こんにちは。
松田幸子です。
起業女子のために、哲学を土台としたセミナー&コンサルをしています。
ブログでも連日哲学ネタを書かせていただいてます。
2年位前、月収1000万クラスの方々と時々お話する機会がありました。
なんかねぇ…もう、楽しそう!
その一言。
遊んだ時の思い出話とか聞いてると、桁外れで笑える。
その時に明らかに、どこからが「お金持ち」か…の私のラインが変わりました。
月収100万でも、かなり余裕に暮らせますが、友達を招待してファーストクラスでハワイ連泊…は無理でしょ?
どうせ独立して「成功」するならこのレベルを目指さないと!と思わせてもらいました。
今はさらに、月収億の社長さんも知ってます。
お話はあまりした事はないんですが、周りの方々のお話で、人となりはよく分かります。
人を惹きつける圧倒的人間力があります。
さもありなん!
でも、私がそこまで稼ぎたいかどうかは、想像の域を超えてます。
もし、稼いだ方が私の充実感や、世の中に貢献ができると思えば目指すかもしれません。
こんな風に考えた事はないですか?
「そこまで稼がなくていい」
とか
「そんなに稼ぐと逆に不幸になる。人としての道を外す」
とか
「私は頭が悪いからそれは無理」
That is impossible for me!
口では
「お金持ちになりたい」
と言っておきながら、自分にふさわしいお金持ちはこれくらい…と、勝手に線引きしてるのです。
「そのラインまでは頑張ってもいいけど、それ以上はやる価値がないし、私にその価値もない」
う〜ん…よく分からないですね…w
良いのか、悪いのか…どっちなの⁉︎
まぁ、どうのこうの言い訳したところで、そんな感情はただの「諦めから来る妬み」です。
お金持ちになる為の努力を放棄する代わりに、その理由をこじつけてるだけ。
実際の「お金持ち」さんで、「不幸そうな人」も「道を踏み外してそうな人」もいませんよ。
むしろ、たくさん社会貢献してます。
だいたい、税金を沢山払ってるだけで、既に偉い!
その上、ずば抜けて頭がいいというわけでもないです。
もちろん、経験から知っている事が多いのは当たり前ですが。
何が違うかというと、「決意の強さ」ですね。
「生きる目的」に貪欲なんだと感じます。
その目的は、別に
「世の為人の為」
みたいな美しい物でなくても全然良くて、
「人より人生を楽しみたい」
とかでいいんです。
というか、良いも悪いもないですw
勝手です。
「勝手で良い」に気付いた人から勝手にやり出します。
結局、最終的には、上手く行くかどうかって「賢さ」とか「信条」とか「運」とかそんなのは後付けで、とにかく「貪欲」につきるなぁと。
赤ちゃんがお腹すいた時に満たされるまで泣き続ける…あの感じです。
「賢さ」「信条」「運」…それに成功を託しても、無理だろうなぁ。
そんな人の方が多い気がしますけど。
無理でしょ?実際。
そういう物も「貪欲」あってこそ。
分かってますよ。
どうすれば「貪欲」になれるのか分からない。
てことも。
「貪欲」という言葉には、どうしてもマイナスイメージがありますね。
別の言い方をするなら
「私はそれを手にする資格が充分あるし、そうでないとおかしい」
でしょうか。
その感情に、他人が「欲張り過ぎだ」とダメ出しすると「貪欲」という言葉になりますね。
「貪欲」って要するに
他人目線の言葉。
あくまでも自分目線の欲求にフォーカスすると、どういう言葉がしっくりくるか?
…「志が高い」かなw
貪欲 = 志が高い
うん♪ いいじゃないですか!
何も違和感ありませんよね?(私だけ?w)
自分に「その資格がない」と思っている間は「貪欲」にさえなれないという事です。
以前書きました「矜持(きょうじ)」に行き着きますね。
自分の能力を信じて抱く誇り。
です。
矜持について書いたブログ
↓
「矜持」がないと「貪欲」になれないんです。
「矜持」は誰かに授けてもらう物でもないし、見つけてもらう物でもありません。
経験の中から、「自問して作る」のです。
ある時、急に気付くかもしれないし、ジワジワと育てるのかもしれません。
とにかく、実際に上手くいっている人と同じ空間で、その空気感にたくさん触れて下さい。
その「感覚」で世の中を見て下さい。
それまでの自分の「感覚」が書き換わったと感じるまで。
自分自身の評価も変わるかもしれませんよ^ ^




