ブログに書き付けることもね。

つねに「イマココ」であって、それ以上でもそれ以下でもない。

あとから読み返して、安心することもあれば、何を書いたかもわからなくて「ま、そういうこともあら~ね」と。きちんと思って、それでおしまい。それだっていい。

 

いま、これを書いている自分ということでいうなら、そのときの自分からどう「テーマ」を切り出して、文章にしておくのか。それがセンスってことだよな、と思っております。が、文章化すること自体、どこまでが必然で、どこからが「脳に変な影響」となるのかも、私にはよくわからない。

 

わからないままにしておく、というのが大切なのかもしれない。

たとえば。私の去年に亡くなった伯父は精神科の医師だった。いろんな人の治療や寛解にかかわった。そして、そういう話をあらたまってしたことはないけれど、医師の理念としては「患者を死なせないこと」が最優先事項であったのではないか、と推測する。もしくは、時代の変化とともにそれがQOLという物差しに代わったということもあり得る。

 

ふと。

仲間とゴシップ話などをくっちゃべっていて、伯父の声が耳元に聞こえてきたりすると、傍からどう見えようと、本人が自分で「イマココ」「これでよし」「はい次」と観察できているなら、あとのことは基本的に大丈夫。流れにまかせる感覚がセンスということなのかな、とも思うのだ。

 

いろいろ。

はい次。そして、今日もわくわくすることいっぱいの一日でありますように。