【キューティ・ハニー異聞録~愚者の墓標②】
日本から遠く離れたブラジルでブラッディ=Jの行方を追い、
調査を進める渢衣と純平。
深夜、暴漢に襲われる二人だったが、
渢衣のAIが怒りの暴走を起こし、無慈悲な逆襲を始める。
そんな彼女を止めるべく、
謎の人物が現れたー。
「やめろ、ハニー!
そいつらは、人間だ!!」
必死で渢衣を止めようとする、純平。
しかし、
情緒不安定なうえ、
逆上した渢衣の空中元素固定装置は、
容赦なく作動している。
ただでさえ強力な彼女の身体能力が、
変身することによって、
さらに数倍に増幅される。
生身の人間などひとたまりもない。
そして誰の声も届かぬまま、
その瞬間がやってきた。
「ハニー・・・・、フラッシュ!!」
「ああ、ダメだっ!!」
眩しい光が渢衣を包み、
その姿を変貌させた。
愛の戦士『キューティ・ハニー』、颯爽と登場ー。
と言いたいところだが、
今は明らかにその時ではない。
人間相手にその力を行使すれば、
彼女はただの、
殺戮マシーンと化してしまう。
「う、うわああああっ!!」
ここでようやく、
彼女が人間でないことに気づいた男たちは恐怖に慄き、
わき目もふらず逃げ出そうとした。
が・・・、
ハニーは素早く彼らの退路を塞ぐ。
一度ターゲットとして捉えられた人間には、
残念ながら逃れる術もない。
「どうした?
わたしが欲しいんじゃなかったのか?」
「あわわわ・・・!」
すでに男たちに戦意はなく、
ましてや彼女を手籠めにしようなどとは、
思っていないだろう。
こうなってはもう、許しを請う以外にないのだがー、
「た、たすけてくれっ!
お願いだ!」
哀れ一同、
頭を地にこすり付け土下座するも、
「なんだ、くだらない・・・。
おまえたち、
わたしを楽しませてくれるんじゃなかったのか?」
そう言いながら見下す眼には、
落胆と侮蔑の色がありありと浮かんでいる。
せっかく変身したのに、
戦闘意欲を削ぐような行動に終始する男たちに、
苛立ちと、
より一層の怒りをにじませるハニー。
「ほらあっ!!」
「うわっ!」
焦れたハニーは、
一人の男の片手を掴んで引き寄せ、
自分の胸に当てがった。
「このオッパイ、
揉みしだきたかったんだろ?」
「あ・・、あ・・・。」
男の顔は完全に引きつっており、
まともに言葉も出てこない。
一方のハニーは、
冷酷な嘲笑を浮かべていた。
そしてー、
「最っっっ低っっ!!」
男の股間を、
おもいっきり蹴り上げた。
「く、は・・・・っ!!」
蹴られた男は、
あまりの痛みに声も出せず、
のたうちまわることもできず、
うずくまり口から泡を吹いて失神してしまった。
玉が潰れただけでなく、
もしかしたら、
尾てい骨までも粉砕されているかもしれない。
命にかかわる、
きわめて危険な状態だ。
「ひいいいいいっ!!」
残る二人の男はこの惨状を目の当たりにし、
腰を抜かして失禁し、震えている。
「・・・ったく。
情けないにも、ほどがある。」
そう吐き捨てると、
今度は別の男のもとにツカツカと近寄り、
髪の毛を掴んで、
なんとそのまま片手でつるし上げた。
「いっ!いたいっ、いたいっっ!!」
涙目で、
宙に浮いた足をばたつかせながら、泣き叫ぶ。
そんな彼を、
さらに泣かせるようなセリフが、
ハニーの口から飛び出す。
「このままじゃ面白くないから・・・。」
空いたほうの手で、
ブーツから伸縮自在の長剣を取り出すハニー。
彼女の主武装である"シルバー・フルーレ"である。
「そのいやらしい目玉をくり抜いて、
足のほうから一センチ刻みに、
スライスしてあげるわ。
フフッ。」
「・・・・・。」
これには、
あくまで身を挺して止めねばならない立場の純平でさえ、
絶句し凍りついた。
想像するだけで身の毛もよだつ、
それはもはや直視できないほどの、
強烈なスプラッター・ホラーだ。
悪人とはいえ、
せめて死に方くらいは選ばせてやりたいと、
心底思う純平だった。
「さあ・・・、
ショーのはじまりよ。
楽しみましょうか!!」
「ひっ!!」
事情が事情だけに、
こちら側に正当性があるにしても、
これ以上の行動に出れば、
それは度が過ぎた過剰防衛であろう。
第一、渢衣は人間ではない。
もし彼女が"ロボット"というカテゴリーに分類されるとしたら、
人に危害を加えてはならないという、
『アシモフのロボット三原則』に抵触してしまうのではないか。
ましてや、
このような残虐極まりない殺人を犯してしまっては、
世間が大騒ぎするのは目に見えている。
そうなれば、
渢衣は『J』以上の恐怖の存在となり、
この世における一番の排除対象となってしまうだろう。
愛の戦士が正義のために活躍する物語のはずが、
逆に滅ぼされるべき悪の主人公に堕ちてしまうという、
笑えない展開が待っているのだった。
非常に気の毒なことになっている男たちも、
顔面蒼白で成り行きを見守るしかない純平も、
今は真の"正義のヒーロー"の登場を心から願った。
するとー。
「君、そのあたりでやめておいたほうがいいだろう。」
願いが通じたのか、暗がりから声がした。
「誰?」
声に反応して掴んだ男を放り投げ、
振り向くハニー。
その顔は、
"お楽しみのショー"を邪魔されたことで、
さらに不機嫌になっている。
「ぐほっ!」
放り投げられた男は、
かなり大きな放物線を描きながら地面に落下したために、
全身打撲の重傷を負った。
頭から落ちていれば、
下手をすると死んでいたかもしれない。
「それ以上の行為は、傷害罪・殺人罪に問われる。
もし君が・・・、
"人間"ならばね。」
突如として現れた謎の人物は、
その声からどうやらまだ若い男のようだが、
ちょうど街灯を背にして立っているため、
顔が影になっており確認できない。
それよりも注意すべきは、
この男はこれまでの渢衣の行動を見ており、
さらには、
渢衣が人でないことを見抜いているらしい、
という点である。
その上で、
まったく動じることも怖気づくこともなく、
堂々と事を収めようとしている。
「おまえは、何者だ?」
当然、
彼女も男が只者でないことを察知し、警戒している。
ハニーの凶行が一旦食い止められたのは幸いだったが、
また新たなる緊張の局面が生まれようとしていた。
「今は名乗ることよりも、
君が冷静になってくれることが先決だ。
そうでないと・・・。」
「そうでないと?」
ハニーはシルバー・フルーレを眼前に構え、
嬉々とした顔で男を見ている。
そう、
彼女としては事を収めるどころか、
自分の戦闘本能を満たしてくれそうな好敵手が出現したことで、
さらなるショーの新展開に期待しているに過ぎない。
「力づくで、止めるほかないな。」
男がため息まじりにそう言うと、
「おもしろい!」
その言葉を待っていたかのように、
ハニーは男に猛然と襲い掛かった。
「ハニー!!」
純平の制止する声も、
今のハニーに届きはしない。
彼女の太刀筋は明確な殺意を孕んでおり、
動きに迷いが感じられなかった。
だが、
目にも止まらぬような速さで振り下ろされる剣を、
なんと男は紙一重で避けた。
さらに別の角度からの一撃を、
今度は宙を飛んでかわした。
「!」
「なにっ、この男・・・!?」
ハニーも純平も、驚愕するほかはなかった。
男の身体能力は、
想定をはるかに超えたものだったのである。
「かわした、わたしの剣を・・・。」
呆然とする、ハニー。
しかし困惑の表情は、次第に歓喜に変わる。
「フフ・・・、あなた、
なかなかやるじゃない?」
彼女の体が震えはじめたが、
けして怯えているわけではない。
「ああ・・・、快感・・・。
こんな感覚は、ひさしぶりよ♡」
なにやら淫靡な顔つきで薬指を噛み、
自分の豊満な胸をわしづかみにして、
体をくねらせるハニー。
「お願い、もっと・・・、
もっとわたしを、楽しませてーっ!!」
「むっ・・。」
独特の構えをとり跳躍すると、
ハニーは空中で二人、四人と分身し、
最終的に十数人のキューティ・ハニーが宙を舞い、
円陣を組むように回転しながら、
それぞれが地に立つ男へ剣を向けた。
「なら、
この攻撃が、かわせるかしら?」
男は初めて防御の態勢をとる。
「やれやれ、
こっちも本気を出さなきゃいけないのか。
自分としては、
君と争うつもりはまったくないのだがね。」
彼の言う通り、これは無意味な争いであり、
戦いを望んでいるのはハニーひとりだけである。
しかし、
今の彼女を言葉で止めることは不可能だ。
「いくわよ・・・、
"ハニー・ザ・シューティングスター"!!」
空中から一気に多数の剣が、
輝きながら地上の一点を目指して降下する。
闇夜にあって、
それはまさに雨あられと降り注ぐ、
流星のごとくであった。
分身であるので、
ただ一人を除いてすべて幻影なのだが、
これを見切れずまともに攻撃を受けたなら、
無残にもシルバー・フルーレに体を貫かれる。
ところが、
男は今度はまったくかわすそぶりも見せず、
毅然と立ったまま両手を広げた。
「アウティモ=アプラサール!!」
「え?」
「は?」
何かの必殺技のように叫ぶ男に、
ハニーも純平も激しく動揺する。
その瞬間、
ハニーの闘争心は激しく削がれ、
攻撃が不安定になった。
直後、思わぬ形で戦いは決着を迎えた。
「ふふ。
つかまえたよ、子猫ちゃん。」
「・・・・・。」
「な・・・・・。」
気づけばなんと、
男は空中からの流星剣を避け、
着地してきたハニーを抱きしめていた。
彼女の必殺剣を見事に見切ったのである。
「アウティモ=アプラサール(偉大なる抱擁)とは、
こういうことさ。」
ここで二人は唖然としながらも、
男を食い入るように見た。
彼はキャソックを纏った、若き神父だった。
ついでに言えば、
けっこうなイケメンである。
「まあ・・・・。」
ハニーはたちまち変身を解除し、頬を赤らめた。
ようやく如月渢衣に戻ったわけだが、
いつもながら、
その反応はきわめて分かりやすい。
「"まあ・・・"、じゃねえだろっ。
おい、ハニー!」
憤慨とジェラシーのこもった純平の声で、
渢衣は我に帰る。
「はっ、わたしったら・・・。
あの、すみません、
そろそろ離してくださいませんか・・・?」
あきれ返るほど変貌する言葉遣いもさることながら、
ついさっきまでガチで殺そうとしていた相手にとる態度とは、
到底思えない。
すると、
「おっと、これは失礼。
初対面のレディにこのようなことを。」
そう言って、
今度は男がいささか動揺した様子で、
渢衣を開放した。
もっとも、
彼に失礼な行為など微塵もないのだが。
「しかし、
平常心を取り戻してもらえたのは、なによりです。」
「・・・・。」
まさかの敗北を喫した渢衣は、
地べたにペタンと座り込み、
呆然と男の顔を見上げている。
相手が神父だから、
というわけでもないだろうが、
あたかも奇跡のように降臨した神を目の当たりにしている、
といった表情だ。
「立てますか?」
男が優しく微笑み手を差し伸べると、
渢衣は頷きながらその手にすがり、
ふらふらと立ち上がった。
「あ、あの、
危ないところを助けていただき、
ありがとうございました。」
ボーッとしているだけの渢衣や、
半殺しにされた男たちに代わり、
純平がおずおずと寄ってきて礼を述べた。
「あなたは?」
「あ、オレはその・・・、
彼女のアシスタントをしている、
早見という者です。」
「アシスタント・・・、ですか。」
男は純平に懐疑的な視線を向けながらも、
「わたしの名は、カルロス。
この街の小さな教会で神父をしています。」
そう自己紹介して、
ふたたび神スマイルを浮かべた。
とはいえ、
殺気立った渢衣に対し、
一切の攻撃を繰り出さずに勝利したその常人ならざる身のこなしから、
ただの神父でないことは明らかだ。
「教会・・・。」
あいかわらずボーッとしながら、
渢衣がつぶやく。
すると、
カルロス神父は渢衣に視線を戻して言った。
「キサラギ・ハニーさん、ですね?」
「・・どうしてわたしの名前を?」
「あなたが昼間、
わたしが外出中の教会に訪ねてこられたと、
留守番の者に聞いたのです。」
言いながら渢衣に手渡した、名刺。
その教会は、
たしかに彼女が昼間訪れた場所であった。
「そうだったのね。
でも、なぜあなたは・・・。」
渢衣はやや険しい顔になり、問いかけようとする。
訪ねてきたからといって、
こんな夜中まで彼女を探していたというのか?
そして、
たったいま垣間見せた、
人並外れた能力はいったい・・・?
そういった数々の疑問をぶつけたくなるのは、
至極当然といえよう。
「聞きたいことはわかります。
わたしも、正体を隠すつもりなどありません。
ただ・・・。」
カルロスは周囲を見渡し、
少々落ち着かない様子で二人に告げた。
「こんなならず者たちだが、
みんなほとんど半死半生だ。
このままにしておくわけにはいかないでしょう。」
「・・・・・。」
見れば暴漢たちはそれぞれに、
瀕死の重傷を負ってうずくまる者、
あるいはあまりの恐怖に精神をやられ、
なにやら念仏めいた言葉を繰り返しつぶやく者ー。
形は違えど皆一様に、
まともに話もできるような状態でないのは、
一目瞭然だった。
「こんな騒ぎのあとだ。
警察もやってくるかもしれない。」
「たしかに。しかし・・・。」
事の重大さに、
今さらながらうろたえる、二人。
「とりあえず今は、
早々にこの場を離れたほうがいいでしょう。
あとのことは、わたしにまかせてもらえませんか。」
「えっ、いや、
それではあまりに・・・。」
たいそう迷惑をかけたにもかかわらず、
至れり尽くせりのカルロスのはからいに、
ただただ恐縮するばかりだ。
「かまいません。
"職業柄"、こういうことには慣れているのですよ。
悪いようにはしませんから。
それに・・・、
あなた方に何かあると、
わたしにとっても不都合なのでね。」
「・・・それは、どういうことですか?」
繰り返される意味深な発言に疑問は尽きないが、
カルロスは"時間がないのだ"と強調するように首を大きく振りながら、
最後にこう言った。
「わたしは残念ながら、
夜明けから出かける用事があるのですが、
そうですね・・・。
もし差支えなければ三日後の夜に再度、
教会のほうにきていただけませんか。
そのときに、
ゆっくりとお話ししましょう。
おそらく・・・、
あなた方が求めている情報も、
提供できるはずですよ。」
「!?」
「さあ、では早く。」
「わ、わかりました。
お手数かけて申し訳ない。
よろしくお願いします。」
純平は頭を下げつつ、
促されるまま、
渢衣の手を引っ張るようにして、
あたふたと現場をあとにした。
その直後、
遠くのほうからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
「やべえ、ほんとに警察がきやがった!
急ぐぞ、渢衣!!」
何かに追われるように、
やや早歩きといった感じで逃げる純平と、
いまだ彼の手に引っ張られて追随する渢衣。
勢いよく走ると怪しまれかねない。
事件の関係者と思われないように、注意をはらう必要がある。
純平の足取りがふらついているのは、
単に疲労困憊しているから・・というだけではなかった。
アンドロイドである渢衣の体重が、
見た目よりもはるかに重いためだ。
そんな彼女が自発的に急ごうとしないために、
まるで筋トレをしているような気分になる。
学生時代、
部活で重いローラーを引きずり、
グラウンドを整地したことを思い出した。
「どうした、ハニー!
グズグズしてると捕まっちまうぞ?」
苛立ちを隠せず、純平がハッパをかける。
むろん、
彼女が易々とお縄になるはずもないが、
そうなると今度は、
警察相手に大立ち回りを演じることになり、
さらなる大騒ぎに発展するにちがいない。
せっかくのカルロスのはからいを、
無駄にすることになる。
「あの人・・・・。」
「・・・ん?」
急かす純平に引っ張られつつ、
なにやら思案している様子の渢衣。
「たしかなことは言えないけど、
どこかで、見たような・・・。」
「なんだって?」
意外なことを口走る彼女へ振り向き、
純平は立ち止まる。
「あのイケメン神父を?
初対面のはず、だよな?」
「・・・・。」
渢衣は一生懸命に、
何かを思い出そうとしているようだったが、
断念したようで首を横に振った。
「・・・わかった、それはあとで思い出せばいい。
とにかく、早くここを離れよう。」
にわかに騒々しくなった背後をひと睨みしてから、
純平はうなずく渢衣を促し、
二人して灯りの消えた街の、
その闇へとまぎれていったー。
二人が去ったあと、
ほどなくして警察が、続いて救急車も現場に到着した。
騒ぎに気付いた近隣の住民が通報したのだろう。
「なんだ、こりゃ?
なにがあった?」
男たちの様子を見るなり、
ニコラス警部は顔をしかめる。
そして、
「ん?」
傍らにたたずむ男を見つけると、
素早く拳銃を構え警戒態勢をとった。
「おい、そこの男!」
事件の現場に一人で突っ立っていれば、
容疑者・関係者と思われても致し方あるまい。
だが、
警部がその男の素性に気付き、
すぐに拳銃を下すと、
他の警官もこれに従った。
「あんたは・・・、カルロス神父。
なぜ、こんなところに?」
「やあ、警部。
まさか、あなたが来てくれるとは。」
「たまたまこの近くで強盗事件があってね。
その帰りに、
こっちへ引っ張られたわけです。」
「それは、どうも・・・。」
ニコラスは警官たちに、
男らへの事情聴取やら怪我人の処置などを手短かに指示し、
カルロスと話をはじめた。
「あなたの行くところ、
トラブルが絶えんようですな。
今回は、何です?」
警部はうんざりした顔で、
めんどくさそうに聞いた。
ニコラスー。
ソフト帽にトレンチ・コートという、
大泥棒が大活躍するあの有名アニメから、
そのまま飛び出してきたような風体である。
「なあに、チンピラ同士の喧嘩でしょう。
たまたま通りかかったら、こんな状況でね。」
「たまたま、ね。
くっくっ・・、
ということは、我々はたまたまここで会ったということですな。」
「そうなりますね。」
今まで数々の事件を担当してきたニコラスは、
現場の状況から彼の証言をまったく信用していなかったが、
それ以上深く詮索しなかった。
「なら、そういうことにしときましょう。」
そう言いながら、
立ち去ろうとするニコラス。
「たいして力にはなれないでしょうが、
なんなら署のほうに同行してお話を・・・。」
「いや、けっこう。」
ニコラスは大きく手を振り、
カルロスの協力を固辞した。
その態度からは、
あまり彼に関わりたくないといった意思表示が見てとれる。
「そうですか・・・。」
カルロスにとっても、
それが当たり前のことのようで、
神スマイルを浮かべたあと頭を下げた。
「お疲れ様です。」
「カルロス神父・・・。」
ニコラス警部は振り返って、
声を殺しながら言った。
「あまり、引っかき回さんでいただきたい。
例の、議員変死の件もある。
こういうことが重なると、
我々としても"あなた方"になんらかのアクションを、
起こさねばならなくなりますよ?」
それは、強い忠告ととれるものだった。
「・・・重々承知しておりますよ、警部。」
カルロスがそう応じると、
ふん、と鼻を鳴らし、
ソフト帽を目深に被り直しながら、
ニコラスはそそくさと歩いていった。
「・・・・・。」
そのタイミングを見計らったように、
一台の黒塗りの高級車が静かにやってきて、
カルロスの傍らに止まった。
「エレーナ、
いいところに来てくれた。」
彼はすぐさま車の後部座席に乗り込むと、
運転している女性に声をかけた。
年齢は30歳前後といったところだろうか。
少なくともカルロスよりは年上に見える。
「おつかれさまでした。
どうやら、うまく接触できたようですね。」
「ああ・・・。」
大きく息をつきながら、
本革のシートに体を沈み込ませるカルロス。
エレーナは笑顔で車を発進させながら、
ルーム・ミラーでそんな彼の様子を伺ったのだが・・。
「カルロス?まさか・・・!」
彼女の顔色が、変わった。
「ふふ・・、やはり君の眼はごまかせない、か。」
カルロスはおもむろにキャソックの前を開く。
すると、その下のシャツが真っ赤に染まっていた。
「嘘でしょ、そんな・・・。」
「たいしたことはない、動揺しないでくれ。」
「でも・・・。」
「急所への直撃はなんとか外したが、
完全に避けることはできなかったよ。
さすがはDrキサラギの忘れ形見、といったところかな。」
「・・・・。」
「なんにしても、このままじゃ格好がつかない。
手早く治療して、
またすぐに出発しなければならないからね。」
「了解・・・。」
エレーナはアクセルを踏み込み、
全神経を運転に集中させた。
数時間後ー。
まもなく夜が明けようとするころ、
純平が宿泊しているホテルのベッドの上で、
渢衣は半身を起こし、
窓の外の月を見ていた。
「怖いのかい?」
となりで寝転がっている純平は、
そんな彼女の美しい裸身を見つめながら、
問いかけた。
「【ブラッディ=J】ー。
つまりは、君の姉・・・、
【如月珠莉亞】と対峙することが。」
「・・・・。」
渢衣は、黙っている。
「あのカルロスという神父は、
たぶん珠莉亞のことについて、なんらかの情報を持っている。
それだけじゃない、
渢衣、君のことも少なからず知っているようだ。
君と彼に面識があるのかどうか・・・、
そこんとこは現段階では定かじゃないが。」
渢衣の顔をうかがう純平。
しかし、
「ええ・・・。」
頼りなくそう答える渢衣の様子から、
やはり思い出せてはいないようだ。
「人間離れした、若き神父かー。
彼がオレたちに深く介入しようとしている。
これはもう、協会が絡んでいると思ってまちがいないだろう。
オレの考えが正しければ、
この先、多くの信徒や民衆を巻き込む可能性がある。
そうなれば、
もはや君たち姉妹だけの問題ではなくなる・・・。」
渢衣の胸に焼き付いて離れない、
あの日の悪夢。
陽が沈んでもまだ暑い、そんな夏の夜だった。
なかなか寝付けずにいた渢衣は、
妙な胸騒ぎがして寝室を抜け出し、
地下の研究室へ行った。
そこで見たものは、
惨殺された父と、
その傍らに血まみれでたたずむ、
姉・珠莉亞の姿だったー。
「パパ!!」
動転しながら駆け寄るも、
如月博士はすでに物言わぬ骸と化していた。
「姉さん!!
これは、どういうことなの!?
いったい何があったのよ!?」
激しく詰め寄る渢衣。
だが珠莉亞は放心したまま何も答えず、
そして、姿を消したー。
「ちがうのよ、純平。
たしかにそういう怖さもあるけどー。」
「?」
「わたしの知っている姉は、
とても心優しい人だったー。
そんな彼女が、
なぜ愛する父を殺さなければならなかったのか。
そして真実を知ったとき、
わたしたちの運命が大きく変わりそうな気がして・・・。
それが、とても怖いの。」
当時、純平はまだ幼い少年で、
新聞記者として事件を追っていた彼の兄と出会っていなければ、
純平とも知り合うことはなかったはずだ。
『青児さん・・・。』
今は亡き恋人の顔を思いだすと、
せつなくなる。
「純平、ごめんなさい。
わたし・・・。」
「兄貴のことは、もう気にするなよ。」
渢衣の心中を察した純平は、
そっと釘を刺した。
「兄貴は自分の正義を貫いて、
君を愛しぬいたんだ。
人生に、なんの悔いも残さなかっただろう。」
「・・・・。」
「オレは、そんな兄貴を誇りに思う。
そしてオレもまた、
自分の正義を貫きたいー、
そう思ってる。
ふふ、ガラにもないかな。」
「純平・・・。」
「ここまできた以上、
君もオレも後に引くわけにはいかんだろ。
オレにはオレの、
君には君の運命に立ち向かっていくしかないんだ。
兄貴の代わりにはなれないかもしれないが、
最後まで、協力させてくれないか?」
「あなたの命にかかわるわ。それでもいいの?」
純平の顔を上からのぞき込むようにして、
心配そうに渢衣は言った。
「ふっ、
危なくなったら、君がオレを守ってくれるさ。
それが愛の戦士・・・、
『キューティ・ハニー』だろ?」
渢衣は、思う。
愛とはけして自然発生するものではなく、
誰かに与えられ育まれるものだと。
そのぬくもりがあふれ出すとき、
彼女もまた、心の底から誰かを愛することができるのだ。
「ありがとう、純平。
あなたがいてくれて、わたしはー。」
アンドロイドでありながら人の心を保っていられるのは、
こうして心と体を重ね合わせているからなのだろう。
常日頃、
孤独な戦いを強いられることの多い彼女にとって、
それは安らぎであり、神聖なる儀式のようにも思える。
いわば、
愛という危険で不可思議な感情を持つことによって、
彼女は殺戮ロボットにならずにすんでいるのかもしれない。
彼女が存在する意味は、
どんな形であれ、
彼女を思い、必要としてくれる人がいるからこそあるものだ。
【わたしは、ここにいていいのね?】
心の中でそう問いかけ口づけを交わすと、
夜が明けるまでのわずかな時間、
純平の腕の中で、
渢衣はつかの間の眠りに落ちてゆくのだった。
(・・・つづく、かな?)