阿波狸合戦 恩義篇

― 救われた金長 ―

昨日、阿波狸合戦の扉を開きました。

争いの話を始める前に、
どうしても置いておきたい一場面があります。

まだ英雄でも、頭領でもなかった頃の金長。

ただ一匹の狸だった彼は、
人の手によって命を救われました。

その手が、どれほど温かかったのか。
その時の金長が、どれほど怯えていたのか。

昔話は、そこまで細かくは語ってくれません。

けれど私は思うのです。

命を救われた者は、
その瞬間を忘れないのではないかと。

自分を見捨てなかったこと。
弱っている自分に手を伸ばしてくれたこと。

金長にとってそれは、
「助かった」というだけではなく、
この先どう生きるかを決めるほどの恩になったのかもしれません。

だから彼は、返そうとした。

守られたから、守る。
与えられたから、返す。

たとえ自分が狸であろうと。
たとえ人とは違う世界に生きていようと。

受けた情けだけは、違わない。

昨日は、物語の入口でした。

今日ここにあるのは、
戦う金長ではありません。

ただ、救ってくれた相手を見上げる一匹の狸と、
その小さな身体を包む一人の人。

この一枚の静けさの中に、
のちの金長をつくるすべてがあるような気がします。

恩を知ること。
恩を忘れないこと。
そして、命をかけて返そうとすること。

阿波狸合戦は、
争いの物語である前に、
情けを受けた者が、その情けを抱いて生き抜いた物語なのかもしれません。

明日もまた、
その続きを辿ります。

—— 硝子の夜会
感情師 𝒀𝒖𝒌𝒊𝒌𝒐