精神科街角クリニックにおける薬漬け治療の蔓延の元凶は何なのかといつも考える。

 そして、最近、織田淳太郎氏の『精神医療に葬られた人びと』(光文社新書)を読んでいて、ふと思った。

 その中で語られている「精神科特例」について。

 街角クリニックといえども、2001年まで適用されていた精神科病院におけるこの「精神科特例」を無視して考えることはできないのではないだろうか、と。



「精神科特例」(昭和33年から平成13年まで、43年にもわたって継続されてきた)とは、端的に言ってしまえば、精神科における医者の数は他科の3分の1、看護師の数は3分の2でよい」とする法律である。

 数でいえば、最低、患者48人に対して医師1人、患者6人に対して看護師1人、ということになる。

 少ない人員で病院経営をしてもかまわない、その代わり、ということで国が打ち出した交換条件が、精神医療に対する診療報酬を低く抑える、というものだった。

 少ないスタッフで、より安く、「医療」を行う。ということは、数をこなさなければならないということで、つまり、精神科病院というところは、「薄利多売」を運命づけられているといってもいいのである。



2001年の改正医療法によって「精神科特例」は廃止の議論が高まり、多少の是正がなされたとはいうものの、是正対象の多くは公的病院に限られ、日本の精神科病院の多くが「私立」であることを考えれば、現状はそう変わってはいない。

(ちなみに、大学病院や総合病院などの精神科においては、他科と同等になった。すなわち、医師数48:1だったものが、16:1に、看護師数6:1が3:1に是正されたが、一般の精神科病院においては、医師数は従来通り48:1看護師数が6:1が4:1に変更になっただけである。)


精神医療の真実  聞かせてください、あなたの体験 

上の写真は、以前、このブログに登場してくれた女性が、ある精神科病院に入院したときのものだ。

こちらに背中を向けている髪の長い女性がそうである。

閉鎖病棟で、窓の外には鉄格子が見える。部屋は畳敷きで、隅に布団がたたまれていて、患者は雑魚寝をするのである。

彼女が入っていたのは6畳の部屋に患者が3人。場合によっては4人が押し込まれることもあったという。(4畳半に2人という部屋もあったそうだ。)


畳部屋? まずそれが最初に感じた驚きだった。これが入院生活か?

他科における入院といかにかけ離れていることか。


現在、日本の精神病床数は約35万床(すべての病床の21.7%を占める)と言われているが、こうした雑魚寝状態なら、いくらでも増やすことはできるだろう。

そして、彼女が入院していた1ヶ月のあいだ、医師が病室(というのもおこがましい)に回診にくることは一度もなかったという。

「精神科特例」による、医療の貧困、格差が如実にあらわれているといえるだろう。

この状態を目の当たりにすれば、そこが「治療の場」であると感じる人はほとんどいないに違いない。



要するに、「精神科特例」をつくった厚生省(当時)、国みずからが、こうした差別状況を作り出し、それを黙認してきたということだ。

国が率先して、精神障害者の待遇を「これくらいでよし」とし、「私立精神科病院」の経営をやりやすくさせ、代わりに診療報酬を低く定めて、病院側を「薄利多売」に走らせた。結果、「治療目的とは言えない」社会的入院が増加せざるを得ない状況を作ってきた。


日本の精神医療は「治療」ではなく「隔離・収容」の道を歩いてきたといってもいい


「隔離・収容」が主であるから、この国の精神医療というもののとらえ方には、「医療」という概念が抜け落ちているのである。「精神科特例」などという法律を作ること自体、国はそもそもからして、精神医療を「医療」としてとらえていないということだ。


 精神医療を「医療」ととらえてないとすれば、街角クリニックで行われる「治療」もまた「医療」から遠ざかるのは当然と言えば当然だ。

 精神科特例のもと運営されている病院において研修を積み、「隔離・収容」的思想の蔓延するなかで精神科医として多くのものを学んだ医師たちが、ひとり立ちをしたからといって、習ったことと違う「医療」を施すようになるとはやはり思えない(もちろん例外はいつの場合もあるが)。


精神疾患を抱える者たちは、精神科を受診した時点ですでに「医療」という物差しではない、別の何かで測られ、処遇される「運命」を背負わざるを得ない。

極論を言えば、国が精神医療を「医療」と見なしていないのである。

そのことの意味は非常に重い。

と同時に、それを許してしまう、許さざるを得ないような状況も確かにあるのが精神医療という分野なのかもしれない(が、これはまた別のところで考えようと思う)。


政府は今年7月、がん、脳卒中、心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めたが、このように「医療」として貧困で、他科との「格差」を内包する精神医療の現状で、いったいどう対処していこうというのだろう。

情報をお待ちしています。

kakosan3@gmail.com