先日、ある家族会の方とお話する機会を得た。

 現在、48歳の息子さん、8年間ひきこもり(家庭内暴力等があり警察の世話になること数回)、その後精神医療につながって、統合失調症としての治療を受けている。現在も入院退院を繰り返し、病状は安定しない。

 そうした家族事情を抱えながらの家族会活動のなかで、最近特に感じるのが「医師にクロザピンを勧められる人が非常に多い」という。

 もちろんその方も以前、勧められた。クロザピンの前には電気けいれん療法を勧められたが断ったところ、クロザピンという言葉が医師の口から出たという。

 クロザピンに関しては、なかなかはっきりした数字がなく、また、一度飲み始めてしまったら、その後減薬(断薬)を考えたとき、どのように薬を減らしていくのか、そういった情報もまったくない、実態が知りたいと言っていた。

 

 クロザピンについては、製造販売元のノバルティスファーマのホームページに「治療抵抗性統合失調症患者に対するClozapineの安全性と有効性を検討する24週間、多施設共同、オープン試験(第Ⅲ相試験:1301試験)」

https://drs-net.novartis.co.jp/dr/products/product/clozaril/clinical/02/

が公開されている。(治験結果であり、これをもとに2009年、クロザピンは日本での承認を得た。詳細はこのページを見てください)

 

 じつは、クロザピンについては昨年(2018年)817日に、次のような記事がケアネットに掲載されている。

 

 日本におけるクロザピン使用の安全性分析

https://www.carenet.com/news/general/carenet/46524

CNS薬理研究所の稲田 健氏らは、日本の統合失調症患者におけるクロザピン使用とそれに伴う副作用について調査を行った。Journal of Clinical Psychopharmacology20188月号の報告。

 

 20097月~20161月に、クロザリル患者モニタリングサービスに登録されたデータを分析した。クロザリル患者モニタリングサービスは、2009年に日本に導入され、クロザピンの処方を受けたすべての日本人患者を登録している。

 

 主な結果は以下のとおり。

 

・対象患者数は、3,780例であった。

・治療中止率は、23.9%(869例)であった。

・平均投与期間は234.9±306.9日(中央値:115日)、平均投与量は186.41±151.6mg/日であった。

・治療継続率は、1年後で78.2%、2年後で72.9%であった。

・好中球減少症/白血球減少症の発生率は、5.4%(206例)であった。

・投与中止前の平均投与量は、233.36±168.15mg(中央値:200mg、範囲:4600mg)であった。

・耐糖能異常の発生率は、15.4%(583例)であった。

・耐糖能異常が発生した患者は、クロザピン投与前後で98例(2.67%)、クロザピン投与後で485例(12.8%)であった。

・投与開始から耐糖能異常が発生するまでの平均期間は、382.2±420.2日(中央値:216日、範囲:42,053日)であった。

 

 著者らは「本研究で得られたデータ(とくにクロザピン誘発性の有害事象の発生データ)は、日本人の治療抵抗性統合失調症患者における、最適かつ安全なクロザピン使用を可能とするだろう」としている。

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 ここに出てくるCNS薬理研究所というのは、精神科の薬物療法の研究や治験を行う機関である。http://www.cns-yakuri.com/institute/institute.html

 稲田健氏といえば、東京女子医大でベンゾの減薬についても論文を書いている医師(残念だが、その減薬のスピードは速すぎます)で、その医師が今回は治療抵抗性統合失調症の薬とされるクロザピン(クロザリル)について研究を発表した。

 気になるのは、治療中止率が869例(23.9%)あったことだ。つまり4人に1人は脱落しているということになる。

 また、ここに発表されているものは、「クロザピンの効果」ではなく、「クロザピンの副作用」についてである。したがって、結論としては、「日本人の治療抵抗性統合失調症患者における、最適かつ安全なクロザピン使用を可能とするだろう」というかなり消極的なものになった。

 意地の悪い見方をすれば、「効果はないけれど、安全です」と言っているのと同じこと。

 ともかくクロザピン(クロザリル)といえば、「クロザリル適正使用委員会」が設置され、使用する医療従事者、医療機関、保険薬局はすべて登録制という、管理の厳しい薬剤なのだ。

 一番、重篤な副作用は「好中球減少症/白血球減少症」であり、2009年から2016年のあいだに206例(5.4%)発生していることがわかる(その後その患者はどうなったのだろう?)。

 また、耐糖能異常についても調査しているのは、血糖異常の副作用を心配してのことだが、それが15.4%。

 こうした数字を多いと見るか、少ないと見るのか?

 この研究では「少ない」と見て、「最適かつ安全なクロザピン使用を可能とするだろう」という結論を導き出しているのだが、では、薬の効果はどうなのか? その数字はここでは示されていない。

 

 しかし、同じケアネットニュースに次のようなことが記事がある。(201634日)

 https://www.carenet.com/news/general/carenet/41563

ドイツ・ミュンヘン工科大学のMyrto T Samara氏らは、ネットワークメタ解析により、治療抵抗性統合失調症に使用可能な抗精神病薬によるすべての無作為化試験を統合し分析した。JAMA psychiatry20163月号の報告。

中略

主な結果は以下のとおり。(注・読みやすいようにここでは細かい数字を省略、詳細はネット記事をあってください)。

40の無作為化比較試験、5,172例(男性:71.5%、平均年齢[SD]:38.8歳[3.7歳])が分析に含まれた。

・全アウトカムにおいて、有意な差は少なかった。

・主要評価項目では、オランザピンはクエチアピン、ハロペリドール、sertindole(セルチンドール・非定型抗精神病薬)よりもより有効であった。

クロザピンはハロペリドール、sertindoleよりもより有効であった。

リスペリドンはsertindoleよもより有効であった。

・オランザピン、クロザピン、リスペリドンの優位性のパターンは、他の有効性評価項目でも認められたが、結果は一貫せず、効果サイズは通常よりも小さかった。

・また、クロザピン、ハロペリドール、オランザピン、リスペリドン以外の抗精神病薬が有用であるとしたRCTは比較的少なかった。

・最も驚くべき発見は、クロザピンがほとんどの他の薬剤よりも有意に良好ではないことであった。

 

結果を踏まえ、著者らは「抗精神病薬は治療抵抗性統合失調症患者に対し、より効果的だとするエビデンスは不十分であった。そして、非盲検とは対照的に盲検無作為化比較試験の有効性の研究結果では、他の第2世代抗精神病薬と比較しクロザピンの優位性を示す研究は少なかった」とし、「最近のエビデンスを変更するため、今後は高用量や、非常に難治性の統合失調症患者におけるクロザピン研究が最も有望であると考えられる」とまとめている。

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 クロザピンが治療抵抗性統合失調症に有効であるとする研究は少ない、といっている。さらに、抗精神病薬はどれも治療抵抗性統合失調症に効果的であるというエビデンスはないと。

 それはそうだろ。治療抵抗性統合失調症は多くが抗精神病薬の大量処方によって作られた「医原病」(過感受性精神病)であるから、さらなる抗精神病薬の投与で改善するとは思えない。

 しかし、この研究では恐ろしい提案をしている。つまり、クロザピンの効果が立証できないのは、「用量が少ないから」(もっと高用量で試すべき)としているのだ。

 事実、家族会の方も医師から「現在のクロザピンの使用量ではなく、もっと高用量を使えば効果がある」という説明を受けたと言っていた。

 

 ともかく、クロザピンの現状は上記の通りである。

 クロザピン推進論者は、クロザピンを推奨するバッチなどをつけていると聞いたことがある。難治性(治療抵抗性)統合失調症など医療が作り出した病であり、さらなる侵襲的医療を医療者が提案している。

 家族会の方は、もちろん薬物療法を否定しているわけではない。それどころか、医師を信じ、薬を信じている。それでもなお、クロザピンに対して二の足を踏むのはなぜなのか。

 これまでの治療における精神医療への不信感が心の底に隠れているからではないか、ふとそんなことを考えた。

 

参考 治療抵抗性統合失調症とは?<耐容性不良の基準>

 リスペリドン、ペロスピロン、オランザピン、クエチアピン、アリピプラゾール等の非定型抗精神病薬のうち、2種類以上による単剤治療を試みたが、十分な治療効果が得られなかった患者。

 

 クロザピンの添付文書

 http://www.info.pmda.go.jp/go/pack/1179049F1021_1_18/?view=frame&style=SGML&lang=ja