第四十四夜|大切な人です

翌日。

六右衛門は、鷹に頼まれた言葉を思い返していた。

「六右衛門様から、金長に気持ちを確かめてください」

そこへ金長がやって来た。

「金長、ちょっとええか」

「はい。何でしょう」

六右衛門は一度咳払いをした。

「お前、小姫のことをどう思っとる」

金長は少し驚いた顔をした。

すぐには答えない。

六右衛門も急かさなかった。

やがて金長は、静かに答えた。

「……大切な人です」

六右衛門の眉が、ぴくりと動いた。

「……そうか」

「はい」

「大切な人、か」

「はい」

「分かった」

金長は不思議そうな顔をした。

「……それだけですか?」

「それだけじゃ」

金長が頭を下げ、去っていく。

六右衛門は、その背中をじっと見送った。

姿が見えなくなる。

辺りを見回す。

誰もいない。

「…………よっしゃ」

小さく拳を握った。

「よっしゃ!」

顔が緩んだ。

「大切な人やて」

どうにも、にやける。

その日の夜。

六右衛門の前には徳利があった。

「今日はええんじゃ。めでたいからな」

一杯が二杯になり、二杯が三杯になった。

気づけば、すっかり出来上がっていた。

「なぁ」

誰もいない隣へ話しかける。

「聞いたか」

返事はない。

それでも六右衛門は嬉しそうに笑った。

「金長がなぁ……小姫のこと、大切な人や言うたぞ」

盃を傾ける。

「ええ狸じゃろ。強いし、真っ直ぐじゃし。義理もある」

少し間を置いて、得意げに言った。

「わしは前から分かっとったんじゃ」

本当かどうかは怪しい。

「小姫もなぁ……あんなにちっちゃかったのになぁ」

六右衛門の声が、少しだけ柔らかくなった。

「お前がおったら、なんて言うたかのぉ」

向かい側に、もう一つ盃を置いた。

静かに酒を注ぐ。

「……お前にも、聞かせたかったのぉ」

しばらく、その盃を見つめた。

やがて徳利を持ち上げる。

「まあ、ええ!」

急に声が戻った。

「大切な人じゃぞ、大切な人!」

まだ何一つ決まっていない。

金長はただ、小姫を「大切な人」と言っただけだ。

それなのに六右衛門の頭の中では、随分先まで話が進んでいた。

「金長かぁ。うん。ええ。あいつならええ」

完全に気の早い父親だった。

その頃。

鷹は一匹、夜空を飛んでいた。

金長が何と答えたのか。

まだ知らない。

ただ、自分では聞けなかった答えを待っていた。

一匹は、亡き妻に嬉しそうに酒を注ぎ。

一匹は、まだ知らぬ答えを待って空を飛ぶ。

そして金長は。

自分の一言で六右衛門がベロベロになっていることなど、もちろん知る由もなかった。