私は、最近よく報道されている、ヤングケアラーに関しても、同じ問題を抱えているように考えています。

 

戦後、新しい憲法が制定されても、昔から続いた家督相続制度の考えは、そう簡単に替えられるものではなく、子供を生産財として考えている親は少なからずいると思います。

 

今の子供達は、一見学歴、職業を自由に選択できると思われますが、その反面自由であるからこそ、結果の責任は重いのですが、それが親には理解できないのでは?と思うことがあります。それは「自分がやってきたことだから」かも知れませんし、小さい頃から障害者として配慮を受けて育った人にとっては、「子供の頃からやってもらっていたことを、今は子供に頼んで何で行けないの」と考える人もあるでしょう。

 

少なくとも、

「自分には職業選択の自由はなく、農業を継がされた。しかし結局家を出て、再出発したのは25歳の時だったから、他の人より遅れているし、学歴もない。自分は不幸だ!!」という想いでいたと思います。この(父にとっての)不幸を解消するためには、家族だって何だって、使えるものは全て使って、何が何でもネガティブな部分を解消させてやる。と思っていました。

 

父の口癖は、

「何が何でも」なのですが、この何が何でもの実態は、「自分が頑張る」のではなく、「家族が全力で支えてくれる」という甘えだったのです。

 

しかし、子供に修学や就労の機会を逸してまでも親の介護や家庭の家事を負担させることは、どんなに罪深いことか、という考えがなかなか及ばないのは、私の親を観察しても容易に想像できます。

 

また、ケアラーにならなくても、貧困が原因で進学できない人もいます。このことを、どうにかならないものかと思ったりします。

 

また、人は皆同じなのかも知れませんが、都合好くある時は生産財として扱い、ある時は現行憲法の扱いを期待されます。

 

例えば、我が家の子供は何故女の子だけなのでしょう。子供を生産財として扱うならば、男の子が生まれるまで、子供を産み見続けて欲しいと思います。昔は末っ子長男と言う言葉がありました。しかし、

「貧乏だから子供は1人で良い」と母は言い、

「否、心配だからもう1人産もう」と父が言ったことからも、妹は完全に私のスペアであり、私たち姉妹は生産財という扱いだったのです。

 

従って、私は、精肉店に出入りしている業者さんから、

「精肉店を継ぎなさい。良い人を紹介するから」と言われたことがありました。

「なんで薬学部に通学しているのに、よりによってお肉屋さんにならなければならないの?」と思いましたが、今となっては、父があまりにもおバカちゃんだったので、私の薬学生という学歴を信じていなかったのだろうと思います。

 

父のおバカちゃんぶりは、もしかしたら(当時は診断されていませんでしたが)若年性認知症だったからかも知れませんが、正真正銘のおバカちゃんだったのかも知れません。これは永遠に謎です。

 

私が、第三者による精子提供や特別養子縁組みなどが、気になって仕方がないのは、実の家族間にも嘘があり、実親に育てられることは、そんなに良いものではないよ。というネガティブな感情を抱いているからです。

 

しかし、人は無い物ねだりをする習性があります。実親に育てられなかった人は、実親との生活を夢見て、想像するのでしょうね。