(1からのつづき)



Wさんの述懐。

振り返ってみて、当時の悲惨な状態は、ジェイゾロフト全量が突然服用されなくなったことによる離脱症状と、新しく飲み始めた抗うつ薬の副作用の両方を同時に味わっていたのでないかと考えています。




【退職】

 数か月の休職後、結局2008年5月、半ば強制のようなかたちで、退職する。

その後はときどきアルバイトをしたり、資格のための勉強をしたり、就職活動をしたり。結局、再就職できたのは、1年近く経った2009年3月。

【再就職後、まさかの再処方】

にもかかわらず、同年11月、以下の処方を受け、

プロチアデン(塩酸ドスレピン 三環系抗うつ薬 50mg
アモキサン(アモキサピン 三環系抗うつ薬)125mg
マイスリー(ゾルピデム 睡眠導入剤) 25mg or 50mg

その後、プロチアデンからジェイゾロフトに変薬されて、またしても絶不調。

【症状】

前回ほどの激しさでないにせよ、朝がしんどい、動けなくなる。休みの日に何もできなくなり寝たきり。しかし、この頃はまたうつがぶりかえしたのかと考えていた。

仕事上のミスが急激に増える。仕事の処理スピードがかなり落ちる。あまりのひどさに今まで一度も怒ったことがない人に別室に呼ばれきつく叱られた。

深夜までインターネットをし続けて歯止めが利かない。朝の起床が困難になる。再び朝食の時間がなくなる。通勤途上で詰め込んで食べる日々。

【当時の典型的な異常例】

長期休暇のある夜にiphoneが欲しいなと思って検索を始める。その後、なんだかんだと延々と検索をし続け、一睡もせずに翌日の昼過ぎまでずっとネットを触っていた。楽しさもまったく感じないのに、止まらないのだ。

【またしても退職】

数ヶ月は何とか仕事が続くが、ある朝まったく起き上がれなくなる。必死で仕事に行こうとするも、そもそも立ち上がれない。這って洗面所まで何とかたどり着いたが(この距離ほんの数m)、顔すら洗えない。

諦めて欠勤の連絡を入れる。しんどさや気分の悪さの自覚はなかったが、どれだけ頑張っても動けなかった。その日は昼過ぎまで横になる。飲まず・食わず。

その後欠勤が続き、またしても休職に追い込まれる。そして結局、新しい職場も退職に至る(2010年)。

その後、ジェイゾロフト、アモキサン、マイスリーの減薬、断薬へ(昨年9月末)。減薬でもジェイゾロフトの離脱症状に一番手を焼かされました。」



病気との戦いではなく、薬との戦い

読んでいてこちらの方まで息切れしそうなほどの症状ですが、Wさんは、三環系抗うつ薬やSSRIを、薬理的にどのような理由があるのかわかりませんが、さまざまに組み合わせて、常に2種類の抗うつ薬を処方されています。

これでは、離脱症状と新たな薬の副作用で、体への負担は相当なものになります。

朝がしんどい、起き上がれない、異常な眠気、疲れやすい――うつの症状と似ているので、薬の離脱症状+副作用で苦しいにもかかわらず、病気の悪化、あるいは再発と受け止めてしまいがち。それでますます薬を飲まなければの悪循環に陥るわけです。

しかし、うつの悪化と思い込んでいたものは、実は薬の離脱症状、副作用で、最初のうつの症状など、とっくにどこかに吹き飛んで、あとはひたすら薬との戦いを余儀なくされたように思えて仕方がありません。

そして結局、2度の休職・退職に追い込まれ、人生の貴重な時間を無駄にし、お金を無駄にし(退職に追い込まれたため、収入分を入れれば、1000万円以上)、社会的信用をなくし、恋人を失い、さらには虫歯が増えたり、視力が落ちたり……。

現在もまだ体調は復さず、日々、離脱症状と闘っている毎日だといいます。





うつは自然に治癒する心の病

Wさんの場合、これはやはり、うつ病になったから、ではなくて、うつの治療のため飲んだ薬のせいで人生が必要以上に浸食されてしまったといっていいと思います。

うつで治療が始まって、長年改善することなく薬を飲み続け、結局、仕事を失うことになる人は大勢います。

それを逆の方向から眺めれば、うつ的な症状が出た時点ですっぱりと仕事を辞め、休養をとればよかったと思いますが、この時代、まともに社会生活を送ろうとすればするほど、それはほとんど不可能で、なんとか薬を飲んで頑張ろうとするのが普通かもしれません。

しかし、薬を飲んでもうつが治らない、それどころか、体調がどんどん思わしくなくなる、としたら、そして結局そのために退職に追い込まれるのだとしたら、これまでの生き方を振り返る必要があるから「うつ」というサインが出たと考えて、スパッと環境を変えてしまう……これがどれほど理想論を述べているかわかっているつもりですが、働きながら治療を続けても、悪くなることはあってもほとんどよくなることのない現実を思うと、そんなふうに極端な考えも浮かんできてしまいます。

そうすれば、失う時間ももっと少なくて済むかもしれません。心身への悪影響も少なくてすむはずです。

1960年代、70年代頃まで、うつ病は自然に治癒する心の病と考えられていました。それを示す論文もいくつもあります。

その中の一つ、1972年に書かれたものの中にこんな笑い話のような話が載っています。

医師がある典型的な内因性うつ病の患者に三環系抗うつ薬を投与し、3、4週間後、再診に来た女性(患者)の症状はかなり改善されていた。医師が「だいぶよくなっているけど、薬は続けなくてはいけないよ」と言ったところ、彼女いわく。「いや、あの薬は私に合わなかったので2、3日飲んだだけでやめてしまいました」



しかし、こういう話になると、決まって出てくるのが、「うつ病を放っておくと、自殺の危険性が高まる」というものです。岩波明氏の『うつ病 まだ語られていない真実』(ちくま新書)にはそういう話がたくさん出てきますし、一般的に引用されるのは、米国精神科医師会長が言った数字、「うつ病患者の15%は最終的に自殺する」というものでしょう。

しかし、この数字は、かなり限られた研究から得られた推定値で、現実には、この数字の300分の1程度。特に、現在うつ病と診断される大多数の軽症の患者には当てはまらないといわれているのです。

「たぶん80%かそれ以上のうつ病患者は治療しなくとも最終的に回復する」yck(1975)。




しかし、うつになり、何も手当をしないのは非常に辛いものです。誰かなんとかしてほしい。そんなとき病院へ行き、多少の話を聞いてもらう。それが適切な面接であれば、それだけでずいぶん良くなる人もいるはずです。


 うつ病はプラセボの効果が極めて大きいといわれています。

そのプラセボが精神科の受診であったり、薬であったりすることもありますが、現状の精神医療である限り、そこで処方される薬は、その後のことを考えると、プラセボとしては、あまりにその代償が大きいのではないでしょうか。