こんにちは~
GW楽しまれてますか~
そして今日は『こどもの日』
元気なお子さんを見ると、ほほえましく思います
GW前半の最後の日、久しぶりにクロスカブのぷーさんに乗ってお出かけ
したくて、ワクワク度MAX
うれしくてうれしくて、修学旅行前状態の私、なかなか寝れなくて、、、、
しかし、天気予報がよろしくなく急遽車でドライブ
R171をずっとずっと東へ向けて走ります。
きっと、サクラのお花も終わり緑がとっても綺麗なはず
車を停めて、踏切超えたら急な上り坂
エッチラオッチラ、しばらく歩くとこんな看板が見えてきました
そう!
目的地はこちらです。
ここからまだしばらく歩きます。
うぐいすが「ホーホケキョ」って応援してくれています。
山の斜面には、シャガのお花がとっても綺麗に群れて咲いていました。
こんな感じで、エッチラ
登って行きます。
駅から送迎バスも出ているのですが、パーキングに停めたので
戻るのも・・・・
大山崎山荘では、『蘭花譜と大山崎山荘一大大阪時代を生きた男の情熱』
5月12日(日)まで
加賀正太郎没後70年も兼ねて開催されてました。
大山崎山荘を造った加賀正太郎が66歳で没してから70年にあたります。
彼は近年から近代にわたり経済の中心地として発展した船場に生まれ
大大阪時代のただなかで活躍した実業家でした。その業績の一つに
ニッカウヰスキーの前身である大日本果汁株式会社設立への貢献が
あげられますが、奇しくも本年はニッカウヰスキー創立から90年を迎える
年でもあります。本展では、加賀正太郎の足跡を辿るとともに彼が後世に
残した貴重な財産でもある『蘭花譜』(1946年発行)とは、加賀正太郎が
自ら育てた欄をモチーフに監修・制作した木版画83点、カラー図版14点
単色写真図版7点の104点で構成される植物図譜。
14歳で先代から受け継いで、病気もあってこの大山崎の土地を26歳で
購入し日本経済の要人を招待されたり、夏目漱石とも懇意にされたりして
山荘の命名を依頼されたそうですが、、、
結局は『大山崎山荘』という事に収まったそうです。
亡くなられる5日前までしっかりお仕事されて亡くなって逝かれたの
すごい精神力です。
上の写真の塔のような建物から彼は工事中の大山崎山荘を監督されていた
そうです。
その後、安藤忠雄さんが設計された山荘の地下の美術室の作品
モネの睡蓮の絵も観てあとにしました。
卯の花も緑に映えてとっても可憐に咲いていました。
ボアンティアガイドのおじさんが石段を降りて行くと素敵な公園もあるので
そっちを歩くといいよ♪って教えてくださいました。
芝生の綺麗な公園。
こちらにもモニュメント作品がありました。
さぁて、何の動物でしょうか~
来た道を下っているのこんなお発見
長岡京市や向日市など、たけのこの名産地
山続きで近いですものね
風がふいたら今にも飛んでいきそうなタンポポの綿毛。
「ふぅ~」って吹きたかったけど、風に任せましょ
R171へ出ようと走っていたら、高槻あたりで車は多いし人も多く、、、、
ゆっくり走っているとどうしてかわかりました
こいのぼりフェスタ臨時駐輪場、臨時バス乗り場っていうのがあって
こんなにもこいのぼりの鯉も人も賑わっていました
お家に鯉のぼり飾ってる?
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