1度は病院に行こうかなって、お薬飲んでちょっとだけ片付けして天気のせいか少し横になって休んでたら眠っちゃった(笑)
午前中の診療時間は過ぎてたから、そのまま午後から間に合う様に行こうかと準備してたら叔母から電話がかかって来た。
叔母は、今年の2月の初めに大腸がんの為に入院し、まずはイレウスの治療後に一時退院して再入院し、腹腔鏡手術で大腸がんと周辺のリンパ節を摘出して今に至ります。
詳しい検査の結果、肺と肝臓に転移が見つかりました。
退院して、今は落ち着いた生活を送ってると従兄弟の兄ちゃんから、聞いてました。でも、積極的治療はせずに経過観察だけで過ごす叔母の体調を考えると、押しかけて会いに行くのもどうかななんておもい、腰が引けていました。
しかし、季節は過ぎて私の職場でも、土用の丑の日に向けて鰻の蒲焼きの注文を取る季節に……いよいよ、叔母に連絡を取らないとなぁ~と、思ってましたが、、まさかかかって来るとは思って無かったからちょっとだけびっくりしました。
電話の声は、思ってたより元気そうでしっかりとしていました。
最近の体調は、怠かったり疲れやすかったり腰痛の持病もあるので休み休み過ごしているらしいです。今年の9月には89歳になるって…そうだよね、私の両親と2つ違いだったものね。
今日初めて、ステージIIIだったと聞きました。肝臓の転移が少しづつ大きくなってるらしい。
今は、口から食べる事が出来て身の回りの事が出来るから夕飯の時もご飯だけは炊いてるらしいし、少しはオカズも用意してるとの事でした。
その上、おうちの片付けをしているらしいです。洋服などの整理は一部私や姪っ子に頼みたいとの事でした。
叔母の希望は、来年の天皇様の交代の後の新しい年号に変わるまで生きたいと……
叔母ちゃん生きようよ!!大丈夫!!大丈夫!!
そんな話をしながら、どうか願いが叶います様にって心から、祈りました。
しっかりと鰻の注文も貰って(笑)
そんな話をしながら、私はぼんやりと父の言葉を思い出しました。東京オリンピックまで生きたいと……父さんの願いは叶わなかったなぁと………
父は、オリンピックが東京に決まった時にとても大喜びしました(笑)前回のオリンピック(東京での)の印象が強かったのでしょうね。戦前、戦中、戦後を生きた人にとっては特別な思いがあったのでしょう。
それ故に、叔母の言葉が「一生のうちに年号が3回も変わるなんてこんな機会は早々ないからねッ!」って嬉しそうに言った言葉を叶えてあげたいって素直に思いました。病気が分かって無いのとわかってからでは意識が違っているはずだからこそ、なんですが。
そんなこんなで、約2時間以上電話で話をしました(笑)
叔母の思い、病気の事、亡くなった後の事………実の娘でも、叔母の姉妹でも無い私に話をする叔母の気持ちを考えながら、色んな思いが交錯して……
結局、病院には行かず……日を改めて行く事にして、ヘルストロンに行き、ゆっくりとした休日を過ごしました。
色んな食べ方を試してみたいなぁー😊



