第四十九夜|それなら、よかった

翌朝。

鷹は六右衛門の姿を見つけると、少し離れた場所へ降りた。

昨日から、ずっと待っていた。

自分から頼んだことだった。

金長に、小姫をどう思っているのか聞いてほしい。

聞くのが怖かった。

けれど、知らないままでいる方がもっと苦しかった。

六右衛門が鷹に気づいた。

「鷹」

「はい」

「昨日、金長に聞いたぞ」

鷹の翼が、ほんの少し動いた。

「……はい」

六右衛門は昨日のことを思い出したのか、少し嬉しそうな顔をした。

「金長な」

鷹は黙って待った。

「小姫のことを、大切なたぬきやと言うとった」

その言葉が落ちた瞬間。

鷹には、辺りの音が少し遠くなったように感じた。

大切なたぬき。

そうか。

金長も。

小姫のことを。

「……そうですか」

それだけ言うのに、少し時間がかかった。

六右衛門は頷いた。

「お前が言うた通り、ちゃんと本人に聞いた。あいつの目ぇ見ながらな」

「はい」

「迷って言うたようには見えんかった」

「……はい」

六右衛門は、どこか安心したようだった。

鷹はその顔を見ていた。六右衛門が嬉しい理由も分かる。

金長の力が津田には必要だということも。小姫を大切にしてくれる狸なら、父親として嬉しいことも。

全部、分かる。

分かってしまう。

だから鷹は、笑った。

ほんの少しだけ。

「それなら、よかった」

六右衛門が鷹を見る。

「鷹」

「小姫、大切にしてもらえるんでしょう」

「……ああ」

「なら、よかったです」

六右衛門は何か言おうとした。けれど鷹は、その前に頭を下げた。

「聞いてくださって、ありがとうございました」

「待て、鷹」

鷹は顔を上げた。

「なんでしょう」

六右衛門は口を開いた。

けれど、続く言葉が出てこなかった。

何を言えばいい。

大丈夫か。

そんなことを聞いたところで、鷹はきっと大丈夫だと言う。

今までと何も変わらない。

昨日、自分がそう言った。

けれど今、目の前にいる鷹を見ていると、それをもう一度言うことは出来なかった。

「……いや」

六右衛門は首を振った。

「なんでもない」

「はい」

鷹は翼を広げた。

そして、いつものように空へ上がった。

六右衛門はその姿を見送った。昨日までなら、何も思わなかった。鷹が飛んでいく。ただそれだけの景色だった。

今日はなぜか、その背中がひどく遠く見えた。

鷹は飛び続けた。

小姫のところへ行く気にはなれなかった。

金長の顔を見る気にもなれなかった。

二匹が悪いわけではない。

六右衛門が悪いわけでもない。

誰も悪くない。

それが、一番困った。

怒る相手がいればよかった。

嫌いになれる相手がいれば、もっと簡単だった。

けれど金長は、鷹にとっても大切な仲間だった。

小姫は。

考えようとして、やめた。

胸の奥が痛んだ。

ちくん。

最初は、それだけだった。

今はもう、ちくんでは足りない。

鷹は高く飛んだ。

もっと高く。

津田の景色が小さくなるまで。

三匹で歩いた道も。

三匹で座った川辺も。

全部が見えなくなるところまで。

やがて翼が疲れ、鷹は山の木に降りた。

一匹だった。

静かだった。

鷹は目を閉じた。

聞かなければよかった。

そう思うかと思った。

けれど、不思議とそうは思わなかった。

知らないふりをして三匹で笑い続ける方が、きっと苦しかった。

「……これで、分かった」

誰もいない山の中で呟いた。

金長にとって、小姫は大切な人。

それが答えだった。

なら、自分がすることも分かっている。

邪魔をしないこと。

二匹が幸せなら、それでいい。

そう思えばいい。

そう思えるはずだった。

鷹はしばらく黙っていた。

そして、昨日と同じように空を見上げた。

「それなら、よかった」

六右衛門の前で言った言葉を、もう一度だけ口にした。

今度は。

聞いている者は、誰もいなかった。