栄子さん(仮名・44歳)という女性から連絡をいただき、話を聞いた。

  その内容に、少し困惑している。

  こんなことが、本当にあるのか……? 

  家族による「医療保護入院」の話である。

断っておくが、私の話は栄子さんから聞かされた一方通行のものである。もしこの事件に関係する他の人たちから話を聞けば、まったく違った世界が見えてくるのかもしれない。しかし、起こった出来事は紛れもない事実である。つまり、家族が申し出れば、本当に病気であろうとなかろうと、病院はすぐさまそれに応えてくれるという精神医療の現実だ。

 栄子さんの場合、「統合失調症」という診断による医療保護入院であるが、目の前で話す彼女は、ごく普通の女性に感じられた。ただ、エビリファイ(18㎎)とレンドルミンを断薬してまだ一カ月半、現在もロヒプノール2㎎は服用しているため、本人曰く「うまく話せない」状態であり、また見た感じも表情が乏しく、口調も少しゆっくりしたものだった。

 この事件以前の栄子さんの写真を見せてもらったが、雰囲気がかなり違う。体重も相当増えているようで(薬の影響と、不眠のため寝る前につい食べてしまうそうだ)、今の栄子さんは全体的にやはり「まったり」した印象である。

 

激怒した医師が書いた紹介状

 事の起こりは、2009年、36歳のときある男性と結婚したことから始まる。

相手はもう10年以上も前からの知り合いで、11歳年上の男性だ。10年もの間、年末年始なども共に過ごすほどの間柄。栄子さんも、「よく夢に出てくる、大好きな人」だったし、本人からプロポーズも5回ほどされている。

 しかし、肝心の男性はプロポーズをしたものの、後になるといつもその記憶がない、という。栄子さんが言うに、「たぶん、アスペルガーの解離だと思います」とのこと。

 有名私大の理工学部出身で、システムエンジニアである。10年つきあって、アスペルガーの要素がかなり強いと栄子さんは感じていた。

「会話ができない」「人の気持ちがわからない」

 それでも、このときのプロポーズは彼の記憶から消えることなく、栄子さんたちは結婚にこぎつけた。栄子さんは福祉系の会社を起業していたが、結婚を機にやめて、専業主婦となった。

 結婚生活はそれなりに楽しかった。しかし、男性には友人と呼べる人がおらず、栄子さんと2人だけのときも会話はほとんどなかったという。

 そして、2010年2月に妊娠。つわりがひどく、湿疹も出て、不眠にもなった。そんなとき、夫は慰めるでもなく、勇気づけるでもない。それが辛かったと栄子さんはいう。

 通院したのは市内の大きめの産婦人科クリニックだった。そこには院長のほか、男性医師と女性医師がいて、どうやら対立関係にあるようだった。栄子さんはいつも「女医指定」のカードを提出して、女医が主治医となっていた。

 しかし、栄子さんの妹さんがどういうわけか「女医指定ばかりじゃ、いけない」と姉に意見をした。またクリニックの看護師も「あの女医さんは夜はいないから(夜勤をしない)、女医指定を止めたほうがいい」と栄子さんに言ったという。

 それで栄子さんも一度くらい男性医師に診てもらったほうがいいのかと考え、診てもらうことにした。男性医師は栄子さんの血液検査の結果を見て「糖尿病の疑いがある」と言い出した。栄子さんは急遽、検査入院をすることになった。入院は3日間、そして検査の結果、男性医師からではなく、院長先生から「大丈夫」と言われ退院となった。

 こうした経緯から栄子さんとしては、やはり女医のほうがいいと思うようになった。そこで次の受診の際には再び「女医指定」のカードを出したのだが、なぜか車椅子に乗せられ連れていかれたのは男性医師の診察室だった。

栄子さんが「女医指定」をしていたと知った男性医師は、栄子さんを見るなり「診察室から出ていけ!」と激怒したという。そして、市内にある大学病院の周産期病棟に転院しろという話になってしまった。

 栄子さんがいう。

「それで男性医師から紹介状が出ました。でも、なんだか成行きがへんだと思ったので、中を開けて見たんです。そうしたら、紹介状に『会話にまとまりがなく、統合失調症の疑いあり』と書いてありました。あの男性医師とはろくに話もしていないのに、会話にまとまりがないなんて……」

 栄子さんとしては非常に不服だったので、院長に抗議の電話を入れた。ところが、クリニックの人間が院長につないでくれない。そこで栄子さんの父親が電話をしたところ、すぐに応対をして、面談することになった。

 院長と秘書、そして栄子さんと父親、夫の5人がテーブルについたが、院長曰く。「医師が出した紹介状を院長だからと撤回はできない。いまどき周産期病棟に入れるなんてラッキーじゃないですか。それに紹介状をなぜ開けたんですか?」

 終始この点だけを主張し、結局らちが明かないまま、栄子さんはこのクリニックでの出産をあきらめた。すでに臨月になっていた。

 

特別な子ども

 県内の助産師施設を訪ねたが、臨月を過ぎると受け入れてくれるところがほぼないことを栄子さんは思い知った。それでも何とか一つのクリニックを紹介された。ある意味有名で、風変わりなクリニック(仮にAクリニック)である。

 そこには霊媒師(のような)人がいて、院長(A医師)も栄子さんを診察しながら奇妙なことを言ったりした。

「君、何か(わけが)あるね」

「両親は毒親だ。それがわかったから、あなたは家を出たんだね。両親を介入させてはダメ」

 確かに、両親は栄子さんには「毒親」と感じられた。父親は銀行のエリートであるが、その言動に一貫性がない。母親も父親に引っ張られている印象……。

 栄子さんには兄と妹がいるが、この2人は両親とは金銭の関係のみで、ある意味うまくいっていた。しかし、栄子さんはそういう関係が信じられず、またきょうだい二人にはなかった反抗期も栄子さんにだけはあり、両親と衝突することもしばしばだった。

 その産科クリニックで栄子さんは2010年11月、無事女児を出産した。そして、産後のある日のこと、霊媒師(のような人)から、「特別な子どもが生まれた」と栄子さんは告げられた。

 

 退院後、お宮参りに行ったときのことだ。夫の運転する車に乗っていると、栄子さんは後続の車がずっと後をつけてきているような気がした。栄子さんは霊媒師から告げられた「特別な子ども」ということがずっと頭にあり、それで夫にこう言った。

「後ろの車が後をつけてきているけれど、この子は特別な子だから誘拐されたら怖い」

 栄子さんがいう。

「そのとき夫は、私がおかしなことを言いだしたと思ったに違いありません」

 それには、前の産婦人科クリニックの男性医師が書いた紹介状の内容が影響している。「統合失調症の疑いあり」……、この言葉によって色眼鏡で栄子さんを見るようになったのだろう。

 夫と両親、特に父親とは、子どもに関してさまざまトラブルが生じるようになった。しかも、どうも夫と父親が裏でつながっているような印象を栄子さんは抱いた。

 たとえば、栄子さんが自分の両親を批判すると、夫は「あんないい親はいない。おまえのほうがおかしい」と反論したり、また、子どもが夜中に熱を出した時、夫と父親は、「明日受診するから大丈夫」という栄子さんの意見もきかず、真夜中にもかかわらず、A先生に電話をして助言をもらったほうがいいと頑強に主張したりした。

仕方なく栄子さんが電話を入れると、A医師は「まだいい子ちゃんやっているね」と言った(つまりこの医師は、両親を介入させないほうがいいという意見だったので、親の言いなりに電話をしてきた栄子さんを批判したのだ)。