「強制入院させられて、幽霊のようになった」というメールを送ってくれた男性(20歳、仮にサトシ君とします)からの報告を公開します。


学校でのちょっとした出来事

 サトシ君が17歳のときのことだ。高校3年生、あと3カ月で卒業というときに、将来のことをあれこれ悩んでいた彼は、卒業したら自立をして家を出ようと考えていた。それを親に告げたところ、しかし母は、「おまえはまだ子供で、社会に通用するはずがない」と大反対。

 その少し前、サトシ君は学校で先生とちょっとしたことから言いあいになり、1週間ほどの謹慎処分を受けていた。

 その事件があったため、母は息子のことがずっと心配だったのだろう。突然、自立を言いだしたサトシ君に母はなんと精神科を受診するよう勧めてきた。

 どうして自分が精神科なんかに行かなければいけないのかとサトシ君は反発したが、母があまりに強く勧めるので、しぶしぶ母が探してきた近くの心療内科を受診することにした。

 そこで、担当の医師から「君は病気だから、薬を飲んだほうがいい」と最初から決め付けられるような言い方をされ、頭に来た彼はその場に母を残して、1人で家に帰ってしまった。


 あとで聞いてわかったのだが、そのとき母は医師から、息子が統合失調症であると告げられたらしい。そして、薬を飲まなければ、どんどん悪くなると……。

 母は医師から処方された薬を持ち帰ってきた。当然、彼に薬を飲むよう執拗に迫る。しかし、サトシ君は絶対に飲まないとはねつけた。それでも母はしつこく「飲め、飲め」と言う。それへの反発の気持ちもあって、サトシ君はある日学校をさぼってしまった。たった1日の無断欠席である。

 しかし、午後になると、先生が4人も家にやってきた。母が学校に電話を入れ、何か言ったのだろう。4人の男の先生も母と口をそろえて「精神科に行くように」とサトシ君を説得してきた。

 その日父は仕事で家にいなかった。しかし、家にはほかに祖母もいて、母は祖母まで引っ張り出し、結局サトシ君は6人の大人たちから精神科受診を迫られた。

 説得を続けながら、母は泣き崩れた。自分より母のほうが精神的に不安定なのではないかと思えるほどの取り乱しようだった。「自殺するかもしれない」とサトシ君は思ったという。だから、嫌々ながらも精神科受診を承諾した。前の心療内科ではなく、今度は精神科病院である。


母と医師が相談して……

 母と一緒に診察室に入ると、担当医師はとても優しい感じでサトシ君に話しかけてきた。しかし、質問はもっぱら、謹慎処分を受けたときの出来事についてだった。あのとき彼は教師に暴力は振っていない。ただ口ごたえをして、怒鳴っただけだ。しかし、サトシ君が思うに、医師は彼が暴力を振るったと思い込んでいるようだった。

 医師は薬を飲むように言った。しかし、サトシ君はここでもやはり「薬は飲まない」と答えた。

 すると、医師は母を別室に呼んで、何事かひそひそ相談を始めた。診察室に1人残されたサトシ君は何だかとても嫌な気分になり、このまま帰ってしまおうと思った。

 と、そのとき、大きな足音が聞こえ、振り向いたら、体格のいい看護師が4、5人立っている。

「これはやばい」咄嗟にそう感じた彼はドアの方へ走ったが、あっと言う間に男たちに取り押さえられた。

サトシ君は身長が175センチほどあり、運動神経がいいのが自慢だった。しかし、4、5人の大の男にかなうわけがない。がっちり両脇を押さえつけられて、ちょうどロボットのような格好でエレベーターに乗せられた。その時のことをサトシ君は、

「まるで強姦にあったような」と表現した。

 結局、彼はそのまま隔離室に収容された。そこで看護師の1人から「ズボンを脱いで」と言われ、言われるままズボンをおろすと、お尻に注射をされた。

 そのとき、液が体の中に入っていくのがはっきりわかった。心拍数が一気に上がり、そして今度は一気に下がった。そのときのことをサトシ君は今でもはっきり覚えている。心臓が止まるかと思い、そしてそのまま気を失った。

 意識を取り戻したのは、3日後である。といっても、その時はどれくらいの時間がたっていたかなどわからなかったが、気がつくと、とにかく、体中が震えていた。ブルブルブルブル、どうやっても震えが止まらない。それで彼は、緊急用のボタンがあったので、それを押し続けた。しかし、誰もやってこない。近くの隔離室で、自分と同じようにボタンを押し続けている25、6歳の男の人が見えた。

 薬でこうなったのか、恐怖のためかわからないが、ものすごい震えだった。ボタンを押し続け、ようやく誰かが出たので「なんの注射をしたのか」と尋ねてみた。「早く寝なさい」と相手は答えた。

 それでも、サトシ君はしばらくすると隔離室から出され、閉鎖病棟に移された。

 そのとき彼は「これは犯罪ではないのか」と思ったという。よほど警察に電話で訴えようかと思ったが、思いとどまり、代わりに母に電話をかけた。

「はやく出してくれ」と懇願すると、母は「薬を飲むまでは出せない」と言う。

 面会に来たときも、出してくれるよう頼んだが、「薬を飲むまではだめ」という返事だった。

 サトシ君は仕方なく、薬を飲んだ。

 病院には年がら年中念仏を唱える人がいた。認知症のようになった人も大勢いた。歌を歌う人、涎を垂らす人……。すごく変な気持ちになったとサトシ君はいう。

 それでも彼は、特に暴れるわけでもなく、おとなしくしていたのが良かったのか、1ヵ月ほどで退院できた。入院患者の中では一番はやい退院だった。


倍の用量のヒルナミン筋注

 サトシ君が最初にくれたメールにはこうある。

「強制入院の体験者です。

 私も幽霊のようになりました。

 薬でなっているのか、精神病をもらったのかわかりません。

 元は正常でした。

 幽霊のようになるのは、薬が原因でしょうか」

「精神病をもらった」という表現は語弊があるかもしれないが、おそらく、彼は入院中に見た患者の姿が強烈な印象として心に刻みつけられPTSDとなっているのだろう。「すごく変な気持ち」が今も続いているのである。

 そして、薬については、電話でこんなふうに言った。

「入院中に飲まされた薬はジプレキサとかエビリファイだったけど、自分には、最初にされた注射がすごく効いていると思う。心臓が止まりそうになって、それが今でも同じように続いている」

 事実、彼は電話で話しながら、ときどきぷっつりと会話が途切れることがあった。

泣いているのかと思い「大丈夫?」と問いかけると、しばらく無言ののち、「はい、でも、ときどき、今でも心臓が止まりそうになるんです」と答えた。

 実際、本当に心臓が止まったように感じたことがあり、救急車で運ばれたこともあるそうだ。心電図と脳波を調べたが、異常は見つかっていない。それでも、やはり心臓が止まりそうになるという。

 あのときの注射はどんな注射だったのか、サトシ君は看護師にしつこく聞いてみた。教えてくれたのは「ヒルナミン50㎎」ということだった。

 あとでネットで調べると、添付文書にはこうある。


用法及び用量

通常,成人にはレボメプロマジンとして125mgを筋肉内注射する。
なお,年齢,症状により適宜増減する。
 


サトシ君は17歳であり、「成人」とはいえない。しかも、倍の用量を、一気に筋肉内注射されているのだ。

 退院後の通院は、この病院ではなく別のクリニックに通っている。そこでは、デプロメール50mgジェイゾロフト25mgジプレキサ2.5mgリスパダールmgランドセン0.5mgなどを処方されたが、サトシ君の実感としては、こうした経口薬より、やはりあの注射が今でも体の中に残っているような気がしてならない。


 

2年間、外に出ることができない

ヒルナミン(レボメプロマジン)は、非常に強力な鎮静作用を持っているメジャートランキライザーである(たとえば、統合失調症の「陽性症状」を抑えるために使われる)。そんな強い薬を未成年者に倍の用量使ったら、どうなるか……。

「自分はまったく普通の高校生だった。幻聴ですか? そういうことは一度もなかった、本当に普通だったんです」

 しかし、退院してすでに3年近い時間がたっているにもかかわらず、入院前には考えられなかったような、深刻な状態が続いている。

 空間が歪んで見える。記憶が飛んでいる。脳がブチブチいう。外に出ると、何が何だかわからないが、死にたくなる。ビルから飛び降りたくなる。

そして、あまりに何度もリストカットを繰り返すので、サトシ君はネット通販で「手錠」を買い求めた。それをベッドの柵にくくりつけて、自分自身を押さえつけるのだ。

だが、そんなふうに自分を拘束すると、今度は幽体離脱のような状態になり、上から横になっている自分を見ているような感覚に陥った。

あるいは、母を殴り続け、そういう自分に怖くなったサトシ君は自ら110番通報して警察を呼んだこともある。そのときは、通院中のクリニックに連れていかれた。担当医師はサトシ君の状態を見て、「あの入院が強すぎたのかな」と呟いたという。

 景色が歪んで見え、回りの人が幽霊みたいに見え、自分の体が解けたように感じられる。いきなり死にたくなったり、人を殺したくなったりする。歩いていてもフワフワしていて、おかしな歩き方になる。

 そんな状態であるため、この2年間、ほとんど外に出ることができず、家に閉じこもったままだという。

 母も「入院する前はこんなじゃなかったのに、どうしたらいいのかわからない」と嘆いている。


 現在薬はランドセンを、きつくなったとき、頓服で飲むだけだ。きついというのはどのような状態なのかと尋ねると、「ゴキブリがひっくり返って、ジタバタする、あんな感じ」とサトシ君は答えた。

 電話を切ってからのメールのやり取りで、彼はこんなふうに書いている。

「不当な強制入院で薬漬けにされて、身体や脳が溶かされたようになって、意識を失ったり、認知症のようになったりした場合でも、薬を辞めるしか方法はないのでしょうか???

身体がいきなり名探偵コナンのように小さくなったかと思うと、大きくなったり、いきなり浮いたように力が全くなくなり、細くなって服が脱げたり、幽霊のような軽さになって飛び降り自殺をしようとしたり、それを抑える手錠も、身体が透明になって抜けたり、退院してから約3年も経っているのに、何も変わらなくて、本当にもう死んでしまって幽霊になったのかと思う日が続いています。」



 将来は運動神経のよさを生かして、NBAに入ってプロバスケット選手になるのが夢だった。それが今では外に出ることさえかなわない。

元は本当にごく普通の高校生だったのだ。


きっかけは、ちょっとした学校での出来事である。それを根拠におそらく医師は母親をかなり「教育」したのではないだろうか。統合失調症の恐れありとして、今、薬を飲ませなければ将来たいへんなことになる……と。

でなければ、息子を説得するときに母が泣き崩れたり、サトシ君が、母は自殺するのではないかと感じたりするほど取り乱したりしないはずだ。

そして、あのような形での入院。恐ろしいばかりの薬の量の注射。精神科病院という場所が少年に与えた心への悪影響……。もちろん、服薬し続けたさまざま向精神薬の影響も否定できない。

未成年者へのこうした無意味な精神科受診は、百害あって一利なしだと私は思う。

なぜ、無意味なのか。教師への口ごたえ、反抗、ちょっとした非行、落ち着きのなさ、イライラした感じ……そういうことは17歳という年齢の少年なら、あって当然だと思うからだ。ないほうがかえって心配なくらいである。

サトシ君はまだ20歳である。薬の後遺症や入院経験によるPTSDによって苦しみ続け、病気ではなかった少年が、このような体験をさせられたことで本当に病気になり、結局は将来を潰される。

いま、学校を中心に統合失調症の魔女狩りのようなことが行われていると聞くが、結果はこういう悲劇しか招かない。

サトシ君の人生をいったい誰が補償してくれるというのだろう。

そして、彼のような状態からどうすれば抜け出すことができるのか……?