手のひらの物語  陽だまり


 作次が生まれたのは、深川菊川町の中長屋。冬のはじめで、生まれてすぐに高熱を発して辛うじて一命は取りとめたもの、作次の成長はまだるこしいものになった。
長屋の他の子が走り回る年頃にも、よちよちと歩き、言葉も拙く遅い。何を言っても、えへっえへっと笑う。

 父親は柴辰工房の大工で、稼ぎもよければ、母親のおさとも、とと屋という小間物問屋に通いの下働き。長屋住まいながらも暮らし向きはゆとりあって、幼い作次は姉の千里と一緒に寺子屋にも通わせてもらったが。悪童達から、ぐづのろまと随分と苛められたものだった。

 千里は勝気な娘で、作次は何時も姉の小さな背中に大きな図体を隠し、長屋のいじめっ子に千里が反撃するのをおどおどと眺める。
千里は、縫い物も寺子屋の読み書きも手上手で、長屋内からも可愛がられる、色白でくりくりした双眸の愛嬌のある娘だった。

 けれどある底冷えの冬の午後、父親が寺社の修復の足場から落ちて亡くなると暮らしは一変。おさとの働きだけでは菜を買うので精一杯で。
千里は、差配の世話で太物屋の相模屋に住み込み奉公に出て、作次も風呂屋の釜炊きの仕事をもらって働きに出る。千里十六、作次は十三の年だった。

 作次にとって、千里のいない母親と二人暮らしは何とも淋しく。母のおさとは働きに出ると夜も遅くに戻り、時には酒の匂いも漂っている。

 それでも、日の出湯の釜炊き仕事に作次は励んだ。薪を割ってはきちんと裏庭の壁沿いに積み上げる。作次はその仕事がすっかりと気に入ったのだ。
 日の出湯の裏庭は二間四方の狭さでもそこは作次の場所で、材木置き場から材木を運んできては割り台の上に立てて、鉈ですっぱりとくべやすいように割ると、白い壁沿いに下から崩れぬように丁寧に積み上げていく。

 その三角のきちんとが作次にはひどく楽しく、隙間の無いようにみっちりと積み上げるのだ。そうして於けば、風呂釜にいくらでも薪をくべられる。その炎を眺めながら、作次は湯にゆったりと浸かる人を思う。
 職人もお武家もお店の小僧も、一日の疲れをほぐし温(ぬく)まって一日の煩わしさを湯に溶かす。それを想うと作次は嬉しい。自分の炊く炎が色んな人を温めているんだと。

 朝早く、陽が昇る頃に裏庭にやってきて、ひたすら薪を割る。下女のお民が、火入れしておくれっと言いに来れば、釜の灰を掻き出して薪をくべる。

 お民は日の出湯では一番年若の下働きで、押し上村の百姓の娘だった。作次のもたついた話し方をからかいながらも仕事振りには安心して、帳場や主(あるじ)にも良く働いてくれると伝えてくれる。

 穂口の藁に火打石で火を付け、その上に薄い木屑を乗せて炎がめらりと膨らんで温かい色を見せると、細い薪から差し込んでいく。

 その頃に彦爺さんがやって来る。彦助は作次の師匠で釜炊きを仕込んでくれた。年で腰も痛めて薪も割れぬようになり日の出湯は作次を雇ったが。若い時から馴れ親しんだ釜が心配で、日に一度は覗きにやって来る。時には掻き出した灰を麻袋に詰めたりと作次をすけてくれる。

 姉の千里も、時々作次の様子を見にやってくる。住み込み女中にとっては、お使いの合間を盗んで走ってくるのだろう。そんな時は、片隅の丸太に並んで腰を降ろして、互いの仕事や長屋の様子などを話すのが、作次にとっては何よりの喜びだった。

 作ちゃんみごとだねぇ。薪がこんなにきっちり揃って積んであってさ。これなら中の人達も熱い湯にたっぷり入れるねぇ。

 うん、お、おいらぁそれを思うとえらく嬉しいの。

 作ちゃんの仕事はとっても人様の役にたってるのだね。ねえちゃんもすごく嬉しいよぉ。

 朝に薪を割って積み上げると、首に掛けた手拭で汗を拭って、今日あたり姉ちゃんこねかなぁ。陽だまりで一息つくと、作次はさっぱりといい気分なのだ。

 時には、八われ猫のとんびがやってくる。黒い耳がとんびのつばさのようにぴんと尖っているから作次がそう名づけた。とんびは陽だまりをみつけると作次の横で気落ちよさげに蹲る。

 作ちゃん、ちょいと火を上げておくれなっ、とお民がやってくる。あーいっ、作次は待ってましたと薪をくべ足す。それが作次の日々の全てで、作次はそれを滅法気に入っていたのだ。

 おいらは幸せもんだぁなぁ。

 ところが、小雪がちらつく初冬の日、夜になっても母親のおさとが通いの小間物屋から戻らなかった。作次は心配で長屋外の木戸まで見に行ったが。木戸番の爺さんも木戸を閉めながら、どうしたんだろかなぁ、腹が空いたろうと蒸かした芋を手渡してくれた。

それでも翌朝には、残り芋を包んで懐に入れ日の出湯にでかけたが。主に呼ばれて奥座敷の廊下に座ると。

 おさとが、小間物屋に仕入れに来る荷担ぎの男と逃げたと聞かされた。日の出湯の主は甚三郎といって、元は十手持ちで北町のお手先も努めていた老人だった。

 長火鉢の前に甚三郎が座っている。お女将さんも孫を膝に横に座っている、お民も心配そうに廊下の陰から覗いていた。

 茶碗から茶を啜ると一息ついて、勘三郎が口を切った。
 おさとさんも、まだ女盛りだからなぁ仕方がねえが。けれど、とと屋が銭箱の小銭をかっさらっていったと届け出たからにゃ、おめぇや千里ちゃんにも類が及ぶってえことだ。

 一両に満たねぇ銭でも盗みは盗みだぁ。五両盗めば打ち首の御法だからなぁ。作次、おめえ朱印地外に親類がいるんなら一旦そこへ行くがいいや。千里ちゃんも奉公先にや居られねぇだろうし。
甚三郎は、諭すようにゆっくりと言った。

 お、おいらぁ、嫌だ。おいらぁ、薪を割りてぇ。きちんと積むのが仕事だ。あったけぇ火おこして、みんな湯に入るのがいいんだ。

 思わずお民がそっと袖を目に当てた。お女将さんも孫をあやしながら、痛ましいように作次を見つめて言う。

 作次、おまえは良く働いておくれだ。息子夫婦に任せていても、あたしも内の人も目はちゃんと配ってるんだよ。湯屋は湯がうりもんだからね、火加減が命だ。おまえに居なくなられると、湯屋もどんなにか難儀だ。

 でも、駆け落ちだけならともかく銭金を盗んだと為ると、その責めはお前達にもいくのだよ。内の人が言うように一旦江戸外に出て、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくればいい。行方は知らないとしておくからね。戻ったらまた何とか相談にも乗ろうさ。十手預かってたもんが盗人の銭を立て替えるってわけにゃいかないのさ。

 それでも作次は首をぶんぶん振って、岩のように身体をこわばらせていた。お民も口も挟めず袖口を噛んで俯むいた。

 その翌朝も、作次は長屋を出て何時ものように日の出湯に行った。
 おいらぁ、ここから離れたくぁねぇ。ねえちゃんどうしたらいい、ねえちゃん。

 歯を食いしばって薪を割りながら、作次は心の中で叫んでいた。そこへお民が裏庭に顔を出すと。

 作ちゃん、今聞いたよ。おまえの姉さんがな、盗まれた銭を返すんで、水茶屋に奉公換えすっからお前をここに置いてくれって頼みにきたと。

 わぁ、ねえちゃんがぁ。やっぱり助けに来てくれたんだなぁ。
作次は無邪気に大口を開いて嬉しそうに笑った。

 ばかぁ、前金背負って水茶屋に出たら、どうなっか判らねぇに。おめぇをここに置きたくて、姉さん覚悟したんじゃねえか。わからねえのか。

 お民は地団太踏むように身を揉んで言った。
そこに千里が、風呂敷包みを抱いて裏木戸からそっと入ってきた。

 ねえちゃん、ねぇちゃん、おいら此処にいられるんだねえ。

 千里はにこにこと寄って来ると、作次の肩に手を置いた。

 そうともさぁ、作ちゃんの大事なお仕事場だもんね。しばらくは顔をみせに来れないけれど、旦那様や日の出湯のみなさんに可愛がってもらえるように、気張ってお働きねっ。

 長屋は侘しいし店賃もあるから、明日からでも日の出湯に住み込みにして頂いたからね。
日の出湯の旦那さんが、とと屋さんに話をつけて銭さえ返せばお咎めないようにはからってくれた。

 ねえちゃんも働いて、晴れてまた一緒に暮せるように、踏ん張るから作ちゃん待っていてね。
千里は笑いながらもその目を潤ませた。

 作次は働ける喜びで、こくこく頷いて笑った。お民は俯いて、作次が鈍い子でよかったのかも知れないと思う。こんなに働く事を喜ぶ作次と、それを守ろうとする千里の想いが胸を浸して思わず泪ぐむ。

 千里さん、あたしがきっと作ちゃんの面倒をみるからね。きっとに早くに、早く帰ってきて下さいな。
 きっぱりと言ったものの、気恥ずかしくてまた俯いた。千里も嬉しそうに、お民さんありがとうね、と微笑む。

 猫のとんびが陽だまりにのそのそと現れて、にゃぁと鳴く。小さな湯屋の裏庭に、陽射しが優しく差し込む午後だった・・



手のひらの物語 九助話 夕立


 九助が、束ねた薪を竈横に運び店の内外を雑巾で拭き上げて、軒下に赤提灯を吊るしてると。西の空が急に渦巻いて、ピカと雲間が光るとゴロゴロと雷鳴が鳴り轟いた。

 おいおいっ、月の晦日に夕立かぃ、雷神様も意地が悪いぜ。独りごちながら店に入ると。ばらりと落ちてきた雨粒が、夕暮れの風に煽られるように広がった。

 南掘割下水の向こう岸を尻端折りで走っていく男やら。裏の長屋の女房達が、あめだよぉ、あめだぁと叫ぶ声があがり、あわただしく人も声も行き交う。

 首に掛けた手拭を取ると、九助は店の樽椅子に腰をかけ、腰の古ぼけた煙草入れを抜き出して、ゆっくり一服つけた。これで少しは蒸した暑さも柔らぐかぃ、止むまで待とう不如帰だぁな。

 夜の遅くには荷船の船頭が。葛西や品川に荷を運び終わり、帰りに一杯やりに寄るかもしれない。
まぁそれまで、仕込める味噌漬けの魚や豆の鞘(さや)取りやら,ゆっくりと仕事をやっつけるかと思った。

 どおぉんと音がして、びりびりとあたりが震え。どこかに雷神様が降り立ったなぁと、九助が店の油障子を開くと。激しい本降りの雨煙の中から、悲鳴を上げて一人の女が飛び込んできた。

見ると四十は越えるかどうか、鶴小紋の銀鼠の縮緬だ。大店のお内儀風の女が、店の飯机の下に蹲っている。

 でぇじょうぶですよ、おかみさん。向こう裏の、お不動さんの榎あたりに落ちやしたよ。少ぉし時を稼いでお帰りなせぇな。

九助は笑って女に手を差し伸べて立ち上がらせると、樽椅子を勧め厨房に回って、鉄瓶の湯で番茶を淹れた。

 お恥ずかしい。どうも、すみませんねぇ。あたしゃ雷が大の苦手で、もう怖ろしくて足がすくんぢまうんですの。
女はまだ怖ろしそうに障子の陰から空をみやった。

 雷神様の機嫌が悪いだけでやんしょ。近頃は、何でも派手はいけねぇと松平さまのお達しで。芝居はいけねぇ派手な簪はいけねぇと、締め上げてやすからね。雷神様もたまには派手にやりたいんでしょうやっ、茶でも飲んでる間に夕立も過ぎやしょう。

 九助は大振りの湯飲みに湯気を立てる番茶を淹れて、自分も飯台の端に腰を掛けた。

 ありがとうございます。申しおくれましたが、私は川向うの両国端に店を構える、油問屋伊豆屋のおさんと申します。

 ほう、伊豆屋さんといえば大店でござんすねぇ。

 いえ、表見(おもてみ)はそう伺えるかも知れませんが。五年前に主の利兵衛がみまかりまして。看板を張り続けるのは、それは人に言えない苦労もございます。

 ほうっ知りやせんでしたが、ご苦労はいかばかりかと思うでやすよ。こんな萎びた店一軒でもやりくりはあるもんで。
九助は微笑んで、自分も湯飲みから茶を啜った。

 それで、お店はお女将さんが切り盛りしなすってるんですかぃ。

 跡取りは一人息子の利吉がおりまして。

 そりゃ何よりでやんすね。

 それが・・
言い淀むと、おさんはふっと息を吐いた。

 みつくろって小鉢でもおくんなさいな。久しくゆっくり茶も飲んでなかったし。雷さんが過ぎるまでごやっかいかけます。

 実は・・昨年、嫁を同業の奈良屋さんから迎えましてね。
 おさんは濡れた肩口を手拭で拭うと深く吐息をついた。

 益々、お店安泰というわけでやすねぇ。

 あたしも、元締めの佐野屋さんの口利きで、いい縁だと思って添わせましたが。この嫁が油屋の娘とも思えぬ物しらずで。菜種油と魚油の区別もつかない娘なんですの。

 それじゃ店に出せないと奥に回せば、煮物ひとつも作れないんですの。昼間っから息子にしなだれかかるありさまで、店の内にも恥ずかしいやら腹がたつやら。

 溜まったものを吐き出すように、おさんは一気に話した。

 九助は、酒粕に漬けた瓜と漬物を小鉢で出すと、煙草盆を小机の上から運んで煙草を煙管(きせる)に詰めた。

 お女将さんはさぞ苦労して、油のことも奥向きも、踏ん張ってこられたんでしょうねぇ。

 あたしは、貧乏長屋に生まれましたの。
手習いに通うにも、おっかさんが夜なべして、縫い物をして通わせてくれたんです。おとっつぁんは働き者の桶職人でしたが、あたしが物心ついたた頃は、病でろくに働けなかったから。

 それで、姉とあたしは近所のお使いやら頼まれごとをやっては、小銭を稼ぎ、弟二人も蜆取りやら貸し本屋の届け本を運んだりと、働きました。十六になってすぐ、あたしが水茶屋に働きに出て、そこで主の利兵衛に見初められて所帯を持ちました。

 年は離れていても利兵衛は優しい主で、あたしも油の種類も一生懸命習い覚え、利兵衛を助けて働きぬきましたの。

 ご身内もそりゃ喜ばれたでしょうや。

 おとっつぁんはなくなってしまいましたが、姉も弟達も、主のおかげで其々に落ち着き、おっかさんも年の初めに、下の弟の所に引き取られて小田原に隠居できました。

 ほうほう目出てえ事で、お女将さんも安気でやすね。

 それなのに・・
嫁は商も奥向き仕事も好きじゃないと、毎日、縁日やら芝居小屋に出かけては、きゃぁきゃぁと騒ぎ立て、息子が茶を飲みに奥に来ても昼間っから甘い声をだすんです。とうとう嫁に、里に帰れと言ってやったんですの。もう一度親からきっちり躾けてもらえってねっ。

 そりゃお嫁さまの親御さんも、さぞびっくりでやんしょうねぇ。

 当たり前ですわ、甘やかして躾もせずに育てて、琴や書は学ばせましたなんて、よくのうのうと言えますもの。

 商人の娘なら、商人に嫁がせて恥じないように、お武家ならお武家のお内儀にふさわしいよう躾けるのが親の勤めですわ。のんしゃらと姫御前では商家の嫁は勤まりゃしやせん。

 ところが、息子の利吉が三日前から行方知らずになって、あたしは寿命の縮まる思いで、町の鳶やら町役人、ついには定町のお役人にまで願って捜したんですの。

 ほむ、見つかりなすったのかぃ。

 昨晩、鳶の頭が来て言うには、嫁の実家の離れに嫁といるっていうじゃありませんか。

 奈良屋さんも奈良屋さんなら、息子もだらしが無い、なんて情けないと悔しくってくやしくて。
 
 さっき奈良屋さんに怒鳴り込んでやりましたの。そしたら、若い夫婦がお気に要らぬなら、奈良屋で引き受けましょうって。あちら様より伊豆屋は大店ですのにずうずうしいったら。

 おさんは悔しそうに箸を噛んだ。雨が油障子を打つ音がばらばらと弾ける。

 それで息子さん夫婦を諦めなさるんですかぃ。

 そんな・・利吉は伊豆屋の跡取りですもの。

 お女将さん。
九助は煙を長く吐いてぽつりと言った。

苦労はした方がいいんでしょうかねぇ。
確かにした苦労の分だけ、いい暮らしや商いをまっとうできるのぁ、運が良かったんでやしょうがね。

 自分の苦労を息子や嫁にさせようってのぁ、あっしは違うように思いやすよっ。苦労自慢なんて、所詮自分に言い聞かせるもんで。人におっつけていいもんじゃねぇ。

 お女将さんは、えれぇお人だよっ。苦労して一生懸命にやってこられたでやしょうや。それでもね・・
若い夫婦に同じような辛い思いをしろ、はねぇでしょうや。

 そうやって、後家の頑張りでお店を張っているのは、何の為かってことでやすよ。
伊豆屋を立派に残して継がせていく為でやしょう。
若い夫婦をね、もう少し寛い心で受け止めてあげてくだせぇよっ。

 それが、お女将さんの老後の安気でもありやすよ。昔は出来なかった好きな事をおやんなせぇ。書画でも俳諧でもいいや。琴三味線でもかまやしません。

息子夫婦で、もしも店が立ち行かねぇ時は、お女将さんの知恵の出番だなぁ。隠居ってのぁいいもんでやす。隠居して、渡す身代があるって事でやんすよ。

 おさんは、すこし項垂れて九助の言葉を聞いていた。その肩はいきり立ってるようだったのが、気の抜けたように落ちている。

 そう長い行く末でないことは、おさんも解っている。物分りの良い隠居として息子夫婦と仲良く暮らし、可愛い孫が産まれれば、孫に甘い老婆となって過ごすのは、おさんも思い描いていたのに。

 苛立つのは、自分の苦労を褒めてもらいたい、どんなに辛抱して今を築いたか見て欲しい。あたしを認めておくれってことなんだ・・

 おさんは、我に帰ったように顔を上げて九助を見た。

 お前様、ありがとうございます。何だか憑き物が落ちてしまったような気が致します。主がみまかってより、あたしを諌める人もなしで、ちょいと苦労自慢がすぎたようです。

 命より大事と育てた息子に、あたしは要らぬ焼餅をやいた。生まれ付いてのお嬢である嫁を妬ましく思った。なんてことだろ・・人の思い上がりとは怖ろしいもんですわ。

 おやっ、夕立はいっちまったようでやすよっ。

 外は静かで障子を少し開くと、夕暮れの雲は重いながら、雨はあがって、穏やかな夕べの風が優しく店に滑り込む。

 おさんは小机に代金を置くと、ほんに夕立のなせること、静かな宵ですねぇ。
お前様ありがとうございました。明日は、もう一度奈良屋さんに伺って、頭を下げて息子夫婦に帰ってもらえるよう御願いしましょ。

 へぇっ、そうなさいまし。お女将さんのご苦労が実を結ぶといいでやすよっ。

 おさんは微笑んで、開いた油障子から夕立の過ぎた南割り下水の道に出た。

 あたしは、長いことゆっくり漬物で茶も飲まずに、夕立の後の匂いも味合わなかった。人とも話をしたのやら。

 お気をつけてお女将さん。

 九助はおさんの後姿に声を掛けながら、苦労というのは人を活かし人を殺す、やっかいなもんだなぁと思った。

 ご苦労無しとは、おいらの事だぁ。苦労って思ったことは何一つねぇからねっ。
九助は夕暮れの路地で腰を伸ばすと、思わずにやりと笑った。




手のひらの物語・金襴(きんらん)

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 昼下がりの八つ時、江戸深川は氷雨が立ち込めて、お蝶は、白い幕のような冷たい滴りの中を蛇の目の中に身をすぼめて歩いていった。

 小さな小間物商いの三沢屋は、小僧一人の小商いで、天気の良い日には、お蝶も担ぎ売りにでるような店。
亭主の才介は、口喧しい吝嗇な男で、小僧も良く変った。それでも、堅い商いで暮していけるのは幸いとお蝶は思っている。

 雨で荷担ぎ仕事も無く、馬喰町に安価な紅問屋が出来たと聞き及んで、様子をみに出かけたのだ。菊川橋を下駄を鳴らして渡っていると、いきなり向うから来た男とぶつかった。

 あ、ごめんなさいよっ。お蝶は傘の陰から詫びた。

 すまねぇ、すっかり濡れちまったんで、どっかの店に飛び込もうと急いでいたんだ、ごめんよっ。

 お蝶は顔を出して男を見る。
唐残の棒縞袷を片端折り(かたはしょり)に、雪駄の素足も雨に濡れている。

 あれっ、お前さまは。

男も不審気にお蝶を見つめた。
 お、おめぇっ。

 お蝶ですよ、辰吉さんだよね、辰つぁんだね。
 お蝶、おちょうかぁ。懐かしぃぜぇ。

 お江戸は広いのに、ばったりとはなんとも嬉しいねぇ。
 まったくだぁ、すっかり色っぽい姐さんになったじゃねぇか。あのぴぃぴぃ泣いてたお蝶がよぉ。

 いやだよ、辰つぁんこそ、粋な若衆におなりだね。昔っから威勢はよかったけどねぇ。

 へっ、威勢だけでからっきしだがまあ何とかな。

 まぁまぁ、傘にお入りなっ。
 おう、その辺で蕎麦でも手繰ろうか。
 あいよっ、川端に信濃屋があるから、そこへね。



 ここはね、真田蕎麦がおいしいのさ。
 そうかぃ、それと熱いの一本やろうぜ。

 二人は蕎麦屋の小机に向かい合って、しげしげと見詰め合った。

 長屋のおみつちゃんは下谷の水茶屋にいるのよ。六ちゃんは上方に出て呉服屋の商い覚えてね、今じゃ芝で古着商いしてるんだよ。

 ほほう、新吉はどうしてる。

 新ちゃんはね・・池田屋に奉公に行ったけど、流行り病で死んじまった。

 でも、ご浪人の真崎さまの大吾ちゃんは、御養子に出てね、黒田様下屋敷のご用人勤めなのよ。聖天長屋とびっきりのご出世だねぇ。

 ふうむ、それでおまえぇはどうなんでぇ。

 あたしっ、あたしは。
茶屋つとめが長かったけど、小間物問屋に嫁いでね、使用人も二十といるから、ご苦労無しに暮させて貰ってるの。

 そりゃたいしたもんだぁ。いっ時は岡場所に売られそうになったおめぇが、ご新造さまとは嬉しいやなぁ。
 辰つぁんは何してるんだい。

 おいらかぃ、お、おれぁ。
番隋院の親方のとこで、陸棒担ぎを仕切ってるんでぇ。

 まぁ、そりゃいいねぇ。あそこはお大名筋の籠かきだもの、そこらの町駕篭とは格が違うってものさぁ。

 二人は長屋の想い出をあれこれ語りながら、熱燗を注ぎあい蕎麦をたぐった。

 貧乏長屋の子供達はそれぞれに、楽な育ちはしていない。かっぱらいや置き引きさえみんなでやって、団子一本が何よりの豪勢さで、それさえも分け合ったものだ。

 ぼろな肩継ぎを笑われて、お蝶が泣いていると、
辰吉が顔を真っ赤にして飛んできては、悪童達を追っ払ってくれた。

 お蝶、おいらがえらくなったら、おめぇに金襴の着物買ってやる。だから泣くなっ。

 ほんとうかぃ、お蝶も金襴の着物を思って、涙の筋を袖で拭って笑ったものだった。

 辰吉が父親に薪でぶったたかれて家を飛び出していったのは、お蝶が十で、辰吉が十二の時だった。

 すきっ腹に耐えかねて、饅頭を盗んで捕まった。辰吉は殴られながらも、泪をみせずに歯を食いしばって耐えながら、叫んだ。

 へっつ、餓鬼に飯もろくに喰わせねぇで、酒ばかり飲んでいやがって、殴る威勢はあるってんだな。好きで貧乏長屋に生まれたんじゃねぇやっ。

 お蝶とおみつが泣きながら父親の腕にぶら下がり、おじさん止めて辰ちゃんが死んぢまうよ。辰ちゃんは新ちゃんが腹がすいたって泣くからやったんだよぉ。

 必死に止めたが、よけいに煽り立てられて、父親は辰吉が気を失うまで殴り続けた。

 そして辰吉はいなくなった。

 今思えばね、親も辛かったんだろねぇ。どこの親も、まっとうに働いても子に充分食わせられない。やるせないから酒に逃げたり、女房子にもあたるのさ。

 へっつ、自分もそうやって育ったからって、餓鬼を殴ってうさばらしするなぁ親じゃねぇよ。

 おいらぁ、お前が岡場所に売られるって佐助に聞いた。あん時は腹が煮えてにえて、金を掻き集めて佐助に頼んだ。

 そうだったわ。家を出るあたしの所に佐助が走ってきて、おとっつぁんに金の包みを投げつけたんだんだった。

 お蝶売ったら生かしちゃおかねぇって、親分がそういってるよっ。ねえちゃん売ったらおとっつぁん殺されちまうよっ。って、そう叫んだんだっけ。

 どこの親分かしらねえが、お蝶はてめぇの子だぁ、生かすも殺すもおいら次第よっ、目腐れ金で恩を売うったってそうはいかねぇやっ。

 そう言っても、おとっつぁんも娘を売りたかなかったんだろうね。その金で塩屋の借りを払ってしのいでさ、あたしも茶屋つとめに出れたんだ。

 あれは辰つぁんのお金だったんだねぇ。知らなかった・・借りができちまったね。
お蝶は思わず袖口で目の縁をぬぐった。

 いいってことよぉ。
お、おいらも金に困っちゃいねぇし、昔のことだぁ。

辰吉は額を手でつるりと撫で、白い歯を見せて笑った。

 辰つぁんがどこかで見ていてくれると、あたしも働きぬいたよ、佐吉はおとっつぁんが亡くなると、家を飛び出てしまったしね。

 そうかぃ、おいらもお蝶に金襴きせてえと、危ない橋も怖くなかっぜっ。夢中でやってきたもんだ。

 何時か、辰つぁんが迎えに来てくれると、聖天長屋も出やしなかったのさ。訪ねてくれれば・・

 どこかですれ違って、別の道をいくってやつさ。

 それも縁ってもんなんだろかね。無事でいてくれろと願っていてもね。
 それで、辰つぁんにはどこでまた会えるのかぃ。

辰吉は下を向いて手酌で酒を注いだ。

 ・・いや、会わねぇほうがいいのさっ。
おめぇは無事に大店のお内儀だぁ。おいらは荒くれの中で日がなを送ってる。幼馴染みが達者でこの江戸で生きてる。それだけで、おいらぁ嬉しいのさ。

 そうだね。もう、毎日一緒に走り回ってる時は過ぎちまったんだねぇ。

 氷雨は冷たく降り止むようすもなかった。勘定を済ますと二人は蕎麦屋の軒下で並んでそれを見つめた。

 辰つぁん傘を持っていってな、あたしゃその先に取引先があるから傘も借りられるんだ。

 そうかぃ、おめぇの傘だ有難く受けようぜっ。
それじゃ達者でなっ、また会うことがあったらな。

 あいよっ、金襴の着物だよっ辰つぁん。
お蝶は淋しく微笑んだ。

 辰吉は、おうよっ帯もつけてやるぜっ。
そう威勢良く言うと、傘を開いて白い幕を切り裂くように、道へ飛び出していく。


 辰つぁん。嘘ついてごめんよ。

小間物屋の女房は、櫛笄(くしこうがい)はいい物を身につける。それも商いの知恵でもあったが。
良かった、みすぼらしくない姿で。お蝶は辰吉が見えなくなるまでその痩せた背中を見つめつづける。

 ばっきやろう。
博打の金に追われてるおいらが、おめぇに金襴なんぞ買えやしねぇや。それでも、それでもよっ。たまにゃ、夢でも言いてぇのさ。お蝶、堅気で達者にすごしてくれぃ。命があったらまた会える。逃げて逃げて、逃げ切ってみせるさっ。

 辰吉は、傘の柄の温もりをしっかりと握り締めながら、冷たい雨の中を走っていった。


ロスアンジェルス92にみる

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ナシジオで92年のロスアンジェルス暴動のドキュメンタリーを観たの。
 死者53人、負傷者2000人以上。放火3600件、崩壊した建物1100件。被害総額10億ドル、逮捕者約1万人にものぼった事件の背景。逮捕者の42%が黒人、44%がヒスパニック系、9%の白人で。現在の米政権への警鐘にもなっている。  

 その背景としてね。ロサンゼルスに潜在的にあった人種間の緊張。黒人の高い失業率、市警察による黒人への恒常的な圧力、韓国人店主の黒人蔑視、そういう差別に対する重層的な怒りがサウスセントラル地区の黒人社会にはあったの。

 そこにロドニー・キング事件と呼ばれる、黒人運転手のスピード違反容疑に20人の警察官が無抵抗の運転手を殴り蹴り殺した映像がネットに流れる。
 そのLA市警警官に対して陪審員裁判で無罪評決が降りた。陪審員は全員白人で白人地域の裁判所で扱われたこと。  

 その僅か13日後にラターシャ・ハーリンズ射殺事件が起きる。
 15歳の黒人少女が韓国人店主の店でオレンジジュースを買おうと小銭を握りしめ訪れる。万引きを疑われたのか口論揉み合いの後、ジュースを買わず店を出て行こうとした少女を店主が背後から銃で頭を撃ちぬいた。この店主への判決が異例に軽い保護観察であったことに黒人社会の怒りが一気に噴出したの。

 91年、ラッパーのアイス・キューブはアルバム“Death Certificate”のなかに収録された“BLACK KOREA”という曲に黒人に敬意を払え でなきゃお前の店をカリカリになるまで黒焦げにしてやるぶっ殺す。という歌詞もみられるのはこの事件のこと。

 韓国人店主の多くはベトナム戦争の帰還兵で。ベトナム戦争に参加の韓国人帰還兵に米国政府が移住許可を与え70年代に韓国系移民が4倍になった。彼らは競合相手の少ない黒人街で商売を始め、従業員には黒人でなくヒスパニックを雇ったのね。  

 黒人牧師が正義と秩序無しに平和は望めない。民主主義の国アメリカは是を許すのか、って演説は理があると思えるんだけど。暴動は一旦起きると歯止めがきかなくなる。  

 暴動地区を通りがかった白人のトラック運転手が引きずりだされ、顎と足を砕かれ眼球を潰されるという惨酷が起きる。みかねた黒人が助け出す様子も映像にあるんだけど。  メキシカンは通せ、白人と韓国と日本はダメだ殺せって、黒人若者の言葉にどきっとする。

 略奪された店の黒人店主が泣きながら、こんなの間違ってる。おれもゲットー出身だ。一日中働いて店をやっと持ったのに。こんなの黒人パワーなんかじゃない。オマエらは白人よりマシだと言えるのかって叫ぶ。

 韓国人店主のばあさんも、ここはアメリカだ、戦場じゃない。こんなの不公平だ、なんで黙ってみてるのと近所の人に訴える。

 黒人のおじさんも、黒人差別に異議をとデモに出たがこれは酷すぎる。同じ街に暮らしているのに。これじゃ正義でもブラックパワーでもないと。

  警察官も、手を出すな銃は禁止と命令され石や卵をぶつけられて。湾岸戦争のがまだましだった街を守ろうとしてるのにと涙ぐむ。若い州兵も、自分の国でこんな任務に付くなんて信じられない気持だと嘆く。

 ついには州兵と4000人を超える連邦軍(陸軍、海兵隊)までが投入され、さらには司法省がFBIによる事件の再調査を決めて収束していった。
民族対立や人種対立を煽ることがどれ程危ういかと、つくづく思うのね。

 平気で韓国チョウセン殺せのようなヘイトデモがあり、政治家ともあろうものが戦争へ向うような対立を煽る。年寄りが悪い、貧乏人が悪い、女が悪い、オマエが悪い。そこに正義の旗を振り回すけれど。敵はそこにいるのかね。  

 先日「ノー・マンズ・ランド」ってボスニア紛争の戦争映画を観ても。停戦交渉中に中間地点に取り残された3人の兵士。昨日まで村人で同じ言語を話しながら、セルビアが戦争をしかけた、いやボスニアだと争う。何のために誰のために闘っているのかと重く心に残る作品だった。


 
 わずかな慰めは、ロス暴動後に平和デモがあって人種問わず大通りを行進する人々。黒人もラテンも白人も韓国人も手を取り合って歩む。

 挑発や煽りに乗らないでいる冷静さを、知性を、情愛や信頼を失う事の怖ろしさを改めて感じたのでした。

遠い国のできごと

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 ちょっと悲観的ないいようだが。この21世紀になっても人類は愚かだなぁと嘆くようなことは絶えない。繁栄や発展が永遠に続くことは無いだろうからそれも時の必然なのかもしれないけれど。ここ10年で淡水生物の81%の種が失われ海水生物は34%消失たとかのデータもみたりする。

 日本の中だけ眺めていても、東日本災害も放射能被害も過ぎたことのような世間で。メディアでは相撲とか金メダル数と、テロリストだスパイだとかの話がバラエティとして昼のTVで消費されてる。人々の関心ってグローバル化に係わらずほぼ身の回りの出来事で、まして生活の苦しい日々ではそれも仕方がないよね。

 研究者でも知識人でもないから呟きとして眺めてね。長いからスルーでも。ナシジオのモーガンフリードマンの番組で、ケニアの北に女性だけの村があるという話を観て。

 こないだツイッターでも「女だけの街があったら住みたいなぁ」と女性が呟いたのが炎上して、女性専用車両バッシングまで女叩きで荒れてたけど。なぜそういう呟きがでてきたのか、なぜ女性専用車両ができたのかはどっかに吹っ飛んで。やれ女がぁとか日本出て行けとかになるのか、さっぱり判らない。

 それで、ケニア北の
ウモジャUmoja)」(スワヒリ語で"結束"の意味)って村がサンブル国立公園の端っこにある。サンブル族の地域では、女性の権利は全く認められていず。一夫多妻で女性はレイプ、虐待、重労働と家畜同様の扱いで。
 ついに逃げ出したレベッカさんって女性が家を作り、そこに逃げた女性達が集って集落を作ってから25年。今は国立公園の端で観光用ビーズとかで女の村を支えているのね。

 当然、部族の男達の襲撃に度々あい家を焼かれたり殺されたり連れ戻されたりと悲惨な事件があっても、ちっぽけな村の話は報道もされず軍も警察も無視するだけでなく襲撃に加担さえする。

 諦めず村を再建、独自のビーズの装飾品などが売れていき、少しづつネットにあがりジャーナリストも入ってきて。やがて学校を建設し男女問わず近隣の子供達に教えている。
 男性は泊まる事はできないが女性をを尊重する人は誰でも訪問できるそうな。私は、男も女も同性愛の人も互いを尊重して親愛ある関係をきづければいいと思っているけど。避難的措置として、一時的な施設や案はあってしかるべきかと思うのね。


サンブ
ルのビーズは綺麗

 自分は、アフリカはガーナとウガンダ滞在の経験しかなく、ガーナは保健省のHIVセミナーで訪れたので一面しかみられなかったけど。西サハラ問題を追っている女性通訳さんや、国連の少年兵の救済活動の女性とか多くの未知の話を聞いたの。

 案内のアタケの父親は元部族長で当時は日干し煉瓦の工房を兄弟でやっていて。英国植民地のガーナの歴史も聞く事ができた。小部族間のこぜりあいは古くからあったようだけど、そこに英国や国が介入して一気に格差が広がったと。英国としては、部族間の争いを解決して英語教育もほどこしてやったんだと言うだろうけどね。

 そんなことを呟いたら、フォロワーさんで現地滞在の経験のあるAXさんからメッセを頂いた。エチオピアのオロミア州ボラナに滞在なさって。ボラナ族はエチオピア側とケニア側に分かれて住んでいてサンブルとも近い。
 近隣部族が衝突した時にも、ボラナが国道を封鎖したのに対して、ブルジの金持ちがナイロビからAK-47とかを空輸して。今や衝突は伝統的な部族衝突ではなく政治的・経済的なものになってるとか。

 ケニアとの国境でソマリ州とも接するモヤレを中心に、2012年の夏に衝突が起こって200人以上の死者が出たそうで。ソマリ州側は武器を給付されているとか。連邦政府(少数民族のティグライ主導)はオロミアとソマリを戦わせることで延命を図っている。今はオロミアがゼネスト状態にあるとかの貴重な話を教えて頂く。

 そんな地域でもガダ・システムって8年交代の部族制度もあって、井戸エラというのがボラナに200以上あり。その所有者は17あるクランの共同管理。牛は乾季も3日に一度水をのませないと死んでしまうから、それぞれの井戸には日替りで3人の管理人アバ・ヘレガが、水を飲む順番を決めたり、補修の指示を出したりする。

 管理人に従う限りは誰でも水を飲むことができるので、ケニアからトラックで牛を運んで来ることもあるそうで。その日に一番遠くから来た牛は一番水を必要としているからと最初に飲む権利を与えられる。そういう住民の主体的共存は素晴らしいと思うよね。

 アフリカで遊牧民のフイールドワークをなさっている湖中氏の記事を教えて頂いたので読んでみた。特定の国名地域は影響を怖れて伏せたフイールドノートですが。

 アフリカの僻地で紛争が起こる。英国で開かれた遊牧民研究者の国際会議でも、誰も取上げないような地域の出来事。567人の死者など問題にならない。

 その首謀者は攻撃側の民族集団出身の国会議員だった。この議員は、選挙のために隣の民族を襲撃し、その土地を奪い支持者に配分する公約を掲げたのね。焼き討ちが行われ、この選挙公約のおかげで彼は当選した。そして当選後、公約実現のために、隣国の紛争地からAK-47を中心とする500丁のアサルトライフルを密輸して、更に紛争を扇動した。

 「牧畜民の伝統的な家畜略奪」とか「民族衝突」とかの偏見や先入観は、地域住民は好戦的で無知な遊牧民。というレッテルを貼りつけ、この国会議員が紛争の原因だという事を隠す。紛争を扇動する議員にとっては都合の良い隠れ蓑だ。

 現地では、金さえ積めば警察や軍は弾薬や銃から制服に至るまで何でも買える。ある集落では自営の為、弾薬の半分を警察から買っていた。虐殺事件が起きてから、警察と軍が「武装解除」に来て。村人は無抵抗であったにもかかわらず、住民1人が殺害され11人が負傷し、6人の少女が性的暴行の被害にあい。銃は1丁も没収されなかった。平和には、警察や軍による武装解除が一番有効という考えは、少なくともここでは通用しないと。

 そんな情況で、襲撃を受けた後被害側の民族はほとんど避難し彼らの土地は無人の地となる。ある国際NGOは、国内避難民の数を22,000人と推計したそうだ。

 国家は彼らを守ってはくれないどころか攻撃側に荷担する。しかし、彼らは一致団結して10箇所に防衛のための巨大集落を建設して戻ってきた。巨大集落は、国内避難民キャンプであると同時に、「前線」だ。しかし、その巨大集落も連日連夜襲撃されて人々は壊滅寸前の危機に。

 その中で一箇所だけ、難攻不落の集落があった。この集落には、戦死者はいたが設立以来一度も家畜を略奪されていない。他の集落は、伝統的な氏族ごとにつくられ各地に点在していが、この巨大集落は氏族を全く問わずに、ただ一箇所に人々が集結してできた集落。

 警察も軍も守ってはくれない生存の危機に、人々は伝統のしがらみを捨てて、一致団結して立ち上がったのね。集落では、輪番制で、誰もが平等に夜警や放牧の労働を負担し、直接民主主義に基づいて何度も議論が繰り返されたと云う。

 この集落は、「槍を持って闘う遊牧民の戦士」という伝統的なイメージを覆した。集落には退役軍人4人がいて、彼らが司令官となり近代的軍事訓練を行い。なけなしの金を集めて警察から不正にバズーカ砲も手に入れた。

  集落の周囲に32箇所の塹壕を掘り、携帯電話を無線機代わりに使用し小隊を連携させる戦術。最も重要な戦術は、この集落では一切報復攻撃を行わなかった。それは道徳的理由ではなく。防衛戦術に徹した方が戦術上有利だと判断したからで。

 紛争が終結した理由のひとつは、この戦闘で、攻撃側が「難攻不落の集落」の抵抗力を思い知ったからで。平和をもたらしたのは、美談ではなく圧倒的軍事力だったのだね。その後、虐殺事件が報道されるようになり、治安大臣もついに議員を拘束。

 和平会議でつるしあげられた国会議員は、なぜ紛争を扇動したのかと尋ねられ、こう答えた。「票が欲しかったから」。和平会議で、この紛争被害についてはすべて免責にすることが決められ、この議員も免責になったそうだが。

 さて、紛争終結後に国内外の開発援助団体が、矢継ぎ早に、平和構築と復興支援のプロジェクトを実施し。例えば、USAID(米国国際開発庁)は、「ピース・キャラバン」を実施して。両民族の代表者を乗せた車が各地を巡回して、平和の意義を啓蒙する演説を行うとかだ。

 でも、考えてみればおかしな話で。もともと両民族の地域住民は平和に共存していた。紛争をもたらしたのは国会議員なのだから、地域住民に平和の意義を啓蒙するのはほとんど無意味である。

 和平会議は繰り返し開催されたが、地域住民に発言の機会が与えられることはほとんどなく、いつも政治家と役人が演説をするだけ。
 ところが2009年10月に開催された和平会議で、政治家と役人が何かの都合で演説を切り上げ早々に帰ってしまい。そこで、ようやく地域住民同士が話し合う時間ができた。そこで提案されたのが、携帯電話による民族間連絡網だ。

 個別の事件でも、それが全面的な紛争を企てる攻撃だと誤解されて、紛争が再発する危険性がある。そこで、両民族の間で携帯電話の番号を交換し、民族間連絡網を創り上げることで平和を構築するって新たな試みなのね。

  2011年から2013年までの約2年半の間に、17件の紛争に携帯電話による民族間連絡網が活用され、10件では紛争解決に重要な役割を果たす。
 これまで殺し合っていたふたつの民族の人々が、携帯電話で情報を交換しながら、一緒に協力して犯人を追跡し、家畜を捜索に行ったのは驚くべきことだと。それが絶望の中の僅かな希望であっても。と湖中さんも述べている。

 今のネットでも煽り屋さんがいるからね。国際経済学者の肩書きの田中瑠麗さんが、TVバラエティで北のテロリストが大量に潜んでいて大阪がヤバイかの発言で炎上してたけど。こういう言説をバカなこと言う国際学者さんだねと笑えないのは。はねっかえりが赤報隊につづけとか、散弾銃を購入しようとか、そうだ在日はスパイだとか騒ぎ出すからよね。

 関東大震災の時の流言が生んだ悲惨、ルワンダ虐殺がラジオ放送のデマから起こった事実を知っていればね。遠い国の小さい部族の虐殺事件も係わり無いとも言えないのだよね。
いまや虐殺など、日本人は一切するはずがないと言い切る人もいるけど;

 過去や現実を直視して、少しでも戦争の危険を回避しょうとするのは、あたり前のようだけど。片側で戦争や紛争を、権益のために望む人々もいるから。煽ることって舐めてはいけないのよね。
 

 引用させていただいた湖中氏、AXさん。誤謬がありましたら申し訳ありません。ご指摘あれば訂正いたします。ありがとうございました。



こだわりってやっかい

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 人其々なんらかのこわだりってあるもんで。こだわりを辞書的に調べるとあまり良い意味には使われない事が判る。自由に考える事ができないとか、気にしないでもいいことにこだわる。済んだ事に拘るとかね。

 コピーライターの川上氏が、今の世間はこだわりの氾濫で、こだわりの店からこだわりの葬儀から情報誌などこだわりだらけだが。ほとんど中味がない。こだわりバカが多すぎるとバッサリしている。言葉は時代によって意味さえも変わるものだから、やばいってネガティブな言葉がスゴイって意味になったりね。

 旨い店の選び方に「こだわりの料理」「旬の食材」「伝統の技」とかの言葉を看板にしてないことを基準にしているフード評論家もいるらしい。

 この話と自分のこだわりは直接関係ないんだけど。自分がこだわることを改めて眺めつつ。言葉や服装まで自分のこだわりはあって。それは好みとか価値観にも近い認識かな。びらびらした服は安価でも貰っても決して着ないとか、ツイで個人に侮蔑的言葉を使わないとか。自己境界っていうかね。

 TVのアナウンサーの言葉や報道の誘導言葉、政権擁護のネトサポの日本語など気にしてるとキリがないしね。

 あれれ、ほんとは英国ミステリーと時代背景から英国を知るって記事を、ポアロ全七十作品を観たから書こうと思っていたのに。まぁ誰も読まないテーマだろう(笑)

 もう一つは情とイデオロギーについてなんだけど。これももう少し整理が必要かな。ツイで絡んでくる人がブログにまで嫌がらせコメしてくるんだけど。人に絡んでるヒマがあるなら。自分の意見は自分で書けとしか言いようがないね。あたしゃ生きるのに忙しいのじゃ。

海は豊穣といえど

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 四海を海に囲まれている日本では、豊かな水と同様に海のありがたさが実感されていないんだろうか。水に流してしまえば放射能もプラスチックゴミも、薄まって溶けて無くなるわけじゃないよね。

 日本の報道では全く見なかったんだけど。中国沖のタンカー衝突炎上による原油流出が深刻な情況だと海外メディアとネットでみて。

 アメリカの石油流出対策の専門家リチャード・スタイナー氏が「1週間にわたり爆発・炎上が続いた船体の損傷で、貨物倉や燃料油貯蔵タンクは無傷で残っているものはない。従ってコンデンセート(超軽質原油)と燃料のすべてが流出したと思われる」と海洋流出したコンデンセートの量としては史上最悪と指摘しているけど。

 ネットで屋久島の南西、宝島からの話だと、海岸に溢れた原油を消防団や島の人が処理しているそうだけど。コンセラートは無色か淡黄色で大変毒性が強いとか。



 ネットで騒がれて海保も乗り出すとだが。自衛隊の災害対策とかはどうなっているんだろうか。相撲協会の選挙や大麻所持逮捕は大々的にニュースの流れているけれどね。

 現地の方もあの美しい海でもう泳げない、魚も取れなくなると嘆いていたけど。自分も魚料理は好きだけど。未だに三陸魚や海産物になかなか手が出ない。これが鹿児島沖に及んだらと思うと・・

 水道水を外資に売るとか、海の汚染にも無関心な政府対応には不安は拭えないよ。エンゲル係数の檄高に、それは庶民の暮らしが良くなったからだって屁理屈も、よく言うなぁと思うが。

 人はなかなか身に起きなければ学ばないとは云え、海の無い国、水道水の飲めない国もある。沖縄の基地もそうだけど、私達が受けている水の恵や海の豊穣に余りに無関心じゃないかね。

雪降れば

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 今年の寒さは日本だけではないようだけど。温暖化と小氷河期のはじまりとも言われて。火山や地震の天変地異の不安も拭いようがないね。

 我が家も年末ぎりぎりに灯油が切れ、電話が通じない灯油屋の爺さんに何かあったかと心配したが、無事届いて一安心。こんな寒い冬に生活保護の暖房手当て3000円削るような政策ってオニの所業だよなぁと思ったね。野良猫も外につながれて凍死した老犬も、ホームレスの方々も痛ましい。

 それにしても。韓国人は皆殺しとか朝日の社員はコロセとか、殺人教唆みたいなプラカやデモが堂々と往来を練り歩く国が、どう美しいのかね。



 反面、2年前からスタンディングを続けている若い人もいるようで。



 籠池氏の教育方針や、やり方を支持はしないけれど。だからと言って、口止め拘留とか見せしめ拘留など民主国家とも言えないよね。沖縄で有刺鉄線をペンチで切ったと長期拘留された山城さんが、未決拘留の惨酷さを書かれていたけど。国連人権委員会から度々勧告されわけだよね。

 日本には差別なんか無いよ、って言い切る若い人のツイッターを眺めて。ため息をつく。

 今年は、明治維新150年で祝賀イベントとかあるらしいが。深谷さんも以前記事に書かれていて「賊軍の昭和史」の半藤氏のこの記事も読んだけど。このキナ臭い政府キャンペーン、莫大な広告費もうんざりするね。

<明治維新150周年なにがめでたい>
hptt://toyokeizai.net/articles/-/205960?page=3
 
 ネットでも家事とかそんなもん誰でも出来る。とうそぶく男の人は相変わらず多いけど。どんな仕事でも丁寧にやることには努力と工夫がいるよね。そういう誠実さってどんな行いにも求められるんじゃねえかと。自分もさんざん、外国語が解かれば通訳なんて誰でもできるとか。その場所知ってればガイドができるでしょって言われたけどね。

 頭と心働かせて、スキルを身につけようとする人としない人の差かなぁ。ツイッター文だって同じだよね。以外に短文で表現するのは難しいね。

どっこい生きてる

テーマ:

 長くご無沙汰して。生きているかぁーとご心配のメッセを頂いたり年賀状を頂いたりなのに、不義利しております。

 年末から目と血管の手術をするかで大病院と町医者のいったりきたりがあって。要するにそっちでやってくれで本人は困惑なのね。手術しても改善は多く認められないでしょうってことらしい。

 離れていくものは日々に疎しで、集中して文章を綴ることが面倒になる。桜沢さんがめんどくさい病が万病の元とも仰ってたけど。気を病むのが病気ってことよね。それでも最低限の家事をこなしつつ合間にツイッターでぼやいています。なんで目もおぼつかないのにネットやるかってぼんやり考えたんだけど。

 今やデモや独りスタンディングにも外にも行けず、社会のありさまは日々むごくなっているようで。どこかで意思を表明していかないと、と思うからね。

 今日もネットで若い人の特攻隊賛美やコインチェックの若い事業者の発信や、英語サイトの編集長やらのツイッターを眺めて。役立たずはいらないから生活保護に金使うなとか、特攻隊は愛国の英霊とか、こういう若い人のオレ様至上主義の認識の狭さにちょっと暗然としてしまって。

 まぁ政権そものが、知性も想像力もクソだみたいな、恥知らずでないと政治家にあらずみたいな姿勢だからね。

 映画は毎晩3-4本は観てるけど、段々字幕が辛くなって哀しい。そういう発言の若い人は、無駄な時間だと本も映画もみないのかね。若い時に金稼いで成功者と憧れる若い人も多いんだろうけどね。効率と金が全てなのかぃ。投資と回収で世の中なりたっているわけでも無いさ。

 相変わらず総理は世界漫遊して福島みづほ氏が指摘している54兆ばら撒いて、いえ重複支援があるから2兆8千億ですって・・この方に税金の財布持たせて外に出さないでほしいよね。

 というわけで、取りあえずどっこい生きてるのご報告まで。今年はぼちぼちツイッターでのぼやきもこちらに載せていこうと思っていますが。

正義のゆくへ

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 あんたって青ッ臭い正義感にいつまでもこだわってんのねぇ、って友達に上目遣いに言われたことがある。正義感ねぇ・・なんだろ正義感って。マーベル映画のヒーロー物ほどに判りやすくないよね。

 辞書をひけば、倫理や合理性、法律や宗教、公正にもとづく道徳的な正しさの概念とか。
 人間の社会的関係で実現されるべき究極的な価値。善が主として人間の個人的態度の道徳的な価値であるのに対して,正義は人間の対他的関係とか、らしいが目に見えない曖昧なもんだからねぇ。

 例えば戦争に於いての正義ってなんだろうとか。米北みたいにオレが正義だって威嚇しあってるけど、戦争に正義なんてあるんだろうか。ちょっと難民キャンプでも覗いてきたらいいのに。日本の副総理もね。

 戦争したい人達って、わしら戦争したいもんねとは言わないよね。向うがあーだから懲らしめてやらないと、他に方法も道もないからしゃーないやろって。その他の選択は見ないし見せないんだよね。庶民を狭い所に家畜を追い込むようにね。戦場が屠殺場だってことは決して口にしない。けれどそうなのか。歩こうと思えば道はいくらもあるものだよね。

 正義のゆくえって映画もあったけど。法的正義ですら時に正義とは思えない事も多々ある。レイプ事件だって特別審議会で起訴不相当になったんだけど。民間審議会のメンバーも不明で、なぜ不起訴かも説明されないってヘンでしょ。逮捕状は相応の証拠に基づいて裁判官が出したんで、それが急遽取り消された理由も明らかにされないってさ。

 なにやら朝からどんぐりころころの歌みたいに、小池にはまってさぁ大変♪みたいなTVばかりで。最近の政治家は、何もいい結果を出さなくてもOKという気楽な商いなんだろうかね。あんまり政治のこと言ってると凍結くらうらしいが。

 自分は、なにより「コンセプトは実に簡単で、過剰を廃してのんびりいこうぜということ。ほどほどという言葉の本質にあるのは、冷徹とユーモアである。ほどほどという言葉には自省と自制という厳しい観念が包蔵されていて日本古来の諦観に通じる実に奥深いキーワードである」という会長代理の主旨に共感する、ほどほど学会員なんで。

 正義と公正だぁーとか拳を振り上げたりはしないけど。希望と野望をまぜこぜにして政権を狙おうなどと下品なことも考えないのだ。落語とか浮世絵など眺めてへらへらしていたいものよね。タランティーノの映画で撃たれた男が、あと何日晴れた日を過ごせるかと数えるみたいなね。


いつも大田美術館はいい企画だすねー。