昨日の母ごはんはサンマ。
サンマの塩焼き、イカと大根の煮物、ほうれん草の胡麻和え、三つ葉とたまごのお吸い物、ごはん。
 
なんだか居酒屋みたいな組み合わせ。
 
居酒屋といえば会社員時代を思いだします。
 
編集者のころは入稿日=深夜まで働いて終電に間に合わない→同僚たちと朝まで飲んで時間をつぶすor編集部のソファーで寝る→始発で帰宅→夕方に出社→働く・・・・・・なんて生活がエンドレスでした。
 
編集職はいわゆる裁量労働制なので、「定時退社」なんて感覚はなかったし、今でもよく分からないです。休日でも仕事の連絡が入れば、すべてを放り出して駆けつけて働きました。
 
まさに全身全霊を傾けて働いていたし、仕事ってそういうものだと思っていました。
 
なにより仕事が面白かったんです。
 
子供のころから本を読むのが好きで、高校の進路指導で「将来は出版に携わる職業につきたい」といったら、教師から「出版社の入社試験は超難関で、そのなかでも君が希望するような文芸編集者なんて誰でもなれるものではない。仮に東大卒だってムリだよ」と諭される始末でした。
 
でも、なぜか憧れていた雑誌の編集者に空きが出て、たまたま新聞に掲載されていた社員募集に応募して試験をうけたら採用されました。
 
国語の教科書で名前をしったような著名な小説家の担当編集者になり、ものすごい高揚感と幸福感につつまれて夢中で働きました。
 
まだデジタル化されていなかった時代なので、原稿の受け渡しも入稿もすべて手渡し。著者から受けとった原稿をもって、そのまま印刷所へ行き、その場で原稿を読んで入稿作業をし、ゲラが出るのをまってチェックして戻して、校了降版したり(だから夜中になってしまう)。
 
すべてがフェイス・ツー・フェイスでした。
 
関係者が力をあわせて雑誌づくりをしている、世の中に言論を発信しているとの実感がありました。
 
失敗が許されず、責任もプレッシャーも大きかったけど、毎日、うきうきとスキップをしているようで楽しかった。徹夜も長時間労働もまったく辛くなかった。
 
一方で、かなり浮世離れした独特の職環境だったので、たまに学生時代の友人とあっても会話がかみ合わなかった。
 
その後、社員編集者を経てフリーとなったけど、原点は20代のあのころにあるなぁ、と。パソコンやメールなど道具は変わったけど、仕事のやり方もすべてあの頃に覚えたことばかり。
 
サンマを食べながら、そんなことを思い出しました。
 

 

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