留学先で寮生活をしている時に
深夜に地下のランドリールームに行く途中
もう二度と会えなくなってしまった大切な人の香りが廊下にただよっていて
想い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡り
その場所から一歩も動けなくなったことがあります。
香りで記憶が引き出されるプロセスは時間にしたらほんのゼロコンマ数秒の出来事だと思うの。
でも、残り香の余韻は部屋へ戻った後もずっと続きました。
何故、あの時に人通りの少ない地下で、
フランスでしか買えない香水の香りがしたのかは分からないけど
日本でお別れできなかった私への最後の挨拶のような気がしてなりません。
人は、香水を素肌に纏う、
「それは、自分の香りと香料の香りを混ぜ合わせるため」で
「日本人の肌のような無臭の状態で香水を纏うのは、本来の香水の在り方ではない」
とヨーロッパで習いました。
日本人は日本人の肌の香りがわかるので、
先生の仰ったことが正解ではないのだけれど、
肌の温度で香りはのぼり、肌の香りで人を見分ける、と言っても過言ではない。
映画『パフューム』(パトリック ジュースキント著)で
調香師の主人公がつくり出したかった「究極の香水」は
愛する「女性の肌の香り」
辻仁成の『嫉妬の香り』で
主人公の心と人生を狂わせたのは
愛する「女性の肌の香り」の残り香
銀座での最も偉大な出逢い、と言っても過言ではない
クルボアジェというコニャックメーカーの「Napoleon」というお酒
口にするものとして頂いたことはないのだけれど
この香りが、私のイメージする、最も理想に近い人肌の香りなのです。
「香り」が「人肌」だと気付かせてくれた大切な出逢い。
それを媒介するものは「愛」なのであろうし「愛」であって欲しい。