富士経済では毎年薬品の市場推移の莫大なデータを出している。(2016年版『医療用医薬品データブック』)。

 その中で「中枢神経領域」の薬品について、2007年から2016年までの推移と、なんとその8年後の2024年までを予想した数字が上がっている。

 中枢神経領域として主なもの、①抗うつ剤、②双極性障害治療剤、③抗不安剤、④睡眠障害治療剤、⑤統合失調症治療剤、⑥ADHD治療剤について、富士経済の分析と、データを元に私がエクセルで作ったグラフでその推移をあらわします。(グラフそのものはデータブックにはありません。)

 このブログを始めたのが2010年なので、向精神薬の市場の推移は、ブログの内容に当てはまる部分もあり、たいへん興味深いものになっています。

 

① 抗うつ剤

 SSRIの「パキシル」(GSK)が当市場の牽引を担ってきたが、ジェネリック医薬品の切り換えが進むことにより、市場は一時縮小した。

 しかし、近年ではSNRIの「サインバルタ」(日本イーライリリ―、塩野義製薬)、SSRI「レクサプロ」(持田製薬、田辺三菱製薬)、NaSSAの「リフレックス、レメロン」(Meiji Seikaファルマ/MSD)の実績拡大や、20136月のエビリファイ(大塚製薬)の適応拡大により再び拡大基調にある。

 

 今後の推移

患者が増加推移にあることや、フェーズⅢにある武田薬品工業のボルチオキセチンや、フェーズⅡの新規作用機序のヤンセンファーマのエスケタミンが上市されるものの、市場を牽引してきた「リフレックス/レメロン」、「サインバルタ」では2018年頃の特許切れといったマイナス要因により、市場は縮小が予想される。

 

企業でのストレスチェックにおけるうつ病患者の発見や、2013年6月に成立した障害者差別解消法の施行により、うつ病を罹患しながらも勤務しやすくなる環境が整えられることが期待され、治療患者は増加することが予想される。

 

 

 グラフの左側は金額(単位は百万円)をあらわしています。ちなみに、今年2017年(予想ですが)の抗うつ薬の売上は、1414億円です。

 SSRIが発売されたのが1999年で、その8年後からの推移です。2018年をピークに減少傾向にあるとはいっても、2007年当時よりまだかなり高い水準です。

 さらに、今後も新規抗うつ薬が発売される予定のようです。

 

② 双極性障害治療剤

 市場は「リーマス」(大正富山医薬品)、「デパケン」(協和発酵キリン)など、古くからの低薬価の製品により形成されていたが、2007年から2009年は市場は停滞していた。

 2010年に「ジプレキサ、ザイディス」(日本イーライリリ―)、2011年に「ラミクタール(GSK)、2012年に「エビリファイ」(大塚製薬)が双極性障害の適応拡大を果たしたことから、2012年ごろより市場は急速に拡大した。

 これらの製品は「リーマス」「デパケン」に対し薬価が高いこともあり、特に「ラミクタール」が市場の大幅な拡大に貢献している。

 しかし、2016年は「ラミクラール」「エビリファイ」において、15%の薬価引き下げがあったことや、同年6月に「ジプレキサ」のジェネリック医薬品が発売し、市場成長は鈍化の見込みである。

今後の推移

数年は「セロクエル」(アステラス製薬)や、エビリファイの持続性製剤の適応拡大、大日本住友製薬が開発中の「ラツーダ」の上市があり、市場の成長が予想されるものの、それ以降の開発品がないことや、市場の上位ブランドである「ラミクタール」、「エビリファイ」の特許切れが2018年頃に予想され、2020年をピークに実績減少が予想される。

 

 2012年に出現した「双極性障害ブーム」を見事に反映したグラフです。減少が予想されるといっても、こちらも2007年当時より3倍以上も高い水準です。

 

③ 抗不安剤

 1996年に発売された「セディール」(大日本住友製薬)を最後に新製品の上市はなく、当市場の多くを占めるベンゾジアゼピン系薬物は依存性が指摘されていることから、薬剤の処方を控える動きもあり、市場は縮小傾向にある。

 さらに2014年の診療報酬改定により、精神疾患領域の薬剤の多剤併用による報酬の減点が行われるようになった。特に抗不安剤で処方抑制が起きたことから、2014年市場は急激に縮小しており、さらに、市場トップブランドである「デパス」(田辺三菱製薬)も2017年に向精神薬の指定を受けたことで、処方の抑制が進み、市場は縮小に向かうことが予想される。

 

 しかし、患者数について、有病率が上昇傾向にあるため患者が増加すると考えられるしかしながら、依存性のあるベンゾジアゼピン系の薬剤が多いことから抗不安剤の処方が控えられ、抗不安剤ではなく、SSRIでの治療の増加となることが予想され、患者増加に対する市場への影響は低いものと考えられる。

 

 ベンゾジアゼピンを控える傾向から、抗不安薬はかなりの右肩下がりです。

 一方、ベンゾへの批判が高まる中、不安障害の患者は増加傾向にあるため、ベンゾに代わってSSRIが処方されることになるという予想は、何とも複雑な心境にさせられます。

 

④ 睡眠障害治療剤

 20126月のジェネリック医薬品発売により、ジェネリック医薬品切り替え策の背景を受けて切り替えが進むことで、2011年をピークに減少推移が続いている。

副作用の面からベンゾジアゼピン系の薬剤の処方もひかえられるようになってきたことや、2014年の診療報酬改定により3種類以上の睡眠障害治療剤を処方した場合に減点対象となったことから、処方の適正化が進み2014年や2015年の市場は影響を受け、縮小した。

新規作用機序の「ロゼレム」(武田薬品工業)、「ルネスタ」(武田薬品工業)、「ベルソムラ」(MSD)製剤が伸長するものの、2018年頃をピークに市場が縮小に向かうことが予想される。

 

 富士経済の分析に「処方の適正化が進み」とありますが、それは2014、2015年に少し落ち込んでいるだけで、ベンゾジアゼピン系以外の睡眠薬が次々発売されているため睡眠薬市場は一定規模を保っているように感じます。

 

⑤ 統合失調症治療剤

 脳内ドパミンに拮抗作用する第一世代抗精神病剤が長らく市場を形成してきた。その中でセロトニンとドパミン双方に作用する第二世代抗精神病剤として1996年「リスパダール」(ヤンセンファーマ)が登場し、第一世代と比較して治療成績の良さから統合失調症治療における変革をもたらし、製品上市も続いていたことから市場は拡大推移が続いていた。

 近年では20136月「エビリファイ」がうつ病への適応拡大による実績流出や、2014年での多剤処方の抑制を目的とした診療報酬の減点項目の設定の影響、「リスパダール」「セロクエル」のジェネリック医薬品への切り換えにより、2013年より市場は縮小傾向となっている

 2017年にエビリファイのジェネリック医薬品の発売可能性があるものの、持続性製剤への移行や、「インヴェガ」「ゼプリオン」(ヤンセンファーマ)の伸長や、開発中の「レキサルティ」(大塚製薬)の発売がなされることで、当面は拡大し、中枢神経領域の全体市場の牽引が予想される。

 

 治療患者については、疾患啓発による受診患者の増加や、統合失調症の患者の治療が長期に及ぶことで高齢化の影響や、治療離脱者の減少により、増加に向かうと予測される。

 

 特許切れの薬が多いかったことを受けて2014、2015年は抗精神病薬の市場は少し落ちましたが、それ以降は伸びる予想になっています。インヴェガや多数の(2016年時点で80人以上)死者を出したゼプリオンが好調、さらに新薬も出てくるからでしょう。

 

ADHD治療剤

 200712月発売「コンサータ」(ヤンセンファーマ)、20096月発売「ストラテラ」(日本イーライリリ―)の2剤により市場が形成された。

18歳以上への適応拡大を「ストラテラ」が20128月、「コンサータ」が201312月に取得している。成人では小児に比べ処方量も多い傾向にあることも背景に、市場は拡大基調となっている。

少子化社会にある中でADHDの小児患者の増加や、疾患啓発による成人患者の掘り起こしや、塩野義製薬が「インチュニブ」、「ビバンセ」の上市を控えていることから、拡大推移が予測される。

 

 この薬はもう何も言うことがないです。

 市場規模としては小さいものの、①から⑤までの推移とは明らかに別の動きをしています。今後は、啓発や診断の見直しなどによって新規患者の掘り起こしが行われ、製薬会社のドル箱になっていく可能性があります。

☆☆☆

 こうして、向精神薬の歴史、市場推移を見てくると、向精神薬への多剤大量処方という日本独自の悪しき習慣が近年多少(本当に多少)見直される傾向にあり、今後2018年をピークに減少傾向の薬剤がいくつかあります。

 それでも抗うつ薬と抗精神病薬の市場規模はけた違いに大きく、その二つがさほどの減少を見せていない中で、ベンゾ系の減少はあるものの、新たにADHD薬が加わっているという形です。

 また、ベンゾ系を除いて、過去2007年に比べて、現在から将来にかけては、市場規模はかなり大きく、2024年以降、それがどう縮小していくのか、いかないのか。この薬物療法全盛の時代を経て、2007年以前より下の水準に戻ることはないように思われます。

 精神医療は、うつ病、双極性障害といった「流行病」を作りながら、いまでは「発達障害」というあらたな「流行病」を得ました。今後はどんな「流行病」を見つけていくのか。いくつもの製薬会社が「国民」(あるいは人類)という「パイ」を奪い合いながら、さまざまな病名をつけて食い破っていく歴史が少し見えたような気がします。