【キューティ・ハニー異聞録~愚者の墓標③】
"J"=如月珠莉亞の行方は、杳として知れない。
そんな中、
不可解な出来事が起こりはじめる。
相次ぐ殺人・失踪事件、
純平のもとに現れた意外な人物とは?
一方、手掛かりを探るため、
約束通りカルロスの教会へと足を運んだ渢衣は、
彼の正体を知ることになるが、
その時、不穏な影が二人に迫っていた。
のどかな住宅街の一角に存在する、
小さな教会。
3日前に訪れた時と、
なんら変わらない風景が、そこにあった。
違っているのは、現時刻が夜だということだけである。
おそらくー、
旧時代に地図とにらめっこしながら歩いていたなら、
見つからなかった可能性が高い。
それほどまでにこの建物は街に埋もれ、
奇妙といえるほどその存在感を消していたのである。
まったくもってグーグル様様、
といったところだろう。
「そうですか、
楽しんでおられたようですね。」
固く閉ざされた正面玄関の木製の扉を回避し、
裏口へ回り込むように歩きながら、
カルロスは言った。
「純粋に観光というのなら、
もっと心から楽しめたとは思うんですけど。」
楽しめるはずなどないことを、
この男はわかっているはずだ。
だからこそ、
皮肉をこめて渢衣は答えたのだったが、
「失礼、
しかしそれほどまでに歩き回ったというのなら、
なにか感じるところもあったのではないですか?」
「感じるところ・・・。」
問われるまでもなく、大ありだ。
それは街で聞いたこの教会、
そして、
カルロスに関する噂である。
「とても言いにくいですが、
カルロスさん・・・。
あなたの評判は、けして芳しいものではありませんね。」
前を行くカルロスをじっと見据えて、
渢衣は答える。
この清らかそうな好青年神父がどんな顔をするのか、
とても興味深かったが、
「ははは、
貴方は正直な人だ。」
カルロスは相も変わらず爽やかに、
言ってのけた。
「つまり、
わたしの身辺調査をしていた、
というわけですか。」
「いえ。そういうわけでは・・・。」
「なあに、かまいませんよ。
貴方が不審に思うのも無理からぬところでしょう。」
「・・・・。」
暴走していたとはいえ、
あの夜のことは忘れてはいない。
数々の難敵を葬ってきた渢衣の殺人剣を、
この男は初見で破った。
その勝機を掴んだのは、
ひとえに彼が心理戦に持ち込んだことにある。
当然であろう。
本気で殺しにきている相手に対して、
誰が『抱いてやる!』などと叫ぶだろうか。
闘争心に比例して強力になる渢衣の能力ー。
まさかのそのウィーク・ポイントを突き、
瞬時にして弱体化した彼女を、
その気になれば返り打ちにもできたであろうに、
この男は本当に抱き留めてしまった。
完敗、といっていいだろう。
現段階では敵なのか味方なのかはわからないが、
今まで戦ってきたどんな相手よりも恐ろしい。
そしてまた、
口惜しさがないと言えば嘘になる。
だが、
それとはまったく別の、
不思議な感情を持ったのも事実である。
「この古びた教会は、祖父が建てたものです。」
裏戸をくぐり、
礼拝堂を見渡しながら、カルロスは言った。
けして広いとはいえず、
作りも質素なものだったが、
古さゆえの重厚感を醸し出していた。
「素敵ね・・・。」
思わずそう呟いた渢衣に、
カルロスは嬉しそうな顔をした。
「ありがとう。
そんなふうに言ってくれる人は少ないんですよ。
この国には世界に誇れるほどの、
立派な大聖堂がいくつもあるわけですから。」
「たしかに。
でも物事の本質というのは、見た目だけじゃ測れないわ。
ここには、なんというか、
崇高な魂っていうのかしら。
そんなものが漂ってる・・・。」
カルロスは振り向き、
渢衣に問いかけた。
「それを感じ取ることができる、というのですか。
アンドロイドである貴方に。」
カルロスの真剣な眼差しを見つめ返しながら、
渢衣は答えた。
「ふふっ、
その質問をそっくりそのまま、
あなたに返すわ。」
「・・・・・・。」
二人はお互いの真意を探るように、
言葉もなく見つめあう。
ほんのわずかな時間、
静寂が礼拝堂を支配していた。
「はあ、疲れたな。
今日はこのくらいにして、一杯ひっかけて帰るとするか。」
純平はこの日もまた、
となり街まで足を延ばし調査を続けていたのだが、
これといった進展もなく、
なんら手掛かりをつかめないまま一日を終えようとしていた。
進展しない理由は明確だ。
誰もが『J』について多くを語りたがらなかったからだ。
触れてはならない、禁忌ー。
だがそれは、
必ずしも己に降りかかる災いを恐れて、
ということだけではなく、
どこか彼女を英雄視しているようなところもある。
彼らが純平を見据える視線には、
敵意すら感じさせるものがあった。
裏通りを歩いていると、
ちょうど安く飲めそうな酒場があったので、
フラフラと覗いてみる。
日曜の夜ということで、
狭い店ながらたいそう賑わっていた。
「おっと、満席かな。」
いったんは諦めて他をあたろうと考えた純平だが、
奥のほうにひとつ空席を発見した。
店内は騒がしく、
とても落ち着いて飲める雰囲気ではなかったが、
もはやこれ以上歩きまわる気力も体力もない。
二人掛けのテーブル席、
片方の椅子にやけに若そうな男が背中を向ける形で座っている。
相席となるが、贅沢はいってられない。
「・・?」
ふと、純平は奇妙な既視感に襲われたが、
この時はまだその正体がわからなかった。
「あの~、ここ空いてますか?」
純平が背後からたずねると、
男は振り向きもせずグラスをあおりながら、
「ああ、空いてるよ。」
と答えた。
ふう、と息をついて、
「ありがとう・・・」
そう言いながら席に座った純平は、
そのまま凍り付いた。
「よう、ひさしぶりだな。」
優しげに微笑みかける男。
しかしそれは・・・。
「ウソだろ・・・。」
信じられない現実に、
まるで金縛りに遭ったように体が動かない。
「どうした?幽霊でも見たような顔して。」
あたりまえだろ!!
と叫ぼうとするが、声も出ない。
ようやく絞り出した言葉。
それが、精一杯だった。
「こんなことが・・・・。
兄貴・・・・。」
「見せたいものがあります。」
カルロスはそう言って、
礼拝堂の上手の裏にある小さな部屋へ、
渢衣を案内した。
「散らかってて、もうしわけない。
ここはわたしが普段、事務作業をする書斎室です。」
「これは・・・。」
部屋に入るなり、
渢衣が唖然としたのも無理はない。
そこは、
教会の書斎というイメージから、
大きくかけ離れたものだった。
デスクに並べられたPC、
部屋の四辺に敷き詰められた何かの制御装置、
壁には多数のモニターが所狭しと並んでいる。
たしかに小さな部屋ではあったが、
その様を例えるならばTV局かあるいは・・・。
「まるで、SFね。」
率直な感想を述べる渢衣に、
カルロスは苦笑いしながら返す。
「それを、貴方が言いますか。」
「・・・ごもっとも。」
渢衣はアメリカン・コメディのように肩をすくめ、
両手のひらを上に向けて口をへの字に歪めた。
「今の時代日本でも、
大きな寺院では似たようなものですよ。
袈裟を着たお坊さんたちが、
皆一様にパソコンに向かって作業している。
まあ、たしかにギャップはありますけどね。」
「日本へ行ったことが、おありなの?」
「ええ、
わたしの父は、生前日本で仕事をしていた時期がありましてね。
その関係でわたしも、
何度か日本にいる知人を訪ねたことがありました。」
「そう・・・、
お父様は、すでにお亡くなりに?」
「はい。」
そう答えながらカルロスが送る視線の先を、
渢衣も追う。
すると、背後の壁の上部に一枚の写真が、
額に入れて飾られてあった。
「あれ?これって・・・・。」
やや時代を感じる写真ではあるが、
そこに写っている一人の男性ー。
「カルロス・・・さん?」
「ふふ、よく似てるでしょう?
それが、わたしの父ですよ。
まだ若いころ撮ったものですね。
父の写真を飾ろうと思っていろいろ探したんですが、
どういうわけか、それしか見つからなくてね。」
似ている・・というよりは、
瓜二つといっていい。
髪型が違うだけで、ほぼ生き写しだ。
このとき、
渢衣の中で何かがざわめく。
それは、
彼女が人間だったころの、幼い記憶ー。
『そうだー。
わたしはたしかに、この人に会ったことがある。』
その記憶が本物だとすると、
ある仮説が浮かび上がる。
彼の父親はかつて日本にいたという。
だとすれば、
そこでやっていた仕事というのは、
如月博士との共同研究ー。
それならば、
渢衣が会っていたとしてもおかしくない。
やがて如月博士は表舞台から去り、
渢衣を驚異のアンドロイドとして蘇らせるが、
同じ技術を共有する彼の父もまた、
自分そっくりのカルロスを"作り上げた"のではないか。
そう考えるとすべての辻褄が合致し、
今ここで二人の天才が生み出した"作品"が顔を合わせているのは、
ただの偶然ではなかったということになる。
「カルロスー。
もしかして、あなたとわたしは・・・。」
そのころ、
ニコラス警部は部下を引き連れて、
州立病院を訪れていた。
受付で用件を話したところ、
病院職員から意外な対応をされ、
困惑することになるー。
「なんだって、面会できない?」
「ええ。」
中年の女性職員は、
こわばった顔で答えた。
「それほど、重篤なのかね?」
彼が話を聞こうとしている患者は、
先日、ならず者同士の喧嘩で負傷したという、
二十代の男だった。
男は一旦は近くの民間の病院へ運ばれたが、
ほどなくして、こちらへ移送されたのだという。
手に負えないほどの重症だったというなら、
もちろんありうる措置ではあるが、
転院を指示したのが連邦警察となれば、
これは単なる乱闘事件というわけではなさそうだった。
「すみませんが、
詳しくお話しできないことになってまして・・・。」
「ほう。
奴らから口止めされた、というわけかな?」
ニコラスが親指で示した先の廊下で、
部下のダニエルが、
二人の男と押し問答を繰り返している。
まだ若く勤務歴も浅いが、
彼の向こう見ずで猪突猛進な性格に手を焼きつつも、
ニコラスは好感を持っていた。
女性職員がとうとう黙り込んでしまったため、
ニコラスは沸騰しかけているダニエルを止めに入った。
「おい、そのへんでやめとけ。」
「しかし、警部・・・!」
血気盛んな部下は顔を紅潮させ、
憤懣やるかたなしといった表情だ。
「あんたは?」
眼光鋭い、
屈強そうな男二人が、ニコラスに睨みをきかせた。
「サンパウロ署のニコラスだ。
ここに入院している男に事情を聞きたいんだが。」
この国の警察組織は三つあり、
それぞれに役割がいちおう分かれてはいるのだが、
実際のところその境界は曖昧である。
「何度も言うが、
あの男はもうここにはいない。」
「そんなはず、ないだろ!
だったら、なんであんたらがここにいるんだ?
おかしいじゃないか!」
まあ、まてと、
まくしたてるダニエルの肩を掴んで、
ニコラスがたずねる。
「あんた方が来てるということは、よほどの重要案件と見える。
いったい、何があったんだね?
納得できる説明がほしい。」
「説明する義務はない。
ここはすでに我々の管轄となっている。
民警にはお引き取り願おう。」
にべもなかった。
しかし、
国家直属の組織が動いている事実は、
ニコラスの疑念を裏付けたといっていい。
"乱闘事件"に関わった人物は複数いた。
全員街のごろつきたちだ。
相手は相当の手練れだったらしく、
彼らはことごとく返り打ちに遭いほとんど病院送りとなったが、
それぞれ命に別状はなかったという。
だがその後、
退院した者も入院中だった者も、
たった3日の間に次々と失踪、
あるいは不可解な死を遂げていた。
州警察はこれを連続殺人と断定し捜査本部を立ち上げ、
調査に乗り出したのである。
ニコラスは、
ただ一人残った生き証人に事情を聞くため、
この病院を訪れたのだった。
しかし、
本当なのかどうなのか、
当の本人はここにはいないという。
すると彼もまた他のメンバー同様、
失踪してしまったのだろうか。
「匂うな。こいつぁ・・・。」
引き返しながら、つぶやくニコラス。
「どうするんです?警部。」
「うむ・・・、
気はすすまんが、
やはりあの神父に聞くしかないだろうな。」
「えっ、しかし・・・。」
「・・・・。」
ここ数年、
カトリックの一部が不穏な動きを見せていた。
新進の議員が暗殺された事件においても、
彼らに容疑がかかり、
ニコラスは直ちに捜査を開始したのだが、
ほどなくして上層部から、
唐突に捜査打ち切り命令が出たのだ。
まったく腑に落ちない措置だった。
それ以降、
警察はカトリック・プロテスタント両協会に、
まったく介入しようとしない。
ニコラスにしてみれば、
フラストレーションがたまりっぱなしだ。
もしや・・・。
考えたくはないが、
彼らと警察内部に、
なんらかのつながりがあるのではないか。
そう思いはじめていた。
と、
病院の出入り口付近で、
患者とその家族とおぼしき二人が立ち話をしていた。
「あんたそれ、夢でも見たんじゃないの?」
「ほんとなんだって!
夜中に気味悪いうなり声が続いてたと思ったら、
そのうち窓開ける音がして・・・。」
「いなくなったって?」
「うん・・・。」
「だってそこ、7階でしょ?」
ニコラスは二人の会話に、興味をそそられた。
「あのう、ちょっと失礼。
今の話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
不思議な気持ちだった。
渢衣と珠莉亞、
この世にアンドロイドなど二人しかいないと思っていたが、
そうではなかった。
姉である珠莉亞が消息を絶っている以上、
心底語り合える者などこの世にいない。
人として生きたいと願いながら、人にはなれない。
そんな彼女にしかわからない孤独や悲しみを、
分かち合える存在がいたことに驚き、
そして嬉しかった。
思いがあふれ、
つい声が震えて涙ぐんでしまう渢衣だった。
「どうやら、
わたしが説明する手間が、いくらか省けたようですね。」
デスクに腰掛けるようにして腕組みしながら、
神スマイルを浮かべるカルロス。
「貴方とわたしは、
いわば従姉弟のようなものです。」
だがここで、新たな疑問が湧く。
それは、
今二人が会わねばならない必然性とは、
いったい何なのかということだ。
この疑問を考えたとき、
そこにはさらなる謎が付随してくる。
彼の父は、なぜカルロスを作ったのか?
これまでの経緯を辿ったとき、
渢衣と珠莉亞が完成したころには、
如月博士とは疎遠になっていたはずだ。
渢衣は、
父親が肉親を失った悲しみが、
自分たちを作ったのだと思っていた。
カルロスは、どうなのだろう?
やはり同じような境遇だったのか。
あるいは、単なる研究の成果に過ぎないのだろうか。
それならなぜ、
カルロスは渢衣を必要とするのか。
いったい、
二人の科学者の間に、何があったのだろう?
如月博士が殺された理由も、
珠莉亞が失踪した理由も、
そこに鍵があるような気がしてならない。
そしてー、
それらの疑問の根幹には、
"空中元素固定装置"が横たわっている。
如月博士が二人の娘の体内に隠した、
この恐るべきシステムー。
渢衣自身それがどんなものであるのか見たことはなく、
その正体が何なのか知らない。
渢衣たちがこの装置の守護者だと考えた場合、
彼女の存在意義が、
まったく違うものに思えてくる。
空中元素固定装置とは何なのか。
その真の目的は、何なのかー。
わたしは・・・、
博士の"愛の結晶"ではなかったのか?
信じて疑わなかったことが、
脆くも崩れ去ってしまいそうで、
怖かった。
「わたしはいったい、何者なの・・・・。」
怯える心が、
思わず言葉になって出てしまった。
すると、
「残念ながら、
その答えをわたしは持ち合わせていません。」
カルロスが、
察したようにそっと近づいてきた。
「しかし、
どこまでもあなたは、Drキサラギの愛娘だ。
あなたの姿を見れば、それだけはわかります。」
「ほんとうに?」
「ええ。」
力強いカルロスの返答に、
渢衣は救われた気がした。
それにしても彼は、
渢衣や珠莉亞、如月博士のことを、
どこまで知っているのだろうか?
「そしてわたしたちは、
あなたを守るための力として、生まれました。」
「えっ・・、"わたしたち"?」
「エレーナ。
あなたが前にここを訪れたとき、
応対した女性がいたでしょう?」
「ああ、彼女が・・・。」
ショートカットの、
やや気の強そうな女性だったことを、
渢衣は思い出した。
「彼女も、アンドロイドだったのね・・。」
「そのことについて、
お伝えしておかねばならないことがあります。」
「というと?」
「ミス・ハニー、
我々はあなたのように、
一から作り上げられたわけではありません。」
「?」
「わかりやすく、言いましょう。
わたしもエレーナも、
生きながらにしてアンドロイドになった、
ということなのです。」
「なんですって!?そんなこと・・・。」
渢衣は衝撃を受けた。
まずもって人道的な見地から、
そのような行為など許されるはずもない。
「ふふ、ひどい父親だと思うでしょう?
しかしこれには、ワケがあります。」
「・・・・。」
「エレーナ、彼女もそうですが、
わたしは父の実の子供ではありません。
わたしもエレーナも幼いころ、
戦争で親を亡くし被災難民として路頭に迷っていたところを、
助けられ引き取られたのですよ。」
「・・・そうだったの。」
けしてひどい人間だった、
というわけではないようだ。
むしろ、美談ではないか。
「それから月日が経ち、
15、6歳の時だったと記憶してますが、
わたしは体調を崩して入院しました。
検査の結果、治療法のない難病だということでした。
病名までは、覚えていませんが・・・。」
「・・・・。」
「そのころには、
父がしていた研究をなんとなく理解していましたから、
わたしは迷わず、この体を使ってほしいと願い出ました。
どのみち先のない命ならば、死んでもともと。
成功すればわたしは生きながらえることができ、
加えて父に恩返しができるー。
そう思ったのです。」
壮絶な話だった。
渢衣は言葉を失い、圧倒されていた。
だが、
もっと壮絶な物語がここから展開されてゆく。
「結果、
父の執念とも呼べる研究によって、
実験は成功しわたしは生まれ変わったー。
ところがこのことが、
見えないところに影響を及ぼしていました。
エレーナ。
当時わたしと彼女は、恋人どうしの間柄でした。
同じ境遇を持つ者として、惹かれあったのかもしれません。
彼女は当初、
わたしが難病を克服できたことについては、
すごく喜んでくれていたのですが・・・。
段々とふさぎ込むようになったので、
理由を聞いてみたところー。」
首を横に振りながら、
カルロスはため息をついた。
「涙まじりに、
"わたしも、アンドロイドにしてくれ"
というのです。」
突拍子もない話ではあるが、
渢衣には彼女の気持ちが、
なんとなくわかる気がした。
「それって、つまり・・・。」
「ええ・・、
わたしはもう人としての、
当たり前の日常を送ることはできない、
そしてまた、
表面上歳をとることもないー。
それなのに、
彼女は自分ひとりだけ年老いてゆくのは耐えられない、
何よりも、
この先わたしが抱える様々な悩みや葛藤を、
共有できなくなることが、
つらいのだとー。」
「・・・それほどまでに、
彼女はあなたを愛していたのね。」
その一筋な思いに、
渢衣も思わずもらい泣きしそうになった。
考えてみると、
人間ではないと嘆き、
ひとり悲しんでいた渢衣だった。
たしかに、
アンドロイドとして生まれ変わった時に、
その事実を知るのは肉親と、
せいぜいが一部の研究者のみである渢衣は、
彼とは状況も経緯も違う。
しかし時の流れの中で、
そんな自分を見守る人々もまた、
葛藤を抱き悲しんでいたのだ。
それを解ろうとせずにいた自分は、
なんと浅はかなのだろう。
そう思うとあまりに不甲斐なくて、
唇をかむ渢衣だった。
「彼女の気持ちは、すごく嬉しかった。
ですが、
だからといってそんな無茶な要望を受け入れるわけにはいきません。
これといった病気もなく、
五体満足、いたって健康な人間をアンドロイドにするなど、
それこそ常識もモラルもない、
科学者としてはもとより、
人間として失格という烙印を押されるでしょう。
もちろん、
父もわたしも猛反対し、
彼女をなんとか説得しようとしていた矢先ー。」
ここで少し呼吸を整えながら、
カルロスは続けた。
「彼女は、自殺をはかりました。」
「!!」
「・・・・。」
思い出すのもつらいのだろう。
カルロスは、
手のひらを額に押し当てる。
「幸い命はとりとめましたが、
昏睡状態が続いている上ほぼ全身が麻痺していて、
仮に意識を取り戻したとしても、
もう元の生活に戻ることはできないだろうとー。
医者からそう宣告されました。」
「それで、
彼女を蘇らせようと?」
「・・はい。
万一奇跡が起こり元の姿に戻れたとしても、
また同じことを繰り返しかねない。
彼女を生かすために、
我々は決断するしかなかった。
これはエレーナの、
身を挺した執念の抗議・・・いや、
頑なまでの決意だったのです。」
「うらやましいわ。」
「え?」
「こんなふうに言うと不謹慎かもしれないけど・・、
そこまで思ってくれる人がいるということが。」
「・・・・。
しかし、わたしは今も自分に問いかけているのです。
ほんとうに、これでよかったのかと。
おそらく父も、同じ思いだったでしょう。
人であることを捨ててまで生かすことが、
はたして彼女にとって正解だったのかどうか。」
「正解かどうかは、わからないけどー。」
渢衣はボソッと、
それでいてかみしめるようにつぶやいた。
「彼女は、きっと幸せだと思うな。
この先、どんなつらい目にあったとしても。」
「そうでしょうか?」
笑みを浮かべつつ、
渢衣はうなずく。
いよいよ、話は核心に迫ってきた感があった。
彼らは、
渢衣を守るための力なのだという。
言い換えればそれは、
空中元素固定装置を守ることである、
そう思って間違いないだろう。
彼らは、その意義を理解しているはず。
ならば、
今こそ真実を確かめるべき時だ。
エレーナがその愛を守るため命を賭したように、
自分もまた、
どんな運命も受け入れる覚悟を決め、
恐れずにすべてを聞こう。
「カルロス、わたしは知りたい。
いったい空・・・」
渢衣が言いかけた時、
ピーピーというアラーム音がなった。
これに即座に反応し、
モニターの前に移動するカルロス。
「何なの、これ?
何が起こったの?」
モニターのいくつかには、
教会の周辺の様子が映し出されている。
つまり、厳重なセキュリティ・システムが敷かれているわけだ。
こんな閑静な住宅街だが、
それほどまでに治安が悪いのだろうか?
それとも、
この教会に相当な貴重品あるいは、
金目のものがあるということなのか?
いずれにせよ、
異常なまでの警戒ぶりといえる。
「ずいぶん、用心深いのね。」
だが一方で、
この教会には塀や防護柵などは設置されておらず、
おまけに頑強とはいえない木造の建物。
一見、誰でも容易に侵入できそうに見えるのだがー。
そんな矛盾を感じている渢衣を察したように、
カルロスは言った。
「おそらく貴方は、
泥棒対策だと思っているでしょう?」
「違う、というの?」
「泥棒や強盗だというのなら、
何も恐れることはありません。」
言われてみればそうだなと、渢衣は思う。
なにせ彼は、ただの神父というわけではないのだ。
そんじょそこらのツワモノが束になったとて、
敵ではないだろう。
モニターを見つめ、
険しい表情を浮かべてカルロスは言った。
「相手が、"人間"ならばね。」
「?」
彼に倣うように渢衣がモニターを再度見たとき、
そこに複数の不審な影が映し出されていた。
(来年へつづく)
★新春号特別付録!!
楽しく集めて、みんなで遊ぼう
『ハニーえろかるた』