たいへん興味深い本を読んだので、紹介します。

『精神病の正体』大塚明彦著 幻冬舎メディアコンサルティング

 

 結論から言います。

「精神病の正体は発達障害である。」

 ということです。

 

 著者の言葉をいくつか引用します。

「これまで精神科医たちが重い精神疾患の症状と思っていたものも、じつは少し視点を変えると、ほぼすべてがADHDや、それに類する発達障害の症状として説明することができます。」

 

「発達障害が種々の精神疾患の唯一の原因であるという私の仮説……」

 

「(発達障害の特性によって)生じる緊張やストレス、不安、進学・就職・対人関係の挫折などが、あるときを境に睡眠障害や食欲不振、気分の異常な高揚や抑うつ、不安障害、幻覚・妄想といったさまざまな症状となって表面化する――。

 これが、これまで精神科医たちが精神疾患と呼んできたものの正体なのではないでしょうか。」

 

「イメージでいえば、外胚葉由来の脳や感覚の機能障害は、植物の「種」です。その種が芽を出し、成長するにつれてさまざまな困難さという枝が伸びていき、その先に派手な症状という花が咲いているのです。その枝葉や花に対して「統合失調症」や「双極性障害」「うつ病」「社会不安障害」「強迫性障害」「依存症」といったさまざまな名前を付けて、治療をしようとしていたのが、これまでの精神診療ではなかったか、と私は思うのです。」

 

「100年前に欧州の精神科医たちによって見出された「精神病」は存在しない。精神病と呼ばれてきたものの正体とは、胚の外胚葉由来のその人固有の癖による生活障害だということが、次第に明らかになっていくでしょう。

 そして、このような精神診療のパラダイム・シフトが起こりつつあることを理解しない精神科医や、100年前の「常識」にしがみついているばかりで患者を治せない精神科医はやがて淘汰されていく時代になるはずです。」

 

 ここに出てくる「外胚葉由来」というのは、人間の生命の誕生過程における一段階のことです(内胚葉、中胚葉、外胚葉とある)。外胚葉からは目や耳、鼻、皮膚の表皮といった感覚器官が作られ、また、脳や脊髄といった中枢神経系の細胞も、同じ外胚葉から作られています。

したがって、筆者は、この段階において発達の障害があると、神経細胞で作られるドーパミンをはじめとした神経伝達物質のバランスが崩れたり、脳内の神経の情報伝達回路に独特の偏り、個性が生まれ、それが発達障害の症状や感覚過敏を作る(のではないか)と考えます。

 つまり、発達障害と感覚過敏という「外胚葉の発達アンバランス」という視点で見ると、これまで精神疾患の精神症状と思われてきたものも、ほとんどがこの理論の中で説明できるのではないかと。

 

 自閉スペクトラム症の人の特徴として「感覚過敏、特異性」はわりに知られていますが、ADHDにも同様の感覚過敏、特異性があり、それがさまざまな精神的症状の「種」になっていると筆者は言います。

 筆者のクリニックを受診した人たち(110名)の調査結果が載っています。

 それによると「精神科受診者の7割以上に何らかの感覚過敏がある。そして、ほぼ9割が、ADHDを中心とした発達障害(ASDと重なるケースを含む)に該当する」とのこと。

 

発達障害と精神疾患の関係に関しては、パラダイム・シフトなどと筆者は大上段に構えていますが、なにもこの本がはじめて提唱したわけのものでもなく、すでに笠陽一郎医師による『精神科セカンドオピニオン2 発達障害への気づきが診断と治療を変える』のなかで、数多くの症例と共に語られていることです。

 帯にはこんな言葉があります。

「かつての僕が描いていた発達障害の範囲はあまりに狭く、その圏内とすべきかなりの人たちを統合失調症と誤診していたことを告白せざるを得ない」

 

 が、しかし、『精神病の正体』という本では、こうした理論にとどまるのではなく、だから、統合失調症(やその他の精神疾患)はすべて発達障害の治療薬で薬物療法を行いましょうという方向へ向かうのです。

 発達障害といっても、この大塚医師が注目しているのは、ASDよりもADHDのほうです。したがって、精神疾患には抗ADHD薬(この本の中ではコンサータ、ストラテラ)を使っていきましょうということです。

 統合失調症として何年も抗精神病薬(しかも多剤大量)で治療してきたにもかかわらず、一向に改善しなかった患者さんに、「試しに」コンサータを投与したところ、みるみる回復していった……これがこの筆者が「精神病の正体は発達障害である」と考えるきっかけになったようです。

 また、エビリファイという抗精神病薬が、統合失調症だけでなく、うつにも躁にも適応拡大され、さらに最近では小児の自閉スペクトラム症にも適応拡大となったことから、筆者は「さまざまな病名がつけられた精神病も、同じ薬で治るということは、同じ一つの病気なのではないか」と考えるようになったようです。

 

 いくつか抗ADHD薬による治療の例が出ていますので紹介します。

「統合失調症の診断で、抗精神病薬の治療を20年近く続けたが改善せず、幻聴、幻覚が強く出てきたため、コンサータを処方。すると、2週間後くらいから気分がよくなり、6ヶ月後には20年ぶりに就活を始めるまでに回復した。」

 (こうした例で、ふと思ったのは、多剤処方により、アップレギュレーションを起こしている脳に、ドーパミンを増やすコンサータを投与することで、改善につながる何かが起きているのかもということです。)

 

「9年間統合失調感情障害として治療を続けていたが、ある日父親を殴り、有罪判決。衝動を抑えるコンサータを処方したところ、1ヶ月ほど経った頃、つきものが落ちたように晴れ晴れとした顔になる。半年ほど服薬し、その後は断薬しているが、状態は安定している。」

 

「抗ADHD薬によって、感覚の過敏さがちょうどいいバランスに抑えられると、幻聴が消える」

 

「私は現在、幻聴の治療には、ストラテラ、コンサータを基本にロナセンといった非定型抗精神病薬を組み合わせて使用することで、高い効果をあげています。」

 

「うつ病の症状の一つである慢性疼痛にはストラテラ、コンサータに加えて、リボトリールという抗不安薬を処方することもよくあります。抗ADHD薬で痛みの過剰反応を抑え、さらに慢性疼痛では「痛みが起こるのでは」という予期不安があると痛みを感じやすくなるので、そこに対処することでさらに効果が高まります。」

 

 ともかく、なんでも「抗ADHD薬」といった感じです。

「精神病の正体は発達障害である」という仮説は私の考えに近いですし、精神科医が発達障害を視野に入れて精神疾患を考えるという方向性は、以前から私も主張していることですが、しかしだからといって、それを「抗精神病薬」ではなく、「抗ADHD薬」で治療しましょうというのは、「え~~!!(泣)」といった感じで、非常な違和感を覚えます。

 

「外胚葉由来の生活障害は、抗ADHD薬を中心とした薬物療法で治療ができる時代になってきています。難治といわれた多くの精神症状も、ほとんどがコンサータ、ストラテラで回復していきます。」

 本当なんでしょうか。

 一応、この医師の治療実績は、

「私のこれまでの経験では、抗ADHD薬の服用をはじめて早い人では2~3ヶ月、平均すると6~12ヶ月前後で、薬を飲まなくていい状態にまで回復しています。」

 とのことですが……。

 

 筆者はSSRIの説明の中で製薬会社を批判し、うつ病キャンペーンについても触れ、「作られた疾患」とまで書いているのですが、こと「抗ADHD薬」となると――

「有害事象も断薬症状もまったくなく」という表現になってしまうのです。

 さらにこうも高らかに書いています。

「今後、精神科医たちは、生活障害を治療する抗ADHD薬の使用に習熟していかなければなりません。そして患者が自立した生活を送れるようになることを目標として、達成できれば医師は退場すべきでしょう。

 そして抗精神病薬を販売してきた製薬メーカーも、これまでおそらく故意に避けてきたであろう精神科領域の薬剤の実効性の評価を、すぐにでも行うべきです。いずれAI(人工知能)が精神科診療に導入されれば、どの薬が真の治療効果を持つかは明らかになると思いますが、患者の生活障害に効果のない薬剤は、市場から早急に姿を消すべきだと私は考えています。」

 

 しかし、私には、このやり方はあまりに画一的、乱暴、雑、のように思われます。

 まず、例として挙がっている抗精神病薬からコンサータへの切り換えについて。一気に切って、コンサータに切り替えていると思われるのですが、抗精神病薬の退薬症状に関して一言も言及がないこと。(それともそんな退薬症状もなく切り替えられるということでしょうか?)

ASDの薬剤過敏についてもまったく触れていないこと。

 すべての症状をADHDの症状に無理やりに結び付けている感が否めないこと(例えば、希死念慮もADHDの衝動性から来ている。アルコール依存、ギャンブル依存、買い物依存も同様。なので、抗ADHD薬で改善するといった具合。確かにそれもあるでしょうが、それだけではないはず)。

 さらに、精神疾患の診断がなく、ADHDとの診断の人は、単純に、すべて抗ADHD薬でハッピー……この本を読むとそういうことになってしまいます。

 

 この医師は問診のときに、「感覚過敏」についての質問を多数行うそうです。

それは、精神科医が一般的に行っている、出ている「症状」のみに焦点を当てて単にそれに合う薬物を処方するやり方より、「種」を見極めるという意味において何倍も有益とは思います。しかし、抗ADHD薬がすべてを解決するというのは、精神科医として、単に抗精神病薬から抗ADHD薬に信仰の対象が変わっただけとも言えます。

ADHDが抗ADHD薬で片がつくほど単純なものではない以上、筆者が書いているように、ADHD由来の精神疾患が抗ADHD薬でそれほど簡単に改善するのか……? (それでも、精神病の正体は発達障害である、という仮説には与します。)