第三十一夜 回想編
ここに残れば

夕暮れ。

修行を終えた狸たちの声が、山の向こうへ遠ざかっていく。

六右衛門は、その背中を見送っていた。

金長もいる。

誰かに何かを言われ、笑っている。

もう津田へ来たばかりの頃のような余所者には見えなかった。

「父上」

小姫だった。

「なんじゃ」

「さっきから何見よるん」

「別に」

小姫も六右衛門の視線を追った。

「ああ、金長?」

六右衛門が小姫を見る。

「お前」

「ん?」

「金長をどう思う」

小姫が首を傾げた。

「どうって?」

「どういう狸じゃと思う」

「変なこと聞くなあ」

「ええから答えろ」

小姫は少し考えた。

「真っすぐ」

「ほう」

「しつこい」

「それは分かる」

「負けず嫌い」

「それも分かる」

「あと、阿呆」

六右衛門が吹き出した。

「そこまで言うか」

「父上もよう言いよるやん」

「わしはええんじゃ」

「なんでよ」

小姫が笑った。

六右衛門も少し笑った。

「でも」

小姫がもう一度、遠くの金長を見る。

「あの狸、誰か困っとったら放っとけんのよな」

六右衛門は黙って聞いた。

「自分が損しても行く。考える前に行く」

「危なっかしいな」

「うん。危なっかしい」

小姫は笑った。

「でも、ええ狸やと思うよ」

六右衛門は小姫の横顔を見た。

「……それだけか」

小姫が六右衛門を見る。

「何が?」

「いや」

「何よ」

「何でもない」

「父上」

「何でもない言うとるやろ」

小姫の目が細くなる。

「なんか怪しい」

「怪しくない」

「怪しい」

「うるさい」

小姫は納得していない顔のまま、六右衛門を見ていた。

やがて遠くから声が飛んできた。

「小姫ー!」

金長だった。

「鷹が何か持ってきたぞ!」

小姫の顔がぱっとそちらへ向く。

「今行く!」

走り出して、途中で振り返った。

「父上も来る?」

「わしはええ」

「ほな後でな」

小姫が金長の方へ走っていく。

その頭上を鷹が旋回していた。

三匹が何やら騒いでいる。

六右衛門は黙って見ていた。

昨日、胸をよぎった考えがまた浮かぶ。

金長なら。

小姫を大事にするだろう。

津田の狸たちも、もう金長を受け入れ始めている。

そして何より。

あの狸なら、任せられる。

六右衛門は腕を組んだ。

遠くで小姫が笑った。

金長が何か言い返す。

鷹が二匹の上を飛んでいる。

悪くない。

そんな言葉が、六右衛門の胸に浮かんだ。

いや。

むしろ。

「あいつが、ここに残ればええ」

誰に聞かせるでもなく、六右衛門は呟いた。

まだ願いだった。

命令でもなければ、約束でもない。

ただ、大切なものを守ろうとする父親と。

津田の先を考える長が。

同じ未来を見ただけだった。