終わったのかと思ったら、まだやってますね。

「私は知ってるよ! お父さん、最近眠れてないんでしょ」

「2週間以上つづく不眠はうつのサインかもしれません」

「不眠のこと、まずはお医者さんへご相談ください」

自殺予防週間にあわせて、内閣府の自殺対策推進室が作った「睡眠キャンペーン」のテレビCMだ。



睡眠障害、自殺の危険性28倍

読売新聞の3月17日の記事によると「睡眠障害の人が自殺する危険性は通常より28倍高い」そうだ。

厚生労働省の調査――自殺した人の遺族76人からの聞き取りで明らかになった。

睡眠障害のほか、うつ病などの気分障害は通常より6倍、飲酒行動に問題のある人は3倍、死に関する発言をした人は4倍、不注意や無謀な行為のあった人は35倍も自殺の危険性が高かったという。

こうした厚生労働省の出した数字もあって、「睡眠キャンペーン」説得力を持ったのかもしれない。しかし、その結論が、眠れなかったら精神科を受診しましょう、なのだから、いやになってしまう。

自殺対策とは、そもそもは、自殺者を出さない社会をつくることが第一であるはずだが、そんな遠回りで、かたちになりにくいことをやるよりも、「~キャンペーン」と銘打って大々的にやるほうが、国民へのアピールにはなるだろう。

なぜいやになってしまうかというと、「2週間不眠が続いたら精神科へ」というお誘いが、いかに危険であるか、いろいろな数字が示してくれているからだ。



読売新聞(5月3日朝刊)が全国の精神科診療所にアンケート調査を行った結果は「うつ治療『薬物偏重』7割」である。

これはあくまでも、日本のうつ病治療は約7割が薬物に偏っているとの認識を示したという言い方だが、要は、7割の精神科診療所が薬物偏重の治療を行っている、ということに等しいだろう。

 それを裏付けるかのような調査結果が、7月28日の毎日新聞に、国立精神・神経医療研究センターの調べとして載っている。



「薬物依存に占める割合 向精神薬『10年で2倍』」

 同調査によると、薬物依存に占める割合は、向精神薬(睡眠薬と抗不安薬)の場合、1996年には5・6%と、覚せい剤やシンナーなどの有機溶剤に比べてかなり低かった。が、じわじわと上昇し、2008年には13%で、2倍以上、有機溶剤とほぼ並んだということだ。

 向精神薬の依存症患者は自殺リスクが高いとされている。

 その向精神薬を処方する(7割が薬物偏重の治療を行っているという事実!)精神科への受診を勧めることが、はたして自殺予防として適当なキャンペーンなのかどうか。ちょっと考えればわかるだろう。



 しかも、同じ毎日新聞の8月13日の記事には「睡眠薬処方、4年間で3割増」とある。

 これは厚生労働省研究班による過去最大規模の約30万人への調査で明らかになった数字だ。

 患者1人に出す睡眠薬の1日分の量が4年間で3割増加。

 3割増加というのは尋常ではない数字である。規模が大きいだけに、3割も押し上げるにはどれほど大量処方されているのか……。

 さらに調査によると、処方された患者の約3割が4年後も服用を続け、このうち薬が減っていない人は約7割にのぼることも判明。

睡眠薬を処方された患者4807人、そのうち4年後には約3割の人(1312人)が睡眠薬の処方が続けられ、飲み続けた人の4年間の処方量の変化は、増えた人が52%、減ったのは32%。変化なしを含めると減量されていない患者は68%にもなる。数にすれば890人。

つまり睡眠薬を一度処方されると、約7割の人が変化なしか、薬が増えるかで(しかも平均すると一日3割増の薬を飲んでいる)、そういう人はすでに4年以上飲み続けているということになる。



これでは薬物依存が10年で2倍も当然である。

つまり、2週間眠れないからとお医者さんに相談すると、5割強の人が睡眠薬を3割増で処方され、7割の人が薬物依存に陥る可能性があるということだ。

うっかりこのキャンペーンを真に受けて、精神科を受診しようものなら、こういう結果が待っているということだ。その責任は誰がとってくれるというのだろう。



 また、この調査の担当者の弁がふるっている。

「投与後の効果の見極めが十分でないため、漫然と処方されている可能性がある」

 見極めるのが医師ではないか。眠れないから睡眠薬を飲みたいが、どの程度の薬をいつまで投与するのか、患者の様子を見ながら薬の量を調節するのが「専門家」と言われる人の仕事ではないか。漫然と薬を出すだけなら薬売りと同じである。



さらに、同じ日の毎日新聞の記事にはこうある。

同じ担当者の弁。

「精神科診療所などは外来に追われており、時間のかかる減量が後手に回っている可能性がある」

つまり、忙しいので1人にかけられる時間に限りがあり、減量などやっていられないということだ。しかも、薬の減量は診療報酬上手当がない(儲けにならない)ため、やらない医師が多い。つまり、患者本位の医療ではなく、医師本位の医療である。

さらに、減量が進まない背景として、関連学会や厚生労働省などで作成した診療ガイドラインの不備があげられているが、なんでも、そのガイドラインとやらには、向精神薬の使用期間の目安や長期服用のリスク、減量方法までは記載していないのだそうだ(なら、それはガイドラインではないのではないか? と疑問と怒りが湧いてくる)。


すでに厚生労働省は自殺者の中で向精神薬の過量服用による自殺が多いことから、この6月、精神医療にかかわる日本医師会、日本精神科病院協会、日本精神神経科診療所協会など8つの団体に、向精神薬の過量投与に注意を促す通知を出しているのである。

つまり、厚労省は、精神科医が過量投与の傾向にあることを認識しているということだ。

一方、「睡眠キャンペーン」を推進している内閣府はそのことを知らないということか。




厚生労働省はこの9月、「過量服薬への取組――薬物治療のみに頼らない診療体制の構築に向けて」という報告書を出している。

薬物治療のみに頼らない……万が一「睡眠キャンペーン」のようなことをやるなら、せめて日本の精神医療がそれを実現してからのことだろう。

現状ではとてもじゃないが、お医者さんに相談する気になれないし、しない方がいいと思う。

もし、睡眠障害で日常生活に支障があるほどなら、精神科を受診したとしても、最初から医師のいうことを丸飲みにしてはいけない。処方された薬についても自分で徹底的に調べてから服用したほうがいい。

薬を出すだけ出して、減量は金にならない、忙しいからできないと、平気で言う現在の精神医療である。誰も責任をとってはくれない。ならば、自分の身は自分で守るしかないのである。