大地への道 後ろから

 

 量子コンピューターの実現という話が聞こえてくるようになった。

 関連して「シュレーディンガーの猫」の話もちらほら。

 この猫の話を始めて聞いたのは、学生時代に購読していたSFマガジンで山田正紀の「宝石泥棒」の続編の中だったと思う。

 当時から思っていたのだが、この猫の例えはあまり適切ではないのではあるまいか?

 素粒子レベルで起こる現象なら、もう少し何かいい例えがありそうなものだが、数式の解らない私に理解が及ばないだけかも知れない。

 パラレルワールドを基底にした理論が、コンピューターとして現実に開発できるのだろうかとの疑念もある。技術的にまだまだ遠いような・・・。

 数学と量子力学だけが突出して世界の実像に肉薄している様だが、科学の他のジャンルとの乖離も気になる。

 生命の捉え方も、「肉体という空間と人生という時間を占有している」とのフォーカスから全く離れられない。

 特にキリスト教がらみでは、先端の生物学者自身が「結局魂は脳の神経細胞内に宿る」と言ったり、JPホーガンですら晩年に聖書回帰の様相を呈したり、西洋文明の限界なのだろうか?