コンサータとストラテラ

発達障害の薬物療法について、また考えてみたいと思う。

 発達障害と言っても、ここでは特にADHDAttention-deficit hyperactivity disorder」に対しての投薬を考える。

 これまで何度も書いているが、ADHDの薬として現在日本で承認されているのはコンサータ(一般名メチルフェニデート塩酸塩徐放剤)とストラテラ(一般名アトモキセチン塩酸塩)の2種類だ。

 そもそもこの2つの薬がADHD薬としてどのように働くのか? それは、これまで抗うつ薬がうつ病にどのように働くのかを説明の際しばしば登場してきた「モノアミン(神経伝達物質)仮説」が土台となっている。

 うつ病はセロトニン仮説(セロトニンが減っているためにうつ病になり、抗うつ薬はセロトニン濃度を高める作用がある)であるが、ADHDは脳内のドーパミンやノルアドレナリンの量が減っているために起きる症状(あくまで仮説)ということで、コンサータはドーパミンの再取り込みを阻害し、ストラテラはノルアドレナリンの再取り込みを阻害することによって、脳内のドーパミン、ノルアドレナリンの濃度を高めることで、ADHDの注意欠陥多動という症状を抑えることができるという説明である。



薬の効果

 現在、ネット上にはこの2つの薬を飲んで、いかに自分(あるいは自分の子ども)の「注意欠陥多動」的症状が改善されたか、切々と説くブログなども多く見受けられる。穿った見方をすれば、背後に製薬会社の存在さえ疑いたくなるほどの「コンサータ・ラブ」「ストラテラ・ラブ」といった趣の内容だ。

 世界がこんなふうに見えるなんて知らなかった(これまで平面的にしか見えなかった部屋の中が一つ一つの物がきちんと見えるようになるので整理する気持ちになる)。

 何か考えているとどんどんいろんなことが閃いて、思考があっちこっちに散らかってまとまらなかったのに、コンサータを飲むようになってから、最後まで考えられるようになった。

 ストラテラを飲んでいるので何とか仕事が続けられる。

 疲れやすかったけれど、コンサータを飲んで効いている間だけは家事やその他のことがこなせるようになった。

 コンサータのおかげで居眠りがなくなった。

 薬の切れは、突然やってくる空腹感でわかる(食欲を抑える副作用があるため)。



 これらは大人のADHDの方の感想である。

 そして、子どもに薬を飲ませている親御さんのブログには以下のような記述が多い。



「息子に私が言っている「夜寝る前にやること」は、たったの2つ(明日の学校の準備、歯磨き)ですが、夜、コンサータの効果が切れた状態ではそれをやるだけで2時間かかります。

途中であちこちに興味や関心が飛び散り、何をやるべきなのかさえ忘れてしまう。放っておけば、自力で思い出すこともめったにないので、歯磨きもせずその場に寝てしまうまで、興味のあることだけをやり続けます。

そんな状態ですから、薬を飲まなければ、1日中、ほとんどの「課題」ができなくなります。やらなければならないことが一つも片付かず、本人もいつも叱られてばかり。今の状態では薬の手助けなく暮らしていくのは困難が大きすぎます。そして、薬を飲むことでできることが増え、自己肯定感も高まっていく……」




 こうした効果を私は否定するものではない。

 とくにコンサータは脳を覚醒させる、言ってみれば覚せい剤であるから、ADHDでなくとも、私が飲んでも集中力が高まる薬である。

 ただ気になるのは、本人(あるいは親から見た子どもの)「困り感」は、どこからが「障害」と言われるレベルのものなのか、スペクトラムの世界ではなかなか線引きの難しいところだ。しかし、おそらくADHDと言われる人が感じている「困り感」と同レベルではないにしても、似たような状態は誰しも経験することであるかもしれない、ということだ。

たとえば大人の場合で言えば、「時間の管理ができないから」、「物の管理ができないから」「プランニングができないから」「記憶力が悪いから」「持続力がないから」ADHDなのだと考えてしまう人がいる。しかし、こうしたことがすべてできる人が果たしてどれだけいるだろうか? 薬を飲めば「能力以上」のことができるとしたら、それはまさに「ドーピング」以外の何ものでもないだろう。

また、子どものADHD。よく言われるのは「興味のあるものが目に入ると飛び出してしまうから」――命を守るためにも薬は必要であるという。今では「ハーネス」といって、子どもの飛び出しを防止するための、まさにペットにつけるハーネス同様の物も売られているが、こうした姿(親が子どもにペットのような綱をつけて歩くこと)に対する世間の許容力のなさもあり、薬への依存が強まる傾向にある。その意味で、ADHDの症状は「世間」の冷たい視線との闘いという様相も呈しているのが現実だ。



ADHD薬の臨床試験への疑問

飲ませざるを得ない親の心理(事情)もあり、ともかく、行動コントロールのため、薬に流れがちな現在。その背後には、薬の効果が、特に周囲の者にはわりにはっきり感じられることも無関係ではないだろう。

しかし、その一方で、薬が承認されるに至る臨床試験そのものに対する疑問を投げかける論文も出ているのだ(2014年)。以下はアメリカの「PLOS ONE」という科学雑誌に掲載された論文である。

「結論: ADHD薬承認のために実施された多くの臨床試験では、有害事象または長期服薬における安全性と有効性を評価するように設計されていなかった。市販後の研究がこうした間隙を多少は埋めるかもしれないが、よりよい保証は、新薬が承認される前か後のどちらかで、適正な臨床試験を実施することである」。

 http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25007171



 つまり、ADHD薬は(その他多くの向精神薬についても同様のことが言えるが)せいぜい数週間~数か月の試験によって承認されており、その間の効果は否定しないが、「長期服薬」に対する安全性と有効性は未知数ということだ。

そして、そのことを裏付ける研究は複数ある。

 以前も紹介した米国国立衛生研究所の研究(1999年)では、

「薬物療法を実施して14か月までは「ADHDの症状を有意に改善」したが、その後、8年間薬物療法を続けた場合、「短期で改善されたすべての症状はもとに戻り、それどころか薬を飲んでいない子どもより症状は悪化していた」という結果が出た。さらに、継続的に服用している児童は、非行率が高く、身長が4㎝低く、体重が3㎏軽かった」としている。


 

 さらに、海外の文献等からADHDの薬物療法についての見解をいくつかピックアップしてみる。

 

ADHDと診断された子どもたちを治療するためにしばしば処方されるリタリン(メチルフェニデート=日本では同じ成分の徐放剤としてコンサータがある)とアデロール(アンフェタミン=日本では今は未承認)などの刺激薬は、幻覚および精神病症状を引き起こすことが知られている。


 最近まで、これらの副作用は稀であると考えられていたが、「小児科」1月号に掲載された新しい研究では、この説に反論を唱え、以前に認められていたよりも多くの子供たちに、これらの薬剤の副作用として精神病症状が見いだされたとしている。」


「最近のコクランライブラリーのシステマティックレビューにおいて、リタリンの副作用は、その有効性を上回る可能性があることがわかった。また、脳内のドーパミン系に作用する刺激薬は、幻覚、妄想、および解体行動など精神病症状のリスクを増大させるのである。」

 2015年12月30日(Mad in America

  http://www.madinamerica.com/2016/04/amphetamines_adolescents_ratstudy/


 

 そのコクランライブラリーでは(201512月1日)以下のように分析している。

 Poor Evidence and Substantial Bias in Ritalin Studies


「現時点において、対象となる研究の質を考慮した場合、我々はメチルフェニデートを服用するとADHDを持つ子どもや青少年の生活を改善するかどうか確かに言うことができない。

メチルフェニデートは、最も一般的にADHDと診断された子どもたちを治療するために処方される薬である。しかし、この薬の普及にもかかわらず、その有害性と利点の系統的レビューは今まで行われてこなかった。

試験の分析は、薬の服用によって全体的に、ADHDの症状のわずかな改善があったことを示しているが、症状の変化を報告する試験のすべてにおいて、バイアスの危険性が見いだされた。つまり、薬物の効果は研究の長さによって多大な影響を受けているということだ。例えば、長期試験においては、薬物はADHD症状にほんのわずかな効果しか有さないことが示されている。」



新しいADHD薬――アンフェタミン日本で承認の方向

 日本ではリタリンはすでに処方されていないが、コンサータの成分はメチルフェニデートでリタリンと同じである。

そのリタリン=メチルフェニデートの研究にはPoor Evidence(わずかな証拠)とかなりのバイアスがあるとするこのコクランライブラリーの見解はもっと医師が重要視すべきことだろうと思う。

「とえあえず、お薬飲んでみますか?」レベルで処方してはいけない薬なのではないだろうか。

 また、アンフェタミンをベースとした薬は日本では未承認だが、これも現在、塩野義製薬が小児ADHD向けに「S-877489」という開発番号で研究を進め、フェーズⅢのステージまで進んでいる。(この他、小児・大人ADHD用として、同じく塩野義製薬が「グアンファシン塩酸塩」を開発中で、小児についてはすでに「申請中」、大人については「フェーズⅢ」まで進んでいる。)

 アンフェタミンをベースとした薬としてはアメリカではアデロール、あるいはビバンセという商品名で流通しており、「スマートドラッグ」(賢くなる薬)として、まさに「ドーピング」的に使用されるという現象も起きている。

 現在日本ではアンフェタミンは覚せい剤取締法で規制されているが、そうした薬が子どものADHD用に承認されつつあるということだ。こうした「精神刺激薬」は「幻覚および精神病症状を引き起こす」ことがわかっているにもかかわらずだ。

 こんな例もある。アメリカ滞在中に16歳の頃、ADHDとしてアンフェタミン(ビバンセ)を投与された男性(現在20歳)。精神症状が出たため、帰国後日本のクリニックを受診したが、統合失調症との診断である。当然のように、抗精神病薬が処方され、状態はますます悪化。その後紆余曲折を経て、現在は統合失調症ではなく「薬物依存」ということである施設に入っているが、社会復帰はまだ先のことになりそうだ。

つまり、アンフェタミン服用にはこういうリスクがつきまとうということだ。 

しかも、メチルフェニデートをはじめ、ADHD薬の臨床試験においては、「長期服薬」に対する安全性と有効性が確立していないにもかかわらず、日本において今後さらにADHD薬が承認される方向にあるというのは、まさに製薬会社の「ADHDバブル」の現れだろう。



ところで「長期」というのはどれくらいの期間のことを指すのだろう。

コンサータの添付文書を見ると「長期投与」について以下のような記述がある。

「本剤を長期間投与する場合には、個々の患者に対して定期的に休薬期間を設定して有用性の再評価を実施すること。また、定期的に血液学的検査を行うことが望ましい。」



 長期投与というのは、どれくらいの期間なのか、コンサータを製造販売するヤンセンファーマに問い合わせたところ、「1年以上は長期と考えている」とのことである。

(ちなみに、ストラテラのイーライリリーにも問い合わせると、「長期投与といっても、具体的な期間は設定していない」とのことなので、「では、1年は長期ですか」と質問をすると、「1年は長期と考える」とのことだった。)



 前述のように現在、ブログ等で発信している服薬中の人も、多くは1年くらいの服薬である。特に大人の場合、コンサータ、ストラテラともに承認されてさほどの時間が経過していないためもあるだろう。また、子どもの場合はそれより長いケースが多いようだが、休薬期間を設けながらも、すでに数年飲み続けているケースもあるようだ。

子どもに限らず、大人も、「ではその薬、いつまで飲み(飲ませ)続けますか?」――この問いかけは常に肝に銘じておいたほうがいい。

現在進行形で「長期服薬」の試験が行われているのである。