梨沙は気になって聞いていた。
「えっ?」
「今、あんりって」
「・・・杏梨はあの子だよ」
視線をもう一度浜辺にいる杏梨に向けてから駐車場の方へ歩き出した。
梨沙は浜辺の杏梨を見てから振り向いた時には峻の姿はもうなかった。
「峻くん」
さっきまで楽しかったのに・・・。
肩に腕を回してくれて・・・あたしが一番大事みたいに扱ってくれたのに・・・。
置いていかれた事が悲しい。
梨沙は苛立ちと悲しみがいっぱいの気持ちで駐車場へ向かった。
あの子・・・可愛かった。
大きな瞳に小柄で華奢な身体つき、幸せそうな顔。
誰もが惹かれてしまう雰囲気を持った子だった。
もしかして・・・峻くんはあの子の事・・・。
梨沙が車に戻ると峻はステアリングに両手を置いて顔を伏せていた。
梨沙は顔を曇らせて助手席のドアを開けて座った。
エンジンをかけていない車内はムワッとした熱気だった。
「峻くん、どうしたの?お姉さんが気になるの?」
きっとお姉さんの事じゃない・・・。
あの子の事が気になるんだ・・・。
ステアリングに伏せた肩がピクッと動く。
「ごめん、なんでもない」
「でもなんか様子が変みたい」
「なんでもないって言っただろう!?」
苛立った声が帰ってきて、梨沙は口をつぐんだ。
「分かったょ・・・もう何も聞かない・・・」
涙が零れ落ちそうで窓の外に顔を向けた。
さっきとは変わってしまった峻に梨沙はショックだった。
あたしは・・・なんなのかな・・・。
「・・・ごめん」
しばらく間が空いた後、峻の謝る声がした。
梨沙は窓の外から峻にゆっくり顔を向けた。
「ごめん・・・あの子は・・・俺が初めて好きになった子なんだ」
「あの子ってあんりって子?」
「でも振られたんだ あの人の事が好きだって、あの人も杏梨の事を愛していて・・・」
「あの人ってカリスマ美容師の?」
「そう」
梨沙は整理をする気持ちで頭の中で関係図を作った。
峻くんのお姉さんは雪哉さんの事が好きで、峻くんはあの子の事が好きだった。
あの子は雪哉さんが好きで、雪哉さんもあの子の事が好き。
って事は・・・2人は相思相愛で・・・。
峻くんとお姉さんは・・・。
「梨沙、俺 やっぱり杏梨の事がまだ忘れられない」
頭が混乱しちゃう。
峻くんはあの子の事が忘れられないからあたしから離れようとしている・・・。
「・・・それでも良いから・・・それでも良いから・・・あたしと付き合って欲しいの」
梨沙は峻の首に抱きついて唇を重ねた。
続く