【硝子の夜会・妖怪録】
油すまし――その壺に残るのは、油か。罪か。執着か。

熊本県天草地方に伝わる妖怪、
「油すまし」。

蓑をまとい、石のような大きな頭を持ち、
油の壺を抱えた老人の姿。

今では、そんな姿を思い浮かべる人が
多いのではないでしょうか。

けれど、油すましの伝承を辿ると、
その正体は思った以上に曖昧です。

昔、老婆が孫を連れて峠を歩きながら、

「ここには昔、油すましが出たそうだ」

と話したところ、

「今も出るぞ」

と、油すましが現れた――。

もともと伝えられていたのは、
そんな短く、不思議な話だったといいます。

油を盗んだ罪で、
死後に妖怪となった老人。

現在よく知られているこの解釈も、
古くから伝わる唯一の正解ではなく、
後世に広がっていった物語のひとつなのだそうです。

油は、今よりずっと貴重だった時代があります。

暮らしを照らす灯りであり、
命をつなぐためのものでもあった。

その油を盗んだのなら、罪なのでしょう。

けれど――

なぜ、盗んだのか。

飢えていたのか。
誰かを守りたかったのか。
ただ欲しかっただけなのか。

それとも、油を手放せないほどの
執着を抱えていたのか。

人は誰かの過ちを見つけると、
そのひとつで、その人のすべてを
決めてしまうことがあります。

「盗んだ者」
「罪を犯した者」
「悪い人間」

そう名づけてしまえば、
その向こうにあった事情まで
見なくても済むから。

もちろん、罪を綺麗にしたいわけではありません。

どんな事情があっても、
傷つけられた側の痛みが
消えるわけではない。

ただ、ひとつの行為だけで
ひとりの人間のすべてを語れるほど、
ニンゲンは単純ではないと思うのです。

ニンゲンは欲の塊。

ニンゲンは、綺麗事では済まされない。

そして、ニンゲンは切ない。

今回の《硝子の夜会》では、
油すましを大きく描きました。

黒い油をまとい、
古びた壺を抱えたまま、
長い時間をそこに立ち続ける老人。

そして、その後ろには夜主任。

夜主任は、油すましを裁きません。
救おうとも、許そうともしません。

ただ静かに、
その姿と物語を見届けています。

妖怪になった理由より、
妖怪になるまでに何があったのか。

その壺に残るのは、

油か。
罪か。
執着か。

答えは、まだ分かりません。

分からないものを、
分からないまま見つめる夜があってもいい。

それが《硝子の夜会》です。

硝子の夜会
感情師 Yukiko

※油すましの伝承には諸説があります。天草市の案内では、天草市栖本町に「油すましの墓」とされる石像があり、地域の方々によって大切に祀られていると紹介されています。

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