を除き、最近は比較的安定傾向にあると言えるかもしれません。
むしろ世界的に景気があまりよろしくは無い事もニュー・ロック・カルチャーの誕生に歯止めをかけている一つの要因とも伺えますし、インターネット網の普及により、手軽に作品を公開出来るようにはなりましたが、本当に良いものしか生き残れずに頭打ち。と言う状況もまたそうなのかもしれません。こうした中で新しいものがぼやけて見えていないだけで既に新たなムーブメントは発生している可能性もあります。
いずれにしましても日本は比較的独自の路線を疾走し続けている様ですのでやはり蚊帳の外なのかもしれませんし、別蚊帳として躍進するのもまた楽しい動きなのでしょう、その響きはさらに熱いです。
・・・ロックは生き物・・・
求める気持ちの固まりなのかもしれません。