青山霊園 斎藤茂吉の墓と歌碑 | 僕と歴史と墓 

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こんにちは!

今回は、この前紹介した大久保利通の墓の近くにある歌人の斎藤茂吉の墓を紹介します。

 

↑大久保利通の墓に行く途中の右側にあります。

 でも墓石が小さかったので、全く気づきませんでしたアセアセ 

 墓石には、「茂吉之墓」とあります。

 斎藤茂吉は、明治時代に山形県で生まれた歌人でもあり精神科医でもある人物です。

 医師を目指し、開成中学から東京帝国大学医科大学(東京大学医学部)に入り、幸田露伴に影響を受けて、

 短歌結社誌の「アララギ」に短歌を発表をし、大学を卒業しました。

 その後は、病院の院長になったり、たくさんの歌集を出版したり、たくさんの歌を詠んだりして、

 1953年に亡くなりました。

 病院で医師としていたときには、芥川龍之介や永井荷風も診察を茂吉に受けたそうです。

 茂吉の子供には、随筆家の斎藤茂太(長男)や小説家の北杜夫(次男)などがいます。

 

↑同じ墓域にある斎藤家の墓です。

 

↑墓誌には、斎藤茂吉、茂吉の妻の斎藤輝子、茂吉の長男で随筆家の斎藤茂太などが書いてあります。

 

↑これは、青山霊園の近くにある斎藤茂吉の歌碑です。

 この場所は、斎藤茂吉が院長を務めていた病院の跡です。

 

↑歌碑には、「あかあかと一本の道通りたり霊剋る我が命なりけり」とあります。

 

 

今回は、これで、終わります。

もう少しで受験なので時間があるときにだけブログを書きたいと思います!

青山霊園もまだ紹介していない墓があるので今度紹介します!

では、さようなら!