東京 赤報隊隊長の相楽総三の墓 | 僕と歴史と墓 

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こんにちは!

今回は、東京の青山霊園立山墓地にある赤報隊隊長の相楽総三の墓を紹介します。

 

↑相楽総三と木村敬弘の墓所です。

 

↑相楽総三の墓所は調べてこなかったので、見つけるのに結構時間がかかりましたアセアセ

 相楽総三の墓所は普通で分かりにくいですが、この白い石柱が結構目立っていたので分かりました。

 

↑右奥の石碑のような墓は、木村敬弘の墓で、

 木村敬弘は、相楽総三の子を養っていた人物で、

 中央近くにある小さい墓石が、相楽総三の墓です。

 

↑相楽総三の墓です。

 相楽総三は、戊辰戦争で官軍先鋒隊の赤報隊を率いて東山道を進軍していましたが、

 途中で偽官軍として、長野県の下諏訪で処刑されました。

 戊辰戦争が起こる前には、尊王攘夷派の志士として赤城山で挙兵したが失敗し、

 後に西郷隆盛の指令で、浪士隊を率いて江戸市中攪乱を図ったりしていました。

 

 

 

今回は、これで、終わりです。

青山霊園の墓は、これから1つずつ紹介していきます!

では、さようなら!