先日、井上眼科病院の若倉雅登医師にお話をうかがう機会を得た。若倉医師といえば、眼瞼けいれん患者のおよそ3分の1の患者が、薬物が原因で発症しているとして、「ベンゾジアゼピン眼症」を提唱している医師である。

 最近若倉医師が出した本――『心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因』(集英社新書)がある。

 

 

 この本の中で、若倉医師が2018年に発表した研究結果が掲載されているので、一部を紹介する。

 1年間で眼瞼けいれんと診断された初診患者約1100人についての調査であり、発症前に服薬していた薬物を調べている。その中で、1位から8位までをベンゾジアゼピン系薬物が占めているのだ(チエノジアゼピン系や非ベンゾといわれるZ薬も、薬理作用は脳のGABA受容体に作用するという点でベンゾ系と同等)。

 以下、順位は・・・

1位 エチゾラム(デパスなど)112

2位 ゾルピデム(マイスリーなど)84

3位 ブロチゾラム(レンドルミンなど)83

4位 フルニトラゼパム(サイレース、ロヒプノールなど)46

5位 アルプラゾラム(ソラナックス、コンスタンなど)43

6位 トリアゾラム(ハルシオンなど)37

7位 ロラゼパム(ワイパックスなど)33

8位 ロフラゼプ酸(メイラックスなど)32

 

 もちろんこれは眼瞼けいれんになりやすい薬の順位ではなく、その薬剤を服用していた患者数なので、処方が多い薬剤ほど上位にくると考えられる。

 

 こうしたベンゾを処方する機会の多い精神科領域でこの眼瞼けいれんのことを知っている医師は多くない。したがって、ベンゾを処方しつつ、患者が目の症状を訴えたとしても、ベンゾが原因であるという認識を持つことはほとんどなく、副作用としてPMDA等に報告されることもほぼないと思われる。

 つまり、眼瞼けいれんは医療の隙間からこぼれ落ちてしまっている症状なのだ。

 若倉医師もこう嘆いていた。

「日本の場合、ベンゾの使用量は他国に比べて格段に多いわけです。しかし、患者が『眩しい』『目が開けられない』などと訴えても、自分が処方した薬に原因があると気づかない医師がほとんどです。サングラスをかけ、つばの広い帽子をかぶってようやく外出できる。ひどい人になると1日中暗い部屋の中で過ごさざるを得ない状態になっている。気の毒という言葉では言い尽くせない不条理を感じています」

 しかも、積極的な治療法はないという。できるとすれば、ボトックス注射をするか、特殊な眼鏡をかけて多少目を開けやすくする……くらいだ。

 なら、ベンゾの服薬をやめればいい、と考えがちだが、そこがもう一つの落とし穴。

 まず、ベンゾの減薬には離脱症状という辛い禁断症状がついて回る。つまり非常にやめにくい薬であり、さらに、減・断薬の過程でこの眼瞼けいれんが出現する(あるいは症状が重くなる)こともしばしばなのだ。とくにベンゾの急激な減・断薬、あるいは一気断薬はそのリスクが大きくなる。

 もう一点、では断薬後にこうした症状が出た場合、再服薬すれば、元に戻るのだろうか、という疑問。

 若倉医師の考えは、残念ながら、「NO」である。

「この症状は断薬した薬を戻したとしても、なかなか元の状態に戻ることは期待できません」

 避けるべきは、長期の服薬(離脱症状出現率を考えると5年以上の長期はかなり注意)、急激な減・断薬。

長期に服用してしまった場合は、くれぐれも一気の断薬は(もう飲みたくないという気持ちは理解できるが、それでも)やめたほうがいい。

 このように精神科で処方されたベンゾを飲んだ結果辛い眼の症状を抱えることになってしまった患者を多数診ている若倉医師は、怒りをもって、日本の精神医療に対しても以下のように述べた。

「日本の精神科は、薬物療法偏重の傾向があって、1剤での治療より、多剤になりがちです。薬を代えるのではなく、上乗せしていく。そこに大きな被害を生まれる素地があると思っています」

 

 その一方で、「リエゾン精神医学」という、身体科の医師と精神科が連携して患者に対応するというシステムの中に「眼科」も加わるべきだと若倉医師は主張する。眼瞼けいれん以外にも脳に問題があって(眼球そのものには問題がないにもかかわらず)、目に症状が出ているケースがあるからだ。

 精神科医自身は、眼科は精神科領域とは関係の少ない科だと思っているが、そうでもない事例が結構あり、若倉医師は本のタイトルにもあるように「心療眼科」という新たな科を開設した。

 そして、若倉医師は、「心療眼科」外来を受診する患者さんは精神科や心療内科と連携して問題が解決していく例が少なくない、と著書の中で述べているのだ。

「私がよく相談する親友の精神科医は、『若倉のところの症例は、一般の精神科外来で診ている患者より重い人が多いね』などと感想をもらします」(本書197ページ)

「ちなみに、私は友人の精神科医のアドバイスもあり、向精神薬を使用する場合、基本的には単剤です」(201ページ)

(注・本で挙げている事例として、眼球そのものに異常はないにもかかわらず、パソコン等、目に負荷がかかると大きな痛みが生じる男性の例をあげている。若倉医師はこうした症状に「眼疼痛性障害」という病名をつけ、痛みの軽減を目的に、「ある種の抗うつ薬」を試したそうだ。その後、男性は退職となり、半年ほどで症状が改善。薬の効果か退職したのがよかったのかはわからないが、そのとき使用した薬はあくまでも1剤のみだったという。)

「しかし、日本の精神科医やメンタル関係の診療施設では、製薬会社の宣伝に乗ってしまっているのか、薬漬け医療が文化になってしまったのか、多剤併用が当たり前になっています」(202ページ)

「先述の精神科医は、神経薬理学の専門家でもあり、こうした傾向に批判的です。そのため私も影響を受けていると言えましょう」(203ページ)

 

 要するに、日本の精神医療は薬漬け医療だが、理解ある精神科医もおり、そことのコラボによって眼科領域の症状も改善していく可能性があるということなのだろう。

(若倉医師の親友の精神科医の名前はここでは伏せます(本にも紹介はありません)。確かに薬理学の専門家です。)

 

 以上、若倉医師の考えをその著書と共に紹介したが、ともかく、ベンゾ服薬、断薬後に目の症状を訴える人が非常に多いのは、これまで私がかかわった方々から考えても、確かな事実である。

 そのことが社会的に認められること、そのことから、ベンゾジアゼピンという薬物がどのような薬であるのか、したがってどのような規制が必要なのかが明らかになっていくことを期待している。と同時に、ベンゾジアゼピン眼症(あるいは離脱症状全般)の治療法等の研究が進むことを願っています。