中也は人別をつけてくれそうな差配や大家を、
頭を下げて太吉とまわった。

兵四郎の寺子屋の住職、
安軒和尚は訳を聞くと不憫がって、

臨宗寺の親寺にあたる相似寺に話を通して、
取りあえず寺預かりとして、
しばらく荒れ寺に住むことの許しを貰ってくれた。
和尚の指図で作男の爺さんが掃除をして雨戸も修理する。

凛の住む善兵衛長屋の差配や、
木戸番の嘉助まで長屋周りや近所に、
お助け鍋を持って回ってくれた。

梅香亭のある池之端裏通りも、弥吉がかよを連れて、
ご寄進お願いつかまつりや~すと呼ばわって回る。

小さいかよが、弥吉の手をひしと握り締めて、
声をはりあげて回ると、

近所のおかみさんや通りすがりのぼて振りも、
ついいじらしく思って、

小銭を入れてくれたり、僅かな米を分けてくれたり、
子供の古着を持って出て来てくれる。

梅香亭の客達も凛の声掛けに応じて、
つりを弥吉に心づけたりもしてくれる。

紙問屋の番頭源七は年が明けたら、
出入りの双紙屋に、
弥吉の奉公を頼んでくれると請合ってくれた。

文字が書けりゃ、
好きな本も読めるしいいんじゃぁねえかぃ。

おいらも時々行って様子もも見られるし、
弥吉は綺麗好きなようだからね喜ばれるよっ。

最近は大番頭として山久を仕切る源七は、
少し肥えた体でにこにこと伝えに来た。

三井屋の仙太郎旦那も、
反物の断ち落としを古着屋に持っていかせ、
古着と代えてもらって八に届けさせる。

兵四郎も寺子屋仕事が終えてから子供達に、
かなだけでも書けるようにと教えに出かけた。

八丁堀の顎の旦那も時には凛の店に寄るが、
そしらぬ顔をして、
見過ごしてくれているようだった。

桶屋の利助は幸いに桶政の下働きに受けてもらえ、
鋳掛屋の倅松吉は、
三井屋の隠居の口利きで、品川宿の鍛冶屋の見習いに出ることになった。

中也は他の子供も住み込み奉公が出来るようにと、
師走の町を駆けづり回る。

中也は平太郎の事をことさら気に掛けて、
何とか奉公を受けてくれるよう探し回ったが、

ちいさいかよと年のいった平太郎には、
手ごろな所がなかなかみつからない。

ごめんなさいよ~
梅香亭のその晩の口開けは、三井屋の仙太郎と八だった。

あれっ今日はお早いんだねぇ~

もうねぇ、掛取りに手が回らなくって、
四谷御門の先まで行かされてたのよ~
うちの山の神は気性があれでしょ逆らえないわよっ。

熱いのとなんか食べさせて~
八は鰊蕎麦がいいかぃ。

そうやって旦那が八つぁん連れてくると、
時の来し方を思っちゃうねぇ。

旦那は夜遊びで八つぁんは前髪の丁稚さん。
それが今や立派な旦那と若衆だものねぇ。
あたしも年をとるわけよねっ。

凛は熱燗と小肌の粟漬を出しながら笑った。

八は小座敷の上がり待ちに腰を掛けて、
ちょっとはにかんでもじもじした。

お凛ちゃんは変わらず綺麗だわよ~
今となっては気楽な夜遊びしてた頃が、
なつかしやぁ~だわね。

つごもりには表店でふるまい餅つくから、
八に根岸のお寺に持っていかせるわ。

家も奉公人が増えて、
土産持たせて里に帰すのが精一杯ですまないわねぇ。

いえいえ品川のご隠居様にまでご足労かけて、
まったく世間のありがたみでございやすよっ。

ただいまでございやすぅ~
弥吉お帰り~ご苦労様だねっ。

豊島屋さんがわざわざ掛けを払いに来てくれたって、
酒粕をたんと下さいましたの。

まぁそれじゃ粕鍋でも作ってみようね。

旦那様、八つぁんいらっしゃいまし。

弥吉は紺の胸当て前垂れでぺこりと辞儀をする。
八も嬉しそうにそんな弥吉を眺める。

子供たちもみんな身の振りかたがきまったのかしら。
仙太郎も気がかりなように言った。

さすがの中也さんだよねぇ。
暮れで鳶の方も神社飾りやら餅つきと忙しいのに、
組の親方に許しを貰って飛び回ってくれてる。

中也も男気だわね~

それでも、小さいかよちゃんと年嵩さの平太郎って子が、まだ決まらないらしいのよ。

かよちゃんは女だから縫い物仕事でも手に付けばって、あたしも思うんだけどね。

明日でも髪結いに行くから、
おとよさんに頼んでみようかと・・
女ばかり集まる髪結いなら何かあるかとね。

そこに籠よしの広太が籠かき頭とやってきた。
おうっ仙公、はやい口開けだなぁ。
幼馴染みの気安さで仙太郎に呼びかけた。

あらっ広つぁんも稼ぎ時に早いじゃないのぉ。

まったく掛け取り回りもしけてるぜっ。
年明けの節季までまってくれとかよっ。

煮やっこか、あら煮でもあったらおくれぃ、
熱いのと、でっけいぐい飲みにしてな。

広つぁんは小さい時から餓鬼大将でね~
苛められたこともあったけどさ、
駕籠よしをあにさんと盛りたてて、
看板広げて立派よね~

えへっ、
悪餓鬼くれぇが駕籠屋には似合ってるってもんだ。
広太もごつい大柄を揺すって笑う。

あらっそうだわ、広つぁんのとこなら、
世間の波風受けて育った若い衆も多いんじゃなにかしら。

そりゃなぁ、籠かきになるなんて奴は、
血の気も多いし前はくれえような育ちや色々よ。

今だって日取りの給金にしたら次の日はでてこねぇ。
博打か岡場所にいって家にも帰らねぇ、
女房が泣きつきにきたりと苦労するのさぁ。

だからうちは家族持ちは、
半月払いにしてやってるんだ。

だがよっ、
大店のお得意やお武家方にまで呼ばれて、
籠よしなら間違いねぇと言われるにゃ、
何より人足が大事だぁな。

はしっこく気はしが利いて力があるような人足を、
育てるってのも元締め仕事のきもよっ。

そうよね~
奉公人の良し悪しは雇い主の器量よね~
仙太郎は愛想よく相槌をうちながら、

ねぇ、向こうっ気が強い十四位の男の子を
育ててみちゃくれないかねぇ~

広つぁんの気風のいいとこ見習って、
男っぷりの良い若い衆になると思うのよ~
仙太郎の商い口はさすが呉服屋の旦那である。

ふうむ、広太は腕組みして考える。

あのねっ菊川町の家事で焼け出されて、
親兄弟も失くしちまった子供なのよ~

弥吉のもとの長屋仲間の子でね、
お救い小屋から養い親にいって、
酷くされて逃げ出しちまったんだけどね。

何とかしてやろうってさ、
凛ちゃんも中也もここいらの衆の、
なさけと知恵集めて、
池之端の町筋の心意気をみせようってのよ。
人肌抜いておくれでないかいね~

籠よしの旦那、あたしからもお願いします。
お願いしますぅ、平ちゃんは良い奴なんでやす。

広太もちょっと困ったように頭をみた。
籠かき頭は色の黒い無口な男で、
四十も越えてるが肩だけは盛り上がっていた。

ぐい呑みを置くと低い声で、うちは容赦ねぇぜっ。
籠は担ぐに二三年はかかろうよっ、

それまで掃除足すすぎ草鞋揃えとこきつかわれる、
それでいいんなら籠物置に住まわして、
置いてやってもいいんじゃねぇですかぃ。
辛抱できるかどうか判らねぇがねっ。

まぁ嬉しい事言ってくださるね~
さすが頭よね~広つぁんの右腕ってもんよぉ。

ひとつあたしに奢らせて頂戴なぁ~
仙太郎も手を合わせるように喜んだ。

八も弥吉も顔を見合わせてほっとしたように笑ってる。

池之端の梅香亭の夕暮れは、
冷たい風の中でもどこかふうわりと、

初春の気配が匂うのであった・・・


<弥吉の章・完>


何かとせわしい寒い年の暮れですが、
こんな情話もまた温もりと思って書いてみました。
長い話を読んで下さってありがとう御座いましたm(u_u)m