アマゾンからのネットのお知らせで、あの「絵本作家」の宮田雄吾医師が、今度は単行本を出版したことを知った。で、先日、近所の紀伊国屋にぶらり立ち寄ったところ、心理学のコーナーに、なんと平積みになっていた。

『14歳からの精神医学』――心の病気ってなんだろう――(2011年10月25日 日本評論社刊 1300円)。

『そらみみがきこえたひ』などの絵本シリーズに引き続いての、今度はそれより上の年齢を対象にした「啓発本」である。よほど無視しようかと思ったが、やはり、出てくるモグラは叩かねばならない。

 村上龍の『13歳のハローワーク』のもじりか? タイトルを見てまずそう思った。表紙には女子中学生のイラストが描いてある。そして、内容は、14歳、中学2年生の生徒に語りかけるような口調で、さまざまな「心の病気」についての説明……立ち読みしただけで、心臓がバクバクするほど、頭にきてしまった。



 ちなみに、各章とも、すべて物語仕立てになっていて、まず、「プロローグ」を読んでびっくりである。

主人公は男子生徒。小学校から知り合いだった彼女が中学1年で転校していき、その半年後(つまり14歳のとき)突然自殺をしてしまったというお話。以下引用。


「彼女は新しい土地に移ってすぐに、精神的な調子をくずしたらしい。夜も眠れず、食事もとれず、元気もなくなっていたと聞いた。小児科で「心の病気」が疑われ、精神科の受診をすすめられたが、気が乗らなくてグズグズしているうちに悪化したらしい。……(略)

 大樹(主人公)が好きだった彼女は自殺した。その一つの原因は、病気の治療が遅れたことだ。半年もの間、彼女は治療を受けなかった。そのために病気がこじれ、結局自殺した。……(略)

 この本には、心の病気や精神的な背景により問題行動がやめられず苦しむ子が出てくる。彼らの話を通じて、心の病気の知識や、苦しむ友達への向き合い方を君に伝えようと思う。加えて、ストレスやトラウマへの向き合い方も伝えることで、君自身や友達が心の病気に陥りにくくなり、さらに陥ったとしても「早期発見・早期治療」につなげることができるようになればいいな、と願っている。それは、多くの人がより「生きやすい」社会になっていく道なんだ。」

(難しい漢字には親切に、ルビがふってある。)


 この部分を読んだとき、思わず私は吐き気を催した。


本文では、「心の病気」として6つが挙げられている。これは以前紹介した、長崎で配られている「心の病気ハンドブック」をさらにバージョンアップしたような代物だ。重複になるが、徹底的に叩く意味で、ここでも取り上げる。


①摂食障害――太るのが怖くてたまらなくなる病気

「摂食障害はいくつもの原因が重なっておこる病気だと言われている。原因の一つに「心理的な悩み」があることは多い。だからこそ、内科ではなく精神科で治療されるんだ。」


 治療しないとどうなるの?

「調査によって幅はあるけれど、43~175人に1人が死んでいた。」

 友達が摂食障害になったら、どうすればいいの?

「君がとるべき行動は、友達の様子を「きちんと担任や養護教諭の先生に伝える」ことだ。」



②社交不安障害――人との交わりが怖くてたまらなくなる病気

 どうして社交不安障害になるの?

「社交不安障害の人は脳神経の働きに問題が出ていることが少しずつわかってきた。不安をキャッチし、危険信号を全身に発する機能をもつ「扁桃体」という脳の部位の働きが過剰になっているという説や、脳細胞と脳細胞の間で情報をやりとりする「神経伝達物質」の働きが不安定になっているという説が有力だ。」


 どんな治療をするの?

「まず「危険信号」である自律神経失調症状は薬で抑えるのが基本だ。その時は「抗うつ薬」や「抗不安薬」や「β遮断薬」などが使われる。



③強迫性障害――気になって仕方がなくなる病気

 どうして強迫性障害になるの?

「じつは、強迫性障害も脳の働きに問題が出ることで発病することがわかっている。

 脳細胞と脳細胞の間で情報をやり取りする神経伝達物質の一種である「セロトニン」の調節がうまくいかなくなったり、脳の前頭葉や尾状核という部位の活動が活発になりすぎたりすることでおこるといわれている。つまり、強迫性障害もあくまでも生物学的な病気なんだ。」


 どんな治療をするの?

「強迫性障害は、昔はとても治りにくい病気だった。でも今は薬物療法の発達により、昔に比べるとだいぶ治りやすくなったんだ。

 治療に用いる薬は抗うつ薬といわれている。とくにそのなかでSSRIと呼ばれる薬が用いられる。この薬は神経伝達物質のセロトニンの流れを調節して、強迫症状を減らしてくれる。

 気をつけなければいけないのは、14歳の君たちはまだ大人に比べると体も成長途中だし、薬の副作用が出やすことがあるということ。だから、大人以上にゆっくり時間をかけて薬の量を増やさなくちゃいけないことは知っておこう。

 ちなみに、この薬に即効性はない。だけど、飲み続けていると次第に効き目が現れて、少しずつ気になりやすさが減ってくる。だから辛抱強く飲み続けよう。」



④うつ病――気持ちは暗く、体はだるくなる病気

「もちろんうつ病によく似た症状を示す心の病気や体の病気もあるし、飲んでいる薬の影響で気分が落ち込んでしまう場合もあるから、素人判断は厳禁。診断はきちんと専門家である精神科医に任せよう

 精神科医と聞いて「えーっ!」と思う人も多いかもしれないね。小児科なら行き慣れているけど、精神科なんて行ったことがない人が大半だろうからね。しかし、やっぱり「餅は餅屋」というように「心の病気は精神科医」なんだ。小児科ではない。」


 どんな治療をするの?

「うつ病の治療において大切なポイントが3つある。「薬を使う」ことと「休養すること」、そして「相談する」ことだ。

 うつ病の治療に使われる「抗うつ薬」は、セロトニンやノルアドレナリンなどの流れを調整する。最近では昔に比べ、安全性が高い薬も開発されている。もちろん14歳の君たちが使う時には、大人以上に副作用には気をつけて慎重に使う必要があるのは言うまでもない。」



⑤双極性障害――気分のアップダウンにふりまわされる病気

 どんな治療をするの?

「ポイントはうつ病の治療とまったく同じ。すなわち「薬を使う」ことと「休養する」ことだ。

 双極性障害の治療には、主に「気分安定薬」が使われる。気分安定薬には「炭酸リチウム」「ブルプロ酸」「カルバマゼピン」などがある。これらの薬になぜ治療効果があるのかは、まだよくわかっていない部分が多い。でも、有効なのはきちんと確かめられているんだ。

 これらの薬は「有効量」と「中毒量」があまり離れていないから、使う時は採血して薬の血中濃度を測定しながら、慎重に少しずつ増やさないといけない。もちろん何の薬でもそうだけど、14歳の君たちが使う時には、大人以上に副作用には気をつけて、主治医と話し合って慎重に使う必要がある。

 また、興奮が強い場合に、次の章で話す「統合失調症」の治療薬である「抗精神病薬」を併用したり、眠れない時は「睡眠薬」を併用したりすることもある。さらに最近では、抗精神病薬として使われている薬で双極性障害に有効なことがわったものもある。」



⑥統合失調症――幻覚や妄想にとらわれる病気

 統合失調症とは?――100人に1人いる

 どんな治療をするの?

「この病気の治療に、薬は不可欠だ。


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 こうして書き写していると、うんざりしてくる。言うまでもなく、治療法としては認知行動療法なども記されているが、出てくるのは、まず薬物療法だ。しかも、薬についてかなり突っ込んで説明されている。


「大人以上に副作用には気をつけて」と、慎重さを強調しているが、そもそも抗うつ薬にしろ抗精神病薬にしろ、子供を対象にした治験は行われていないのだ。

 双極性障害にも使えるとして、ここで紹介されている抗精神病薬はジプレキサのことだろうが、その添付文書にはこうある。


小児等への投与

小児等に対する安全性は確立していない。[使用経験がない。]


 小児とは、一般に15歳以下のことを指す。つまり、14歳での使用に関しての安全性は確立していないのだ。

 また、抗うつ薬についても、たとえばパキシルの添付文書には、冒頭、赤字で警告が出ている。

警告 海外で実施した718歳の大うつ病性障害患者を対象としたプラセボ対照試験において有効性が確認できなかったとの報告、また、自殺に関するリスクが増加するとの報告もあるので、本剤を18歳未満の大うつ病性障害患者に投与する際には適応を慎重に検討すること


小児等への投与

小児等に対する安全性は確立していない。また、長期投与による成長への影響については検討されていない。


 それを治療の第一選択肢として、当事者、つまり14歳の中学生に向けて説くというのは、いったいどういう神経なのだろう。

 こういうこと(副作用)もあるかもしれないけれど、とにかく本で紹介したような症状がちょっとでもあったら「心の専門家である精神科医」にすべて任せておけば大丈夫ということだろうか?



 早期介入の本家オーストラリアでは、抗精神病薬を使った子供や若者に対する早期介入に対し、多くの有識者、専門家らから倫理的な問題を指摘され、ウルトラ・ハイ・リスク群を対象とした薬物治療の臨床試験が中止されている。

 一方、この日本では、中学生に向けて薬物療法を全面的に支持するようなこんな本まで出版されている。

 14歳である。

 本のタイトルに「14歳からの」とわざわざつけたのには、おそらく意味があってのことだろう。



何が何でも早期介入

「心の病気を早期発見するために」と題された章では、ARMS(アームス・発症危険精神状態)という概念まで持ち出して、統合失調症の早期介入を説いている。

「その理由は、ARMSの人で6~12ヶ月の間に統合失調症に発展する人の割合が、初期の調査で40~50%とたいへん高かったから。でも、その後の調査では、10%程度にとどまっていた。まあ、この10%というのもとても高い数値なんだけど逆にいうと90%は発病しないんだから、いきなり薬を開始するのは過剰介入だという意見も根強い。

 ただし、少なくとも「幻覚」「妄想」「まとまりのない会話」のうち、少なくとも1つの症状が「1日1時間以上」「週平均4日以上」で「1ヵ月」出現した時には、統合失調症の基準を満たしていなくても「サイコーシス(精神病状態)」とみなして、薬物療法も含めた介入をしようという考え方が主流になっている。」

 と、90%は発病しないと認めながら、最終的にはどうしても薬物療法がやりたいらしい。


 また、精神病未治療期間(DUP)を持ち出して、

「わが国におけるDUPの平均は約1年。幻覚・妄想が出ても、1年も精神科にかかっていないんだ。これじゃこじれるはずだよね。」

 と洗脳している。(ここで、私はまたしても吐き気を覚えた)。



「体の病気は、インフルエンザだろうが糖尿病だろうが、何でも放っておくとこじれる。……心の病気もそれは同じこと。「発病のきざし」を早めに見つけ、早期に治療すれば、経過がよくなることが多いんだ。」

 と言っているが、しかしですよ、宮田先生、インフルエンザも糖尿病も、きちんとした検査のもと診断されてから治療が開始されるはず。心の病気の診断は、上記のように(自ら書いているように)90%が誤診なのだ。そんないい加減な診断を元に、薬物治療をしたら、どうなるか。90%の子供たちを無意味な薬物のリスクにさらすことになるだけだ。こんな簡単な理屈がどうしてわからないのか!?


 本はさらにこう続く。

「友達が心の病気にかかったと気づいたら……?

 そんなはずはない、とうち消すのではなく、冷静に友達の状態を病気ではないかと「疑え」というのである。そしてあれこれ観察をして、

「ある程度、客観的な情報があるまったら、その情報を大人にパスしよう。担任や養護教諭、スクールカウンセラーなどに心配な点をきちんと伝えて、対処してもらうよう頼んでほしいんだ。」

 これは悪く言えば、スパイになって、精神科を受診させるため、ちくってほしいと、14歳の中学生に頼んでいるということだ。



 この本は厚生労働科学研究の一環として作られた。つまり、税金である。

 税金を使って、子供たちに間違った、あるいは偏った情報を与え、洗脳するような本を作るのがわが国である。(本当に、心底、嫌になる。)



 著者の宮田雄吾氏は、1968年生まれ、43歳。4児の父とある。

 彼は、自分の子供が心の病気になった(かもしれない)と思ったとき、他人の子供に対して行うのと同じように、躊躇することなく、薬物療法を選択するのか? ぜひうかがってみたい。