「治療抵抗性統合失調症」として「クロザピン」を勧められる人が多い。つい先日もそんな話が耳に入った。(しかも、投薬を受け入れなければ、もう診ないという条件付きのことがほとんどである。)

 では、クロザピン(商品名クロザリル・ノバルティスファーマ株式会社)とはいったいどんな薬なのか。今日はそのあたりを考えてみたい。

 

 数年前にこんな記事を書いているので、こちらも参考にしてください。

 クロザピン(治療抵抗性統合失調症治療薬)の現状 | 精神医療の真実  フリーライターかこのブログ (ameblo.jp)

 

 そもそも「難治性(治療抵抗性)統合失調症」とは何のか。

クロザリルの添付文書によると、

「2種類以上の十分量の抗精神病薬(クロルプロマジン換算600mg/日以上で、1種類以上の非定型抗精神病薬(リスペリドン、ペロスピロン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾール等)を含む)を十分な期間(4週間以上)投与しても反応がみられなかった)患者」のことを指すようだ。

 そうした「治療抵抗」の統合失調症に対して唯一適応が承認されているのがクロザピンなのだが、そもそも、この薬、新薬でもなければ、特効薬というわけでもない。

 

 

 クロザピンが初めて合成されたのは1958年。薬として誕生したのが1969年。日本では1968年に臨床試験が開始され、1973年に承認申請された。ところが1975年にフィンランドで8例の死亡例を含む16例の無顆粒球症の報告があり、主要国で開発・販売が中断され、日本でも申請取り上げとなった。復活したのは1990年(アメリカとイギリスで承認された)、日本では2009年に承認されている。(注・クロザリル患者モニタリングサービス(Clozaril Patient Monitoring Service:CPMS))に登録された医師・薬剤師のいる登録医療機関・薬局において、登録患者に対して、血液検査等のCPMSに定められた基準がすべて満たされた場合にのみ行うこと、という条件付き)。

 

 そして肝心の効果のほどはというと、添付文書によれば、改善率40.9%、100%、67.4%という数字があがっている。以下参考までに添付文書を引用しておくが、この数字、何とも微妙な数字である。

国内後期第Ⅱ相試験

治療抵抗性統合失調症(他の抗精神病薬に反応性不良又は耐容性不良)患者30例を対象に、本剤の26週間投与、非対照、非盲検試験を実施した。その結果、BPRS(Brief Psychiatric Rating Scale)合計スコアは、反応性不良例(22例)では投与前62.6±8.73(平均値±標準偏差、以下同様)、最終評価時52.0±10.40(変化量は-10.6±9.43)、耐容性不良例(8例)では投与前61.0±7.60、最終評価時37.0±11.34(変化量は-24.0±7.95)であった。また、改善率(BPRS合計スコアが20%以上減少した例を改善例と定義)は反応性不良例で40.9%(9/22例)、耐容性不良例で100%(8/8例)であった2) 。

副作用発現頻度は、本剤群で100%(30/30例)であった。主な副作用は、流涎過多53.3%(16/30例)、ALT増加43.3%(13/30例)、傾眠43.3%(13/30例)であった。

国内第Ⅲ相試験

治療抵抗性統合失調症(他の非定型抗精神病薬に反応性不良)患者43例を対象に、本剤の24週間投与、非対照、非盲検試験を実施した。その結果、BPRS合計スコアは、投与前64.4±10.90(平均値±標準偏差、以下同様)、最終評価時47.2±15.47(変化量は-17.2±13.78)であった。また、改善率(BPRS合計スコアが20%以上減少した例を改善例と定義)は67.4%(29/43例)であった8) 。

副作用発現頻度は、本剤群で97.7%(42/43例)であった。主な副作用は、傾眠74.4%(32/43例)、流涎過多41.9%(18/43例)、便秘34.9%(15/43例)であった。

 

 また、国府台病院における次のような研究もある。以下概要を示す。

 

 2012年10月末までに、国府台病院では治療抵抗性統合失調症55例に対してクロザピンを導入した。全症例に導入前日で前治療薬(抗精神病薬)を中止し、クロザピンを単剤で投与した。(中略) クロザピンを一カ月以上継続したのは51例(93%)である。そのうちの18例(35%)で、クロザピン開始1カ月後にBPRS総点が20%以上改善した。改善例の平均投与量は176㎎/日であった。

クロザピン開始時と比較し、1カ月後、3か月後、6カ月後、12カ月後にBPRS総点の平均値は有意に減少していた。

クロザピンを12カ月以上継続した33例のうち、BPRS(簡易精神症状評価尺度)総点が20%以上改善した症例は27例(82%)である。BPRS総点が初めて20%以上改善したのは、クロザピン開始1カ月後が12例(44%)、3か月後が8例(30%)、6カ月後が5例(19%)、12カ月後が2例(7%)であった。クロザピンの治療効果の有無を決めるには、少なくとも6カ月間、できれば12カ月間はクロザピンを投与継続してみる必要があると考えられた。(後略)

 

 この研究でわかるのは、効果が大きく出るのは、投与1カ月後であるということ。それは一部には、それまで大量に投与されていた抗精神病薬を中止したことによる恩恵もあるのではないか。つまり、クロザピン単剤になったという恩恵だ。

 

また、国立精神・神経医療研究センターでは、こんな研究も行っている。 

治療抵抗性統合失調症の診断により治療抵抗性統合失調症薬クロザピンの処方率が向上

 

以下概要を示す。

統合失調症患者は本邦に約80万人程度であり、治療抵抗性統合失調症はそのうち約30%の患者に認められるといわれています。治療抵抗性統合失調症は、4週間以上にわたり、2種類以上の十分な用量の抗精神病薬を服用しても十分に改善しない統合失調症と定義されています。現在、治療抵抗性統合失調症に唯一適応があるのがクロザピンであり、統合失調症薬物治療ガイドラインにおいてもクロザピン治療は強く推奨されています。

そこで、厚生労働省は治療抵抗性統合失調症患者の25%にクロザピン治療を行うようにするという目標を立てています。しかし、本邦におけるクロザピンの処方件数は2020年に10,110件の処方と非常に低く、諸外国の1/10未満と極めて低い処方率となっています。その理由の一つとして、クロザピンには約1%の患者に無顆粒球症という重篤な副作用があるために安全に処方するための規制が、諸外国と比較して非常に厳しいということがあげられていました。そこで、令和3年6月3日に添付文書が改訂され諸外国並みの規制になりましたが、クロザピンの処方率の低さに関連する要因については明らかでなく、クロザピン治療の普及のためには、この要因を明らかにすることが求められていました。しかし、クロザピンの普及を進めるために必要なクロザピンの処方率と治療抵抗性統合失調症の診断率のばらつきの実態や、その関連についての検討は今まで報告がありませんでした。

 

 日本では、医療施設によって治療抵抗性統合失調症の診断率にばらつきがあり、診断率の高い施設ではクロザピンの処方率が高いことが明らかとなりました。治療抵抗性統合失調症の適切な治療のためには、治療抵抗性統合失調症であるかどうかを適切に診断し、患者やその家族に治療抵抗性統合失調症であることを説明すると同時に、クロザピン治療を説明することが重要です。患者と治療者が治療に関する情報を双方に共有し話し合い、患者の好みや価値観に沿った最適な選択を共に行うSDM(Shared Decision Making: 共同意思決定)のために、治療抵抗性統合失調症であるかどうかを適切に診断することが求められます。今後は、その診断と説明方法について臨床家が適切なトレーニングを受けることで、クロザピンの普及が進み、治療抵抗性統合失調症で苦しむ患者や家族が減少していくものと考えられます。

 

 

 日本には80万人の統合失調症(と診断された)患者がおり、その30%が治療抵抗性統合失調症であり、厚生労働省はその25%の患者(つまり6万人の患者・・・現在の約6倍の患者数)にクロザピンを処方させるのを目標として掲げているということだ。

 厚生労働省という国の組織が、クロザピン投与を数字を挙げて奨励しているのである。(一体何のため、そこまでやるのだろう。)

 しかし、文中にも触れられているが、「治療抵抗性統合失調症であるかどうかを適切に診断する」ことがどれほど難しいことか。

 「本当に統合失調症だったのか?」(診断は正しかったのか?)、正しい診断の上での、「本当に治療抵抗性統合失調症なのか」という根本的な問題を解決するのは、この文章がさらっと流しているほど容易なことではない。(そもそもの問題はここにある)。

 最初の統合失調症という診断が間違っていたから、通常の抗精神病薬による治療で改善が見られなかったのではないだろうか。つまり誤診のうえの投薬ゆえ、効果がない。

 それを、治療抵抗性統合失調症としてさらに副作用の強いクロザピンへと導いてしまうことがどれほど患者にとってリスキーなことか、処方率をあげることに尽力するより、もっと議論されるべき課題である。

 治療抵抗性統合失調症は、過感受精神病である可能性もあり(ということは、それまで抗精神病薬を大量に使い過ぎた結果の状態、つまり医原病ということだ)、それをその人のもともとの病気ででもあるかのように「治療抵抗性」と断定してクロザピン治療を行う、しかも、それを厚生労働省が推奨している……。精神医療のさらなる荒廃が進むことにならないか。

 

 添付文書には、「クロザピンの詳細な作用機序は不明」とある。

 不明だが、治療抵抗性統合失調症の治療薬である、という、この曖昧さが精神医療の現状をよく物語っている。が、飲む患者は、文字通り命がけなのだ。 

 

重篤な副作用には次のものがある。

血球障害(好中球減少症、無顆粒球症、白血球減少症)

心筋炎、心筋症、心膜炎、心嚢液貯留

高血糖、糖尿病性ケトアシドーシス、糖尿病性昏睡

悪性症候群

てんかん発作、痙攣、ミオクローヌス発作

起立性低血圧、失神

循環虚脱、肺塞栓症、深部静脈血栓症、

劇症肝炎、肝炎、胆汁鬱滞性黄疸

腸閉塞、麻痺性イレウス

 

さらに――

傾眠、悪心・嘔吐、流涎過多(唾液が出すぎる)、便秘、頻脈(胴性頻脈など)、振戦、体重増加、糖尿病や高脂血症の誘発など。また、約7割の患者が強迫性症状や強迫性障害を呈し、非定型抗精神病薬が原因と示唆されている。特にクロザピンとの関連が強く、治療期間は統合失調症の持続期間に関係なく、強迫性症状の重症度と相関している。

 

医師からクロザピンの服用を勧められた場合、この情報が少しでも役に立てばと思います。