両大血管右室起始症のムスコは肺への血流を少なくするために、生後3日目に1回目の肺動脈絞扼術を受け、その2週間後に2回目の肺動脈絞扼術と、バルーンカテーテルによる心房中隔裂開術を受けました。


そして生後3ヶ月で心臓カテーテル検査などをして、二心室修復ではなく、フォンタン手術を目指すことに方針が来まりました。


そしていよいよグレン手術当日です。


二心室修復のスイッチ術と比べればリスクの少ない手術とはいえ、今回はグレン手術と合わせて三尖弁逆流(軽度〜中度)の軽減のための三尖弁形成も行うので、手術時間としてはこれまでの手術や、今後やるフォンタン手術と比べて長く、もちろん心臓を止めて人工心肺を使うので、それに伴うリスクも想定されます。

前日まで家で思う存分に過ごして、病院に送り届けました。


この日まで、とにかく感染症に注意することと、体重を増やすことが母親としての務めだと思ってきたところ、ムスコは生後3ヶ月半で体重5.8キロと、100点満点以上の結果で答えてくれました。


グレン手術をしたら後戻りはできない。
せっかく二心室にできる大きさが左右共にある心室ですが、単心室になります。


複雑な気持ちではありましたが、手術直前までムスコに明るく話し掛け続けました。

手術室に向かうムスコは、あれあれ?どこ行くの?と、きょとんとした様子。

内心は胸がきゅーっと苦しく、泣きたいくらいの気持ちでしたが、「だいじょうぶだからねー!」と明るくムスコを手術室に見送りました。

8時半に手術室入室。

長い待ち時間。

無事に手術が終わったとの連絡が15時ちょっと前にありました。

そして16時前にはムスコに会えました。

本当によく頑張ってくれました。

執刀医の先生からは、思った以上に側副血管があったので予定より時間はかかってしまいましたが、手術は非常に上手くいきました。との説明でとてもとても安心しました!


大きな身体の変化があると思うので、本人のペースでゆっくり回復できますように。


両大血管右室起始症のムスコは肺への血流を少なくするために、生後3日目に1回目の肺動脈絞扼術を受け、その2週間後に2回目の肺動脈絞扼術と、バルーンカテーテルによる心房中隔裂開術を受けました。

その後はサチュレーションが80台前半〜半ばで、ややチアノーゼはあるものの、よいバランスの循環で元気になり、よく飲み体重をぐんぐん増やしてきました。


生後3ヶ月を過ぎた頃には身体が大きくなってきたので、肺動脈絞扼部分が相対的に狭くなりチアノーゼが少し進行してきました。

そこで、次の手術の方針を決めるために、約1週間入院して、造影CT検査と、心臓カテーテル検査を受けました。

そして待ちに待った治療方針の説明が、翌週にありました。


二心室修復できるのか希望を持って
この日を待っていましたが、

蓋を開けると、結果は

グレン、フォンタンをしましょう。

とのことでした。

理由としては、
二心室修復のためには、ムスコの場合スイッチ術(ジャデーン術)が必要になるが、手術の難易度が高いことに加え
①僧帽弁異形成(パラシュート様弁)があり、遠隔期の僧帽弁閉鎖のリスクがある
②心室中隔が大きく、人工物で閉鎖する部分の長さが長いため、ポンプ機能として筋肉のように収縮しない部分が大きい
③リルーティング部分の狭窄のリスクがある

ということでした。

①の僧帽弁については初耳だったので、果たしてそれがどれほどのリスクと考えればよいのか、理解が難しいところではありましたが、

自分の中ですごく簡単に解釈したのが、

難易度の高い手術で、穴もかなり大きいから、術後のリスクが大きいということ。

そのリスクを背負って二心室修復するよりも、将来の合併症のリスクはあるものの、フォンタンを選択したほうがよい、とプロが判断したということ。

フォンタンに進む覚悟はある程度していたものの、これまで循環器の先生からは、出生直後から二心室修復は可能な印象、という説明を受けてきたこともあって、やはりショックではありました。

もちろん親としては二心室修復してあげたいのは言うまでもありませんが、これはとても難しい選択で、知識がない私が「どうしても二心室修復にしてください」と言えることではありません。


ムスコの生命や将来を左右する非常に重要な判断。検査結果を聞く前から、夫婦で病院の先生の決定に委ねようと決めていました。年間300以上の心臓手術を行う病院で、執刀医もかなりの手術数をこなしてきたチームです。現実的に受け得る最高の医療レベルでの結論です。私はいくつか気になった点を質問して、決まった方針を飲み込みました。


そして手術日が翌週に決まり、外科の先生からの説明も受けました。


外科の先生は、生後まもなくからお会いする度に、今どのような話し合いがなされているか、今後どのように進む可能性があるか、包み隠さず説明してくださってきた先生で、とても信頼している先生です。

その先生は最後まで少数派になっても二心室修復を勧めてくださっていました。どちらかというと循環器の先生方が二心室修復のリスクは許容できない、という考え方だったようで、「意見を覆せずすみません、、」と外科の先生は仰ってくださいました。リスクがある手術でも、ムスコのことを考えて、やろう、と言ってくださったことに感謝の気持ちでいっぱいです。


正直なところ、二心室修復させてあげられていたら、、という考えが頭をよぎります。


外科の先生曰く、
二心室修復の場合の手術リスクは
死亡率20%
合併症リスク40%とのこと。

グレン手術の場合は
死亡率は聞きませんでしたが、おそらく数%、
合併症リスクは15%とのことでした。


死亡率20%、、。5人に1人が命を落とす。
決して低い数字ではありません。
全てが上手く進んだ場合は、フォンタンを選択するよりよい結果になるかもしれませんが、そうでない場合は、、、。




この記事はグレン手術後に書いていますが、二心室にしていれば、ということが頭をよぎるときには、その場合、ムスコを二度とこの腕で抱けなかったかも、、、と考え、今ムスコが私の腕の中で心地良さそうに寝ていることに感謝するようにしています。


生後3ヶ月のムスコ。いよいよグレン手術です。

両大血管右室起始症のムスコは生後3日で肺動脈絞扼術をし、その2週間後には肺動脈絞扼術2回目と、バルーンカテーテルによる心房中隔裂開術を受けました。


2回目の手術後はみるみる元気になりミルクもよく飲み体重も増え始めました。

まさかの胆管炎になり、退院が一時伸びましたが、生後2ヶ月半でようやくうちに帰ることができました!

そこからは外来管理の日々です。

最初は退院から1週間半後。

体重が1日50g近くのハイペースで増えたので、身体が大きくなったことに対して、肺動脈絞扼部分が狭いので、チアノーゼが過ごし進行していました。

酸素なしのサチュレーションで70台前半から後半くらい。

そこで、在宅酸素を導入することになりました。

まずは流量0.5リットルからスタートです。

そして更に2週間後の外来。

また少しサチュレーションが下がっていたので、
流量が1リットルに増えました。

家での本人の様子は至って元気で、変わらずミルクもよく飲み、よくおしっこもでるし、よく笑い、よくおしゃべりもしました!

まだインフルエンザなどの感染症がまだ気になる時期だったので、近所に散歩したのとらムスメのスクールバスのお迎えに連れてった以外は外出することなく、ずっとおうちで過ごしました。

お宮参りもしたいなと思っていましたがら酸素ボンベつけて無理に行くのもな、、ということで、次の手術が終わり落ち着ちついてから行くことにしました。


そうしておうちで約1ヶ月半過ごし、まもなく生後3ヶ月を迎えるころに、サチュレーションの低下を抑えるため、やや貧血気味の血中のヘモグロビンを増やすために輸血療法を1泊入院で行いました。輸血量は100cc(たしか、、汗)

そして生後3ヶ月ちょっとで、次の手術の方針を決めるために、造影CT、カテーテル検査のために再度入院することになりました。

とにかくここまで体重を増やすことと、病気にならないことに気をつけてきましたが、体重は5キロ越え、風邪をひくこともなく、無事に過ごせてほっとしつつも、いよいよドキドキの検査をむかえます。

この検査の結果で、二心室修復できるかフォンタンに進むかが決まるので、気になってそわそわ。

検査の結果についてはまた次の記事で書きます。