「常識の範囲内」の常識の範囲って?
お疲れ様です。

へへっ。実は、ほんとは今日から夏休みのはずが・・・。
なぜか今会社に行ったももりん♪です。(あははっ)
なんとなく、終わってない仕事があったのでどうしても片付けておきたかったので・・・。
大好きな山Pのドラマで、「プロポーズ大作戦!」ってのがあったのですが、その中にでてくる確か第5話で、(長澤まちゃみ演ずる)礼のじいちゃん(夏八木勲)が、何かとぐずぐずしてる性格の(山P演ずる)健に向かって、
「後悔すんなよ。 いつも明日がくると思ったら痛い目にあうぞ。
明日やろうは馬鹿やろうだ。」
って言うんですが、まさにそれを聞いたときから、その言葉は私の「座右の銘」であります。
すぐ、「明日やればいっかぁ~。」とおざなりになってしまう私にハッパをかけてくれる名言です。
ってな訳で、おしりをたたきたたき出社した次第で。。。(あははっ)
*。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜*。。
人と人が交差しながら生きていく中で、ぶつかったりつまずいたりしないように、みんなが守ればスムーズにいくように決められたものがあります。
「ルール」です。もともと「ルール」は決めたのは人であり、人が線を引いてきめたラインです。
「ルール」を書いたものが、「規約」であったり、「契約書」であったり、その頂点が「法律」でしょう。
「法律」といえば、有名なTV番組が、日テレでやってる伸介の「行列のできる法律相談所」略して、「行列」。
(よく間違って、「法律のできる行列相談所」って言ってしまうのは・・・私だけ?きゃははっ。)
あの番組の中で、弁護士先生が、いろいろな法律にかかわる難問に対して、様々な解釈で回答を出し結論を出すのですが・・・。
答えは、いつもパーセントですよね。
白黒はっきり!決まる訳でなく、先生方の解釈と見解によって、答えはいつも1つではありません。
私は小さい頃から、物事は、「いいもん」「悪もん」、「正義」「悪」、「白」「黒」ってはっきり分かれるものだとばかり思って生きてきました。
でも。。。世の中ってそうはいかないんですね。
「白」「黒」の他に、「グレー」があったり、「いいもん」「悪もん」と思ってたら、実は「悪もん」にはのっぴきならぬ事情があって「悪もん」にならざるえなかった・・・だったり、実は、「いいもん」はただの「わがままもん」で実は腹黒かったり。。。
なんでだろ?世の中に「グレー」が点在し、白黒はっきりさせてしまわないで、そのまま「グレー」にしてそっとしておいた方がいい場合とかあるんだね。
人生の中でなんか納得いかなくって「なんで?」「え!?」って思ったこともありましたが、それは私の「狭い意味での常識」だった訳で、広い意味では違ってたりして、沢山そんな事に遭遇していくうちに、色々な人とかかわるうちに、
「なるほど・・・ありやね。」って納得することも多々。
それが「大人になる」って事なのかもしれませんね。。。
よく「そんなん常識やん!」とか使うこの「常識」も人によってのかなりの認識違いや、「ずれ」ってありますよね。
「常識」(じょうしき)を辞書をひくと・・・。
-- 社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。 --
と書かれています。
この「当たり前」のものとか、価値観、知識、判断力って、結局は人が決めたルールであり、大きくは「社会」なのでしょうが、「会社」「学校」もっと小さくなると、「家族」「個人」と狭まっていくと、「常識」が一人歩きして、大まかには、白、黒で解決しても沢山の色々な解釈が存在するので、(限りなくグレーに近い)黒・・・とかなってしまうんですよね。
なんか漠然としていますが、例えば・・・。
うちの家族は4人も子どもがいて6人家族。そんなせいもあったのか、親の方針だったのか必ず我が家は「家ご飯」でしたので、それが私の社会人になるまでの「常識」でした。(狭い常識だにゃ・・・。)
だから、変な話ですが、外食するとなんとなく「罪悪感」が否めません。
でも、おっきくなったら、友達とかは、週に何回か「外食」するのはあたりまえでそれが「常識」。
もう、そこでかなりずれてますよね。
たとえば、日本では義務教育で学生は学校に行って毎日勉強したり、社会人になればある程度の人が何らかの仕事を持って働くのが「常識」。
でも、世界のどこかでは、はだかに近い姿で、お日様が昇ったら起きて、今日食べるものを捜して歩きそれを食べたら日が沈んだら寝る。それが「常識」。
じゃあ、やっきになって、「学校に行かないとダメやん!」とか、「働くのが当たり前!」っていう常識は、実は違う国に行けば何でもないとるにとらない出来事、「常識の範囲外」になってしまう訳です。
一体「常識」って何なんだろう???
「常識」の境界線は一体どこにあるんだろう・・・?
でもね最近思うのですが、「ルール」や「常識」が「まあ~いいやん」で片付けられるとやっぱり大変な事が起こりますよね。
最近の色々な事件やニュースを見ていると、若い世代、そしてそのこどもの世代と渡っていくうちに、この「常識の境界線」と「常識の範囲」が、かなりゆがんでくずれてきているような気がします。
人にとって、ある意味、「個人」「家族」小さな「常識の範囲」があったとしても、
「大きな範囲の常識」がある程度許されたとしても、
------ 世界共通の「常識」 ------
命にかかわる事や、
人の心にかかわることや、
人を危めたり傷つけたりしないためにも、
人として・・・。
やってはいけないことは、やはり共通であってほしい!
道徳や倫理的な意味での世の中の「ルール」、「モラル」、「常識」は、「万人に同じ」であってほしいと切に願います。
・*:.。. .。.:*・ お ま け ・*:.。..。.:*・*:゜・

おそろいの帽子とリュックでご機嫌な二人。
明日から夏休みのはずのももりん♪と明日はお仕事休みのまあくん。
調子よくお部屋でしゃべってたら、突然!「ぶちっ!」
え?
メンテナンスが夜中に入るとは全くしりませんでした。(苦笑)



へへっ。実は、ほんとは今日から夏休みのはずが・・・。
なぜか今会社に行ったももりん♪です。(あははっ)

なんとなく、終わってない仕事があったのでどうしても片付けておきたかったので・・・。
大好きな山Pのドラマで、「プロポーズ大作戦!」ってのがあったのですが、その中にでてくる確か第5話で、(長澤まちゃみ演ずる)礼のじいちゃん(夏八木勲)が、何かとぐずぐずしてる性格の(山P演ずる)健に向かって、
「後悔すんなよ。 いつも明日がくると思ったら痛い目にあうぞ。
明日やろうは馬鹿やろうだ。」
って言うんですが、まさにそれを聞いたときから、その言葉は私の「座右の銘」であります。
すぐ、「明日やればいっかぁ~。」とおざなりになってしまう私にハッパをかけてくれる名言です。
ってな訳で、おしりをたたきたたき出社した次第で。。。(あははっ)
*。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜゜。。+゜*。。
人と人が交差しながら生きていく中で、ぶつかったりつまずいたりしないように、みんなが守ればスムーズにいくように決められたものがあります。
「ルール」です。もともと「ルール」は決めたのは人であり、人が線を引いてきめたラインです。
「ルール」を書いたものが、「規約」であったり、「契約書」であったり、その頂点が「法律」でしょう。
「法律」といえば、有名なTV番組が、日テレでやってる伸介の「行列のできる法律相談所」略して、「行列」。
(よく間違って、「法律のできる行列相談所」って言ってしまうのは・・・私だけ?きゃははっ。)
あの番組の中で、弁護士先生が、いろいろな法律にかかわる難問に対して、様々な解釈で回答を出し結論を出すのですが・・・。
答えは、いつもパーセントですよね。
白黒はっきり!決まる訳でなく、先生方の解釈と見解によって、答えはいつも1つではありません。
私は小さい頃から、物事は、「いいもん」「悪もん」、「正義」「悪」、「白」「黒」ってはっきり分かれるものだとばかり思って生きてきました。
でも。。。世の中ってそうはいかないんですね。
「白」「黒」の他に、「グレー」があったり、「いいもん」「悪もん」と思ってたら、実は「悪もん」にはのっぴきならぬ事情があって「悪もん」にならざるえなかった・・・だったり、実は、「いいもん」はただの「わがままもん」で実は腹黒かったり。。。
なんでだろ?世の中に「グレー」が点在し、白黒はっきりさせてしまわないで、そのまま「グレー」にしてそっとしておいた方がいい場合とかあるんだね。
人生の中でなんか納得いかなくって「なんで?」「え!?」って思ったこともありましたが、それは私の「狭い意味での常識」だった訳で、広い意味では違ってたりして、沢山そんな事に遭遇していくうちに、色々な人とかかわるうちに、
「なるほど・・・ありやね。」って納得することも多々。
それが「大人になる」って事なのかもしれませんね。。。
よく「そんなん常識やん!」とか使うこの「常識」も人によってのかなりの認識違いや、「ずれ」ってありますよね。
「常識」(じょうしき)を辞書をひくと・・・。
-- 社会の構成員が有していて当たり前のものとしている価値観、知識、判断力のこと。 --
と書かれています。
この「当たり前」のものとか、価値観、知識、判断力って、結局は人が決めたルールであり、大きくは「社会」なのでしょうが、「会社」「学校」もっと小さくなると、「家族」「個人」と狭まっていくと、「常識」が一人歩きして、大まかには、白、黒で解決しても沢山の色々な解釈が存在するので、(限りなくグレーに近い)黒・・・とかなってしまうんですよね。
なんか漠然としていますが、例えば・・・。
うちの家族は4人も子どもがいて6人家族。そんなせいもあったのか、親の方針だったのか必ず我が家は「家ご飯」でしたので、それが私の社会人になるまでの「常識」でした。(狭い常識だにゃ・・・。)
だから、変な話ですが、外食するとなんとなく「罪悪感」が否めません。
でも、おっきくなったら、友達とかは、週に何回か「外食」するのはあたりまえでそれが「常識」。
もう、そこでかなりずれてますよね。
たとえば、日本では義務教育で学生は学校に行って毎日勉強したり、社会人になればある程度の人が何らかの仕事を持って働くのが「常識」。
でも、世界のどこかでは、はだかに近い姿で、お日様が昇ったら起きて、今日食べるものを捜して歩きそれを食べたら日が沈んだら寝る。それが「常識」。
じゃあ、やっきになって、「学校に行かないとダメやん!」とか、「働くのが当たり前!」っていう常識は、実は違う国に行けば何でもないとるにとらない出来事、「常識の範囲外」になってしまう訳です。
一体「常識」って何なんだろう???
「常識」の境界線は一体どこにあるんだろう・・・?
でもね最近思うのですが、「ルール」や「常識」が「まあ~いいやん」で片付けられるとやっぱり大変な事が起こりますよね。
最近の色々な事件やニュースを見ていると、若い世代、そしてそのこどもの世代と渡っていくうちに、この「常識の境界線」と「常識の範囲」が、かなりゆがんでくずれてきているような気がします。
人にとって、ある意味、「個人」「家族」小さな「常識の範囲」があったとしても、
「大きな範囲の常識」がある程度許されたとしても、
------ 世界共通の「常識」 ------
命にかかわる事や、
人の心にかかわることや、
人を危めたり傷つけたりしないためにも、
人として・・・。
やってはいけないことは、やはり共通であってほしい!
道徳や倫理的な意味での世の中の「ルール」、「モラル」、「常識」は、「万人に同じ」であってほしいと切に願います。
・*:.。. .。.:*・ お ま け ・*:.。..。.:*・*:゜・

おそろいの帽子とリュックでご機嫌な二人。
明日から夏休みのはずのももりん♪と明日はお仕事休みのまあくん。
調子よくお部屋でしゃべってたら、突然!「ぶちっ!」
え?

