JR福山線脱線事故から15年 | TOMOMOの道標

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不思議体験談と気付きの話
発達障害の子供たちの話
霊能者も普通の人となんら変わらないことを知ってもらいたいと思い、日常を綴ってます。

あれから15年ですね。
身近に被害者がいないとはいえ、よく乗る電車のありえない車両の惨状に恐怖を覚えました。
当時3歳だった電車好きの長男も、電車のおもちゃ同士をぶつけては、怖い怖いとシクシク泣くことが数ヶ月続きました。
電車好きだったので、伊丹〜尼崎間をよく乗りに行ってました。
当日、ニュースを見た友人から「大丈夫?」というメールや電話がたくさんあり、「乗ってなくてよかった!」と…
その日も長男が望んだら乗っていたかもしれません。

事故のあった大きなカーブは、そこそこのスピードで走り抜けてたように記憶してます。
少し傾く電車にドキドキすることもありましたが、まさかそんな事故になるとは思ってないので、あまり気にすることもなく…

事故以来、当たり前ですがとてもゆっくり走ってます。
事故の現場のマンションは気付くと解体されて、今は祈りの杜という施設になってます。
解体されるまでは茶色っぽいマンションが見えてくると、黙祷する習慣がありましたが、今はカーブに差し掛かってようやく気付くので、黙祷はちょっと遅れてしまいます。

犠牲者の皆さまの鎮魂を心からお祈りします。

TOMOMO