ボロのようだと呼ばれ、
美しく整った花々の陰で、
見向きもされずに揺れている。

ダンドボロギク。

その名は、綿毛をまとった姿が
古びた布や、ほつれた襤褸のように見えることから付けられたといわれています。

けれど、ボロとは誰が決めたのでしょう。

花びらが整っていないから。
色が華やかではないから。
人の手で飾られる花ではないから。

そんな理由で価値がないとされても、
この花は風に耐え、乾いた土地に根を張り、
泥にまみれながら次の命をつないでいきます。

美しさとは、
傷ひとつない姿だけを指すものではありません。

折れながらも立ち上がること。
誰にも見られなくても咲くこと。
与えられた場所で、命を終わらせないこと。

それもまた、ひとつの美しさです。

月を見守る者は、
華やかな花だけを選びません。

名を笑われた花も、
姿を疎まれた花も、
誰にも拾われなかった花も。

すべて等しく、月の光の下へ迎えます。

ボロのようだと呼ばれても、
その命までボロになるわけではない。

ダンドボロギクは今夜も、
静かに、けれど確かに、
自らの命をつないでいます。