『精神科の薬がわかる本』(医学書院刊)という本を読んだ。
著者は姫井昭男氏。肩書は、本が書かれた2008年では、大阪精神医学研究所新阿武山クリニック所長となっているが、現在は違うようだ。
注目すべきは、姫井氏は、薬物依存症のなかでも、処方薬依存の症例を数多く経験してきた現場の医師として、これを書いているということだ。
睡眠薬のやめ方
本の中の「「睡眠薬」がわかる」という章を紹介する。
現場の医師として、ベンゾジアゼピン系睡眠薬について、当然のことながら、離脱症状というものを認め(持続期間については触れていない)、以下の症状を挙げている。不安、焦燥感、振戦、知覚異常(しびれ)、けいれん発作、動悸、頭痛、発汗など。
「そこで私が勤める施設では、こうした依存を形成させないよう、最初から「睡眠薬が必要なくなる=止める」ときのことを想定しながら処方し、できる限り連用を避けることや、自力で眠れそうなときは使用しないなどの指導をし、短い期間で薬を止めていくよう説明しています。」
そして、睡眠薬のやめ方の基本は「ゆっくりと減らすこと」という。その具体的方法。
①用量漸減法……量を徐々に減らしていく
超短時間(トリアゾラム(ハルシオン)、ゾピクロン(アモバン)、ゾレピデム(マイスリー)など)・短時間作用型(プロチゾラム(レンドルミン)、ロルメタゼパム(エバミール)、リルマザホン(リスミー)など)の睡眠薬に向いている。
漸減方法――直前用量の4分の1ずつを、1~2週間ごとに減らしていく。
②回数漸減法……服薬回数を減らしていく
長時間作用型(フルラゼパム(ダルメート)、クアゼパム(ドラール)など)睡眠薬に向いている。
まずは連日ではなく、一日おきにする。次に週2~3回の服用を3~4週間行う。
③置換中止法……種類を絞ってから中止する方法
多種類の睡眠薬を服用しているときの中止法。
まずはベンゾジアゼピン系睡眠薬のなかで、一番作用の短いものを、作用の長いタイプのものに置換。
あるいは、抗不安薬で依存になりにくいと考えられる非ベンゾジアゼピン系のタンドスピロン(セディール)に置き換える。
あるいは、催眠作用のある抗うつ薬のトラゾドン(レスリン、デジレル)に置換。
こうした作業を症例ごとによく検討しながら行い、あとは上記の①②へとつなげていく。
しかし現実は、著者も認めているようにこの作業はそう簡単に行くものではなく、姫井氏が関わった症例でも、睡眠薬をうまくやめることができなかった症例が3割強あるという。
アルコールと睡眠薬
不眠とアルコール依存症との関係について興味深い記述があった。
薬理学的には、アルコールと睡眠薬は交差耐性(アルコールに対して耐性を獲得すると、睡眠薬に対する耐性も獲得してしまうこと)があることがわかっている。
したがって、アルコールに対して依存を形成している患者に睡眠薬を処方するのはもってのほかである。
「しかし、アルコール依存症の治療に不慣れな精神科医のなかに、睡眠薬を飲むほうがアルコールを飲むよりはまだ安全だろうと思い、安易に睡眠薬を処方してしまう医師がいることです。このような場合、結局アルコールを断っても睡眠薬が手放せない処方薬依存となってしまうケースが非常に多いのです。」
抗不安薬のやめ方
「抗不安薬」の項目では「ベンゾジアゼピン系による依存の問題」という項目を立て、「向精神薬の中でもこの抗不安薬の使い方が一番難しい」としながら、次のように書いている。
「ベンゾジアゼピン系抗不安薬の安易な処方が依存を形成させて、医原性の薬物依存(処方薬依存)をつくってしまった例を多く見ている。
ベンゾジアゼピン系により処方薬依存となってしまった場合の治療には、非ベンゾジアゼピン系の抗不安薬を使います。まず大量のベンゾジアゼピン系処方薬の「量」を減らしながら、できれば同時に「種類」を絞り、非ベンゾジアゼピン系のセディールに置き換えていきます。そして、最終的にはそれも減じ、すべての薬剤を中止していきます。
治療期間は長くかかり、治療が順調に進んだとしても最短でも6か月、長い場合には2年ぐらいの期間を要します。しかし、完全に薬剤を中止できるのは4割ほどである。」
睡眠薬断薬の失敗が3割強、抗不安薬断薬の失敗が4割。つまり、ベンゾジアゼピン系の依存がどれほどのものか、この数字からもうかがえるというものだ。
また、「不安」というものについては次の2種類がある。
①興奮性神経系が勝っている状態での不安
②セロトニン系神経が機能低下を起こしたことによる不安
①の場合はベンゾジアゼピン系抗不安薬を処方し、②の場合は、非ベンゾジアゼピン系として分類されるアザピロン系のクエン酸タンドスピロン(セディール)を処方するとしているが、セロトニン系が関与した不安、とは一体何だろう?
事実著者も、実際患者を目の前にしてどちらが原因の不安か見極めるのは非常に困難としている。
それにしても、こうした箇所を読むと、処方薬依存を多数手がけた現場の医師とはいえ、所詮精神科医は精神科医であるという印象をぬぐえない。裏を返せば、精神科医がいかに薬物治療に主眼を置いているか、薬物万能論者であるかということだ。
セロトニン系の不安? この言葉自体、なんだか笑止である。そもそも人間の脳はそんなに単純で、図式的だろうか?
また、ベンゾジアゼピン系の睡眠薬と抗不安薬の違いとは一体何だろう? 本の中の説明では、催眠作用が強いか、抗不安作用が強いかというバランスの違いで分けているとあるが、何だかわかったようなわからないような説明である。
しかも、そんな微妙な(いい加減な)違いであるにもかかわらず、医師は不眠と言えば、睡眠薬(に分類されているベンゾ)を、不安と言えば抗不安薬(に分類されているベンゾ)を安易に重複して処方している。睡眠薬、抗不安薬の分類にどんな意味があるのだろう……?
正しい処方と指示通りの服薬
「睡眠薬へのQ&A」には、こんなことが書かれている。
「現在、処方の主流はベンゾジアゼピン系の睡眠薬です。薬理作用からは耐性や依存性は生じにくいといわれつつも、現に依存症者は存在します。そのほとんどの場合は、「正しい処方を、指示通りに服用」しなかったことから起こったことです。加えて、処方した医師の説明不足や観察不足が招いた現実でもあります。」
それなら反対に問いたいと思う。
「正しい処方」を行っている医師はどれくらいいるのか。そもそも「正しい処方」とは、どのような処方なのか?(著者の言葉を借りれば、「睡眠薬が必要なくなる=止めるときのことを想定しながら処方すること」となるだろうが、だとしたら、そのようなことを想定しながら処方をしている医師がいったいどれほどいるだろう?)
現在、私のところに寄せられた処方薬依存、離脱症状に苦しむ人たちは、少なくとも、依存が形成される前は、「指示通りに服薬」していた人がほとんどである。
常用量依存が形成された以降の「指示通りの服薬」を守らなかった、だから依存症者になったのだと言われては、患者に立つ瀬はない。
この本は患者向けというより、むしろ医師・医療従事者に向けて書かれた本だ。ならば、医師に向けて「正しい処方」をもっと徹底するよう注意喚起すべきではなかったか。
なんだ、結局そういうことか……と思う。
現在の症状を患者の責任に転嫁するというスタンスに変わりはない。
この本を多少の期待をもって読み始めたが、処方薬依存患者を多数見てきた医師の認識がこれくらいだとしたら、あとは推して知るべし……。それでも、その「推して知るべし」の医師には、コピーをして読んでもらいたい箇所もいくつかある。それくらい依存や離脱症状を理解する精神科医は少ないという印象を私はもっている。(以上のことも含めて、ここに紹介した漸減法を私は推奨しているわけではなく、あくまで参考という域をでないことをお断りしておきます。)