父のDNA
敢えて「貧乏」のふた文字を使うことはやめておこう。
私の母は金持ちではない。
父は、もっと金持ちではない。
母は新築で建てた自宅と広すぎるほどの土地をもち、車も新車で買ったが、父は地震で崩れ落ちそうな長屋に一人楽しく住み、年代物の車は観るも無惨な状態で、いつ止まってもおかしくないほどだ。
世間では父が私たち3人を捨てて出ていった悪者扱いのようだが、実際には私たちに捨てられた野良犬のような男だ。
今の長屋を探し求めて長屋の大家のおばあさんに転居のワケを訊ねられ、「あの、妻に棄てられました・・・」と答えると、大家さんはすかさず、「ええ(良い)の棄てたなあ〜(笑)」と舌なめずりをしたらしい。
そうだ、父には肉体美と、おじいさんの割には女性にモテるルックスがある。そして健康体だ。
母は肥満で、全身病と言っても良いほどの状態だが、連日私の生活に合わせて早朝から深夜、日が変わるまで付き合ってくれる。
随分とお金も捻出してくれたことだろう。そう。肝心の父にはお金がないのだから。
父は気が向いたら時折りお小遣いをくれる。
一緒にいると、稀に菓子などを買ってくれる。
父の懐具合が何となく分かるから、安っぽいスーパーの駄菓子を買ってもらう行為にさえ、まるで高級パティシエのスイーツを買ってもらうような高揚感と罪悪感が入り混じる。
父は15歳と言う若さで家出をして以来、丁稚奉公を経て、ちょうど今の私と同じ17歳から商売を始め、ホストやら極道やらヤクの密売人やら色々な仕事?をしながら、警察署には、近所のコンビニよりも多く通い詰める常連だったらしい。
対する母は、高校生になっても門限が夕方の暗くなる前と言う束縛された家庭で、世間知らずに育ったらしい。
人の縁とは不思議なもので、そんな母も「怖いもの見たさ触りたさ」で、父と結ばれた。
そして私と妹は誕生した。
私には腹違いの姉がいる。父に似て面白いところもあるけれど、とても優しくて素敵な姉だ。
母は、私の今の努力が報われて、順風満帆な人生を送ることを望むだろう。
そして父は、きっと私に、挫折や失敗や苦難が訪れることを自分のことのように覚悟している。
両親は、私自身は「幸福な未来が訪れるだろう」と、そう思っているのだと感じているかも知れないが、
実はそうでもない。きっと人生には想像を絶する苦難が多くある。
そして、それを巧みに、時にはのらりくらりと乗り越えて行けるのも私だと思う。
私は数ヶ月毎に傘を折る。度々忘れ物もする。先月など路端で豪快に転んで自分の腕の骨まで折った。
今日の夕方にも自転車の鍵を落として、急遽父をお迎えに呼び出した。
父は少なくなったガソリンメーターを見ながら悲しそうな顔をしていたが、私が、「ごめんね・・・」と言うと、
伏し目がちに、「傘を折るのも、鍵をなくすのも、ずっこけて骨折するのもパパのDNAやから・・・」と言ってボロボロの車の荷台に、私の自転車を積み込んでくれた。
(ちなみに父は交通事故で6度も死にかけて8年間も脚を引きずる生活をし、姉は小学生の頃、交通事故で心肺停止後に蘇生し、私の妹は青信号の横断歩道で手を挙げて近所のおじいさんと黄色い旗を持った班長に見守られながら渡る時、近隣の赤信号を無視した看護師の車にはね飛ばされて全身打撲で救急搬送されている。そういうDNAでもある)
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#父のDNA
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#朝から深夜まで勉強三昧
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#背中のリュックはダンベル級の重量