第一夜|勝浦川

勝浦川の水が、黒く見えた。

夜だからではない。

川原を埋め尽くす狸たちの影と、
土と、
血と、
踏み荒らされた草が、
月明かりの下ですべて同じ色に沈んでいた。

六百。

対する六百。

阿波の狸たちが二つに割れ、
互いを敵と呼んでいた。

怒号が飛ぶ。

牙が食い込む。

爪が裂く。

倒れた仲間を振り返る暇などない。

一瞬でも足を止めれば、
次に地へ伏すのは自分だった。

その戦場のただ中に、金長はいた。

息は荒い。

身体のあちこちに傷を負い、
毛には泥と血が絡みついている。

それでも前を見ていた。

川向こうにいる、ただ一匹を。

六右衛門。

かつて金長が師と仰いだ狸。

多くを教わった。

その背を追った。

同じ場所で笑った夜もあった。

その六右衛門が今、
敵として立っている。

「六右衛門……」

金長の声は、
戦の音に呑まれた。

どうしてこうなった。

そんな問いは、もう遅かった。

ここへ来るまでに、
あまりにも多くのものを失った。

言葉を交わせた時はあった。

引き返せた夜もあった。

誰かが怒りを飲み込んでいれば。

誰かが疑うことをやめていれば。

誰かが、たった一度でも相手の話を聞いていれば。

違う朝を迎えられたのかもしれない。

だが狸たちは、
そのすべてを通り過ぎてしまった。

残ったのは、

敵か。

味方か。

それだけだった。

金長は足元を見た。

倒れている狸がいる。

名を知っている者だった。

少し離れた場所にも。

また、その向こうにも。

誰かの親であり、
誰かの子であり、
誰かと飯を食い、
誰かと笑っていた狸たち。

今はもう動かない。

勝ったところで、

こいつらは帰ってこない。

それでも戦は止まらなかった。

「金長!」

声が飛ぶ。

顔を上げた。

六右衛門がこちらを見ていた。

遠い。

けれど、その目だけは分かった。

憎しみなのか。

怒りなのか。

悲しみなのか。

もう金長には分からなかった。

六右衛門もまた、
何かを捨てなければここには立てなかったはずだ。

金長はゆっくりと前へ出た。

六右衛門も動いた。

二匹の間を、
勝浦川の風が抜けていく。

かつて師と弟子だった二匹。

その間に今あるのは、
言葉ではなく戦場だった。

誰が始めた。

誰が悪かった。

どこで間違えた。

そんなことさえ、
もう戦場は教えてくれない。

ただひとつ確かなのは、

ここにいる誰も、

こんな夜を見るために
生きてきたわけではなかったということ。

それでも二匹は向かい合う。

そして、

金長が地を蹴った。

――なぜ。

命を救われ、
恩を知り、
仲間を得た一匹の狸が、

師と仰いだ六右衛門と
殺し合わなければならなかったのか。

話は少し、
時を遡る。

これは、

阿波に語り継がれた狸たちの物語。

そして、

戻れなくなるまで争ってしまった者たちの物語である。