うつ病治療についての本を改めて読んでみた

すでに古典の雰囲気漂う、11年前に出たうつ病治療についての本を、ちょっとめくってみた。

『うつは心のカゼである――ひきはじめに読んで効く!』 北里大学医学部教授 村崎光邦著(ごま書房 1999年4月刊)

 タイトルも当時のキャッチフレーズそのままである。また、この本が出版された1999年という年は、日本にSSRIが導入された記念すべき年でもある。

 目次から、気になった文言をいくつかあげる。

①「うつ病は、一年以内に治る病気であることを理解する」

②「治療薬は麻薬のような習慣性はなく、興奮剤や精神高揚剤ではありません」

③「新しいうつ病治療薬品、SSRIの登場」

④「治癒して薬をやめれば副作用はなくなり、後遺症を残す心配もありません」

 よくぞ言いきったものだと、思い切りの皮肉を込めて、感心する。

 しかし、これが日本のうつ病治療の出発点だったのだと思う。ベクトルはすでに決まっていたといっていい。

 この本を要約すると、①精神科医はうつ病治療のプロである。②そのプロが使う薬、とくに新規抗うつ薬は安全で副作用も依存もない。③うつ病は薬を飲めば治る病気である(精神療法との併用をうたいつつも)。④しかし、再発が多いので、薬は飲み続けるべきである。

 嘘ばっかりである。本当のことは一つも語られていないことは、すでにさまざまな事例が証明している。


何が緊急メッセージ?

 そして、最初のベクトルのまま進んできたうつ病治療でさまざまな弊害が生じているという現実を前に、先日(12月1日)精神4学会が医療従事者に向けて「いのちの日、緊急メッセージ」を発表したが、その内容のなんとお粗末なことか。

http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/img/101201.pdf

書かれているのは、向精神薬の適正使用として「抗うつ薬処方時の注意点」と、「過量服用防止」についてであるが、なんでこんなことをわざわざ「緊急メッセージ」として言わなければならないのだろうと思うほどの内容だ。

向精神薬の適正使用といいながら、抗うつ薬についてのみ、こういう処方をしましょうねと、4項目を挙げているが、どれも薬の添付文書にすでに書いてあるものばかりである。それを改めて言うということ自体、いかに精神医療の質が低いか自ら白状しているようなものだ。

第一、抗うつ薬単剤についてだけ注意喚起をしたところで、まったく意味がない。そもそも抗うつ薬を単剤で処方されることはほとんどないし、抗うつ薬単剤の処方で起きる問題がいまの精神医療で起こっている問題の大きな柱ではないからだ。


 これまで寄せられた被害の報告を見ると、一番問題なのは、うつ病治療の場合なら、抗うつ薬(もちろんその他抗不安薬や睡眠導入剤も処方されている)によって症状の改善が見られなかった場合の、その後の治療のやり方なのだ。それを医師は難治性と称して、どんどん薬を上乗せしていくが、問題はまさにそこから生じている。

 薬剤によって生じた新たな症状――この視点が精神科医にはまったく欠落しているのである。

(つまり、冒頭紹介した本の②と④の思想(あえて思想と言いますが)、副作用も依存も離脱もないという思想が、いまだ精神科医のあいだにはびこっているということだろう)

 そして、その新たな症状から病名が変わり、それに見合った薬剤が処方され、さらに新たな症状が生じ、またしても、新たな処方がなされ、また薬剤による新たな症状が生まれる(かくして患者はどんどんどんどん悪くなる……)。

 その繰り返しであることが、なぜ、目の前にいる患者を見ながら精神科医にはわからないのだろう。初診のときの様子と、数ヵ月後の患者の様子の違い――自分の治療(薬の処方)が患者をそのようにしてしまったのだという認識は皆無なのか?)

医師に向かって緊急のメッセージをするなら、まさにこの点における注意喚起でなければならないはずである。

 もし医師に、薬によって精神状態がさらに悪化することもあるという認識があれば(これがそんなに難しいことだろうか?)、もし医師に、薬によって改善が見られないかった場合、立ち止まって治療方針を考え直すことの重要性を理解するだけの理性があれば、それだけで、どれほどの被害を防ぐことができるだろう。

 


 治療の過程で何が起きているか

 多剤大量処方については――「一部では不適切な多剤大量処方が行われているという問題もあり」といった程度に触れ、それを「抗うつ薬の大量投与は止めましょう」ということで問題をすり替えている。

なぜ多剤大量処方そのものに切り込んでいかないのか。治療の過程で何が起き、何が行われているか、治療のアルゴリズムに対する提言がなぜないのか。

 そして、過量服用防止というが、それにしたって、こうしためちゃくちゃな処方の過程で起こっていることで、過量服薬だけを取り上げて云々したところで、何も解決しはしないのだ。

 なぜ、それが分からないのだろう。今、精神医療で一番の問題がここにあるということが。

 学会が4つもあって、大勢の「専門家」が寄り集まって、緊急に発したメッセージがこんな上っ面で、内容のないものなら、アリバイつくりのためにやったとしか思えない。いや、そもそも何が問題なのかもわかっていないのだから、いくら提言したり注意喚起したところで、的を得たことが発信できるはずもないか。

 多剤大量処方を非難するのは「現場を知らないから」と精神科医はよく言いわけをする。しかし、「現場」で本当に起こっているのは、以上のようなことなのだ。