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「動物の福祉」日本初の動物園条例制定へ 札幌市を動かした事故死
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札幌市が、動物がそれぞれ本来の行動をとれるようにする「動物の福祉」を重視した動物園条例の制定を目指している。制定されれば日本初となる見込みで、市円山動物園のゾウ舎では先行して取り組みを進めてきた。きっかけは、ある動物の死だった。【土谷純一】
◇自然での姿、動物園のなかでも
「ゾウがここまで自然の中にいる時と同じ姿を見せてくれるようになるとは」。ミャンマーでアジアゾウの導入を交渉し、生息地を視察した同園飼育展示課の朝倉卓也係長(51)は目を細めた。2019年に約30億円をかけて新設された円山動物園のゾウ舎で飼育されている4頭には、それ以前に見られた、ストレスなどの影響で同じ行動を繰り返してしまう「常同行動」も確認されていない。
ゾウ舎では、ゾウに負担がかからないようさまざまな工夫が凝らされている。床はコンクリートではなく砂を約1メートルの深さで敷き詰め、生息地の足場を再現。水深3メートルのプールに潜って水浴びもできる。ゾウには直接エサを与えず、「複数の穴が開いた壁の向こう側に置く」「砂の下に埋める」などしたエサを自ら探さなければならない。野生のゾウは一日の大半をエサを探して過ごすことから、ゾウ舎内でもその習性のまま行動できるようにしているという。
◇襲われたマレーグマ「動物虐待」
市が早ければ5月の定例市議会に提出する「動物園条例」の素案は、動物が肉体的・心理的にどういう状態にあるかを科学的に把握し、本来の行動をとれるようにする「動物の福祉」を重視。諸外国が生物多様性保全に取り組み、動物の福祉が注目されていることが背景にあり、同園ではゾウ舎がその先進事例となっている。
市が条例制定に動き出したのは、15年7月に同居訓練中だった高齢の雌のマレーグマ「ウッチー」が若い雄に攻撃され、その後死んだ事故がきっかけだった。
同年6月から複数回行われた訓練の度に、ウッチーと若い雄が争う様子が確認され、死の前日も約20分間にわたり攻撃されるウッチーの姿が確認されていたが、訓練は続けられた。事故を調査した市動物管理センターは「ネグレクト(放置)型の動物虐待」と指摘。その後も動物の死が相次ぎ、同園の専門的ノウハウの蓄積・継承不足が浮き彫りになった。
市は対策に乗り出す。17年に「動物専門員」を新たに設け、19年度から動物の飼育は全て動物専門員が担うことになった。また同園は飼育する動物の種類を減らす方針で、2月末時点で飼育する155種のうち32種は個体が死んだり、他の園に転出したりしたら飼育を終了する。
市はアジアゾウの受け入れに当たり「ゾウ導入基本方針」を14年にまとめ、「動物にとって豊かで充実した環境を整えることが重要」としていたが、事故が相次ぐ結果となった。同園経営管理課の森山予志晃係長(41)は「飼育員は動物にとって良い環境にしようと努力してきたが、それを個人に委ねてしまっていた」と話す。
◇自然保護の視点欠け 国内法は未制定
「動物の福祉」を重視する法律は国内では未制定だ。日本動物園水族館協会は13年、動物園水族館法制定について要望書を環境相に提出。「多くが動物観覧や集客を目的に運営されている」「地方自治体が設置しており、国や県に所管する部署がない」として法整備を訴えた。17年には種の保存法が改正され「動物園が種の保存に重要な役割がある」と明記されたが、包括的な法制定の動きはない。
環境省の動植物園の検討会に委員として参加した滋賀県立大の上河原献二教授(環境法・環境政策学)は「動物園が自然保護の役割を果たすべきだという認識が欧米にはあるが、日本では理解が十分に広がっていない」としたうえで、「仮に法律を制定すると新たに規模の大きい予算が必要になる。それもちゅうちょする一つの要因ではないか」と指摘する。
森山係長は「『どこかが始めないと国内の状況が何も変わらない』という思いがあった。札幌の取り組みが全国に広がり、理解が進んでくれるのが理想です」と話す。
◇札幌市が動物園条例制定を目指す経緯
2014年11月…市が「ゾウ導入基本方針」まとめる。「動物の福祉」明記
2015年 7月…円山動物園でマレーグマ「ウッチー」が死ぬ。市動物管理センターは「ネグレクト型の動物虐待」と指摘
2015年 8月…グラントシマウマ、マサイキリンが相次いで死ぬ
2015年10月…元旭山動物園長の小菅正夫氏が市環境局参与に就任
2016年 4月…市が円山動物園の休園日を年末3日間から年35日間に増やし、開園時間も短縮
2017年 4月…市が「動物専門員」職を新設
2019年 3月…ゾウ舎オープン。円山動物園でのゾウの公開は07年以来12年ぶり
2019年 4月…市が動物専門員を増員。飼育を担当する常勤職員は全て専門員に
2021年12月…市が動物園条例の素案を市議会総務委で示す