(2からのつづき)

減薬を始める

 退院後、再び服薬した聡子さんだったが、12月になって少し薬を減らし始めた。

しかし、その離脱症状か、あるいは生活の疲れやストレスが出たためか、しばらくするとイライラが出てきて、ご主人と喧嘩になることが多かった。

そして、12月28日、医師によって、リーマス200(1錠)がいつもの薬に追加して処方された。

リーマスは以前飲んだことがあった。そのときはなぜ処方されたのかわからず、また理由を知らされないまま突然中止になったが、まったく体に合わない薬だった。そうした事実を医師は忘れていたのだろうか。

案の定、聡子さんは、急性リチウム中毒になり、あわてて服薬を中止すると、何事もなかったように元に戻った。しかし、これが医者や薬に対する不信感の決定打となったのだ。



「年が明けて平成25年、薬を止める決心をしました。

前年8月に入籍し、11月に結婚式を挙げて、主人と二人で子どもはどうするのかずっと考えていました。何も伝えていない主人の実家では孫を心待ちにしていましたし。

籍を入れた時に医師には服薬しながらの妊娠のリスクは多少聞かされていました。精神科に妊婦さんが入院しているのを2度見たことがあります。出産はできても薬を飲みながら授乳することはできないし……。そもそも薬を飲みながら妊娠している以上は子どもに障害を負わせるリスクもあるし、無事生まれてからも育児できるのかな、病気の母親って子どもに悪い影響を与えてしまうんじゃないかとか悩みは尽きませんでした。でも、ある時母に相談すると「お母さんが協力できることは何でもしてあげるから」と、私のそれでも産みたいという気持ちを後押ししてくれたんです。親って凄いなと思いました。まだ娘のために頑張れるんだなって、感謝してもしきれないです。」



聡子さんは1月から、様子をみながら減薬を始めた。医師にはなにも相談せずに自己判断である。というのも、減薬を申し出ても、聞き入れてもらえないとの思いがあったからだ。医師は聡子さんの状態を、躁状態、鬱状態、混合状態の3つでしか判断せず、「正常」という観点がすっかりなくなっていた。

それでも医師には、「2~3日に一度100ミリ飲んでます」など事後承諾的には状況を伝えた。医師は、「まあそれでやってみれば?」といったような対応で、言外には「どうせ無理」といった雰囲気が伝わってきたという。

しかし、「減薬してはいけない」とは言われなかった。ということは、聡子さんに薬は必要ないと医師も感じていたということだろうか。




完全断薬

「今年の2月から一切飲んでいないと記憶しています。離脱症状は、私の場合、薬を飲んだ後のなんともいえない気持ちの悪さに比べれば気になる程ひどくないような……。

それでも症状として、吐き気、頭痛、めまい、ドライアイ(眼痛)、過呼吸、冷え、のぼせ、ほてり、不眠、胃痛、気分の落ち込み、涙もろい、不安感、動悸、息切れ、イラつき、被害妄想等々、多岐にわたりました。身体の痛みもあったと思います。

これらも、つわりといえばつわりだし、離脱症状といえば離脱症状なので、どちらかわからないまま、嵐が過ぎるまで耐えるしかありませんでした。

妊娠・出産で悪化・再発といろいろ聞いていたので、ちょっと怖かったですが、「妊娠するとホルモンのバランスが崩れるから、多かれ少なかれみんなちょっとおかしい精神状態になるよ」と経験者に言われて、「そういうものだから大丈夫」と考えるようになりました。

そうすると余裕も出てきたし、きっとこれくらいのことを乗り切れないとこの先の子育てなんかもっとできないんだろうと想像もつきました。また、ネットでいろいろ調べているうちに、やっぱり自分は薬なんて飲む必要がなかったんだろうなと感じています。問題の原因となっていた薬を断ったのだから、再発なんていう言葉におびえることもなくなりました。」



薬をやめてから、聡子さんは改めて『おくすり110番』などを調べて、自分に処方されていた薬を何とか思い出しながら、書き出してみた。

抗うつ薬 7種類

スタビライザー 3種類

抗精神病薬 12種類

ベンゾ系  11種類

注射 2種類



 ほとんど薬屋さんである。もし病気だったとして、この薬から想像できる病名はいったい何なのだろう? 診断は?



 今は、薬をやめて、本当に気持ちよく過ごせていると聡子さんはいう。

「薬を飲んでいるときは、朝も起きられなくて、主人にご飯もお弁当も作ってあげられない、一日中寝込んだ時なんて家事はなんにもできない……おまけに私はこの人に、自分の子どもを腕に抱くという当たり前の幸せもあげることができないのかと、悔しくて涙が出ました。与えてもらってばかりで何もできていないじゃないかと。そういう悔しさがバネになったのは事実です。そして、主人の支えがなければこんなに早く回復できませんでした。母の助けもありました。私は周りのサポートが受けられたラッキーなケースなのだと思います。」




妊娠と薬

 妊娠と薬については、これまでもいくつも体験談を紹介してきた。

 離脱症状のあまりの辛さに断念した人もいた。子どもが欲しいので、減薬、断薬したものの、離脱症状から抜け出せずにいる人もいた。

 精神科医と産婦人科医との連携のなさ。精神科医の薬に対する認識の甘さ。

 以前、メールで相談を受けたのだが、パキシルを服用しながら妊娠し、出生前診断を受けたところ、ダウン症と判明。堕胎としたというのである。相談というのは、こうした副作用をどこへ報告すればいいのかということだった。もちろん本人はこの出来事で苦しみ悲しんでいるが、パキシルには催奇形のリスクがあることは周知されていると思っていた。しかし、飲んでいる本人はもちろん、医師も知らなかったようだ(だから妊娠がわかっても処方しつづけたのだろう)。これなどは犯罪に近い。

 幸い、聡子さんの場合は、薬をやめてからの妊娠である、そして、離脱症状も軽くて、乗り切ることができた。これは、聡子さんも言っているが、かなりラッキーなケースだと感じる。

 とくに女性の場合、長引く精神科治療によって、子どもをあきらめるというケースも多い。

 精神科の医師は、精神疾患の女性は、妊娠出産より、まずは「病気」を治すこと(治したことなどないくせに)と考えている節が見て取れる。実際、そういわれた女性もいる。だから、薬を減らそうなどと夢にも思わないし、妊娠を想定しての「治療」など眼中にない。

 しかし、本来必要のなかった薬を飲ませ続けることによって、病気だと思い込ませ続け、人生をあきらめさせるのだとしたら、そして、患者本人が気づかない限り、そこから抜け出せないのだとしたら、そんな医療をいったい何と表現すればいいのだろう。