所変わって月曜日。
日が頂点に差し掛かってもシロウは布団から出ようとはせず丸まっていた。
今日は月曜日なのだが文化祭の振替休日ということで別に問題はない。
ガチャ、扉が開く音がすると布団に潜る体がビクッと動いた。
扉を開けた人物は何も語らずにズカズカと部屋の中に入って来た。

「シロウ?起きてるんでしょ?何か食べた?」

ユウコの優しげな声が一層、シロウを畏縮させた。
何も言わないシロウにユウコは近付いた。

「昨日は言い過ぎたわ。ゴメン。」

シロウは布団の中でユウコの言葉を疑問に思った。
何故彼女が謝るのか?と、その疑問に答えるようにユウコは言葉をつづける。

「みんなに言われたの、言い過ぎだって。後で考え直したら確かに言い過ぎたのかなって。」

シロウが顔をだすとユウコは昨日の怒り具合とは対照的に落ち込んでいた。
更には泣き出しそうになった彼女にシロウは驚いて布団から跳び起きた。

「そんなことない!あれは僕のせいで。あの、」
「本当?」
「本当、本当!」

シロウの言葉に遂にはユウコは泣き出してしまった。
困惑の頂点に立っているシロウはそうなるしか無いような自然さでユウコを抱きしめた。
恋人たちの抱擁というより子供を慰める親のように見えるのだが。
ユウコもシロウに抱きしめられた事により段々と泣き声を抑えていった。

「あれは僕が悪かった。ユウコは悪くない、だから泣かないで、」

ようやく泣き止んだユウコは震える声を奮い出した。

「今度あんな事をやったら絶交してやる。」
「今度って?」

シロウの胸を離れたユウコの顔は涙の赤い目に負けないぐらいに赤らめていた。
そして白雪姫の可憐な姿以上に愛らしく、愛おしく見えた。

「今でもいいわよ、」
「いま!?」
「誠意を見せてよ。」

そう言うとユウコは目を閉じた。
もうシロウの中に戸惑いの感情は消え去り、舞台の緊張とは違う緊張が彼を包んでいた。
顔を近付けるシロウ。

10㎝、
彼女の頬に手を備えた。

5㎝、
視界が彼女の顔によって占められた。

3㎝、
彼女の吐息を唇に感じた。
1㎝、
シロウも目を閉じると闇の中で彼女の熱を感じた。


刹那、間延びした声が聞こえた。

「あ、チューしとるぅ。」
「え!?あきゃぁぁぁ!」

その声に驚いたユウコは目の前にいたシロウを突き飛ばした。
その突然の攻撃にシロウは受け身も取れずに転がる先の壁に衝突して止まった。

「カハッ。」
「あっ!シロウ!!ゴメン!つい、」
「チューしてるぅ。チューしているぅ!!」
「黙りなさい!ケンイチ!」
急に現れたケンイチは目の前の事件に小躍りした。
ユウコは意識が遠退いているシロウを起こそうと体を揺らさせていた。

「うぅぅ、」
「ケンイチ!あんた何で此処に!?」
「いやしゃぁ、学校に行ったら門も閉まってるしぃ。どうしてか聞こうと。そしたらぁ、」
「な、なによ。」
「二人がラブシーン演じているなんてぇ!」
「な!」

シロウの体を支えていたユウコは動揺して、頭ごと落とて轟音が響いた。

「あっ!!ゴメン、シロウ!」
「ラブゥラブゥだぁねぇ!」
「この馬鹿!」
「ひひひぃ、ハハハァ!」

キスを邪魔されたからか、ケンイチの不謹慎さかユウコは真っ赤になって彼を責め立てた。
そして二度の頭部打撃により意識が飛んでいるシロウこそ、ニンニクも十字架も太陽の光さえ脆ともしない最強のバンパイア、

「シロウが目を覚まさない!」
「流石に死んだかぁ?」

の筈である・・・。
シロウは正座してユウコの前にいるのだが当の彼女は彼に背を向けていた。
彼の顔からは汗がダラダラと垂れ流れ、彼女の顔には喜怒哀楽のうち怒の表情が占めていて何者の介入も許されない結界を張っていた。
その結界に入れない他のクラスメイトは教室の外から彼らの動向を見守っていた。
その眼差しは純然たる悪意に満ちてはいるが。

「ご、ごめん。」
「ゆるさない、」
「すいません。」
「絶対にゆるさないから。」

絶対を強調するユウコは頑なにシロウを見ない。

「あそこまで来たのに、」
「うん、」
「すっごい恥ずかしかったのに、」
「ホントにすいません。」

あの事件の後で劇は続けられなかった。
ユウコとシロウの両名が起動不能になってしまったので仕方なくそのまま幕を下ろすことに決めたのであった。
その不甲斐ない結果にアサカは納得がいかないようであったが、奇抜なエンディングとアサカや起動不能になってしまった彼らの演技力を見込まれて審査員特別賞を受賞した。

「もう一回聞くわよ!?」
「はい、」
「どうしてあそこでキスしなかったの!」
「その、ついとしかいえなくて。」
「このぉ!馬鹿ァ!」

ユウコはつかつかとシロウに近づくと彼をポカポカと殴り始めた。
その顔は真っ赤で涙目なのに怒っているのが見て取れた。

「いたい、いたいよ、ユウコ。」
「馬鹿!馬鹿!!馬鹿!!!馬鹿吸血鬼!!!!」
「吸血鬼じゃないんだけど。」
「首を見ていたら噛みたくなったなんて吸血鬼でしょうが!」

二人の喧嘩を見ていると何故か穏やかな気持ちになるようで教室の外にいるクラスメイトの全員が微笑んでいる。
しかしその中にケンイチの姿は見えなかった。



夕方も過ぎて夜になった深い森の中でヘッドフォンから漏れ出る音が流れ出ていてケンイチが苦も無く山道を歩いていた。
そのまま歩いていると、目の前に洋館が現れる。
歴史ある建物だと一瞬にして理解できるほど古びているがキチンと手入れされていた。
彼が巨大な門や扉に近づくと自然と開いた、その不自然な現象に反応を返さずに彼は通り抜けて屋敷に入っていった。

「お帰りなさいませ、ケンイチ様。」
「あの方は?」
「はい、先ほどお帰りになられて。ただいま食事中でございます。」
「どこだ?」
「大広間にてございます。」

彼を待っていたのは数人の給仕ことメイドが口調、態度、姿勢ともども丁寧に応対していた。
そのメイドにふてぶてしくも尊大に接するケンイチは学校で見るのと違った存在感があった。
彼はメイドに言われたとおり、部屋の奥にある大広間へと入っていった。

「あら?帰ってきたの?」
「先に帰ったのはあなたでしょう。」
「一緒に帰ってあげるといった覚えは無いわ。」

部屋にはシロウの夢の中に出てきた金髪の美女だった。
その美女がワイングラス片手にケンイチに微笑みかけていた。
ケンイチは美女にかまわず反対側の椅子を引き寄せて座った。

「見ていたのでしょう。彼の行く末を、」
「まさか、あの場所でやるとは思っても見なかったけどね。」
「それは予想外、ということですか。」
「面白い運命の悪戯と言って欲しいわねぇ。」

クツクツと笑う美女にケンイチはあからさまに嫌な顔を浮かべた。

「あなたの悪ふざけに付き合っている暇は無いですよ。」
「あら、ご機嫌斜めさんね。」
「・・・彼女から奪う気ですか?彼を、」

ケンイチの言葉に美女は更に笑みを深めた。
感情の極限の表われであるはずのその表情からは心情は捉えられなかった。

「えぇ、正々堂々でも卑怯でも、彼を頂くわ。」
「それがあなたの願い?」
「バンパイアの願いでもあるわね。」
「・・・。」
「そうは思わない?」

金髪美女は唐突にグラスをこぼした。
中に入っていた赤い液体が白い純白のテーブルクロスを汚した。

「同属でしょ?あたし達。バンパイアの、」

ケンイチは忌々しく美女を見つめた。
白雪姫の配役が決まった時、ユウコは心の中で喜んでいた。
更に、改訂版の台本でキスシーンがあると知った時、彼女は心を大きく震わせた。
そして今、舞台の上でシロウに抱き抱えられながら彼女は期待していた。

しかしユウコの期待は大きく裏切られる。

意識的にしても無意識的にしても、ユウコは少しだけ口を尖らせた。

しかし期待していた感触はいくらたっても現れない、むしろ首に奇妙な感覚を覚えた。
どうかしたのかとユウコは薄目を開けてシロウを伺った。

「っ!?」

伺ったユウコの目は巨大スクリーンを捉えた。
シロウの黒い頭の向こう側のスクリーンには彼女の首に噛み付く彼が克明に映されていた。
その映像で自分が噛まれていることに気付いたユウコは目を見開いた。

「ぷ、くくく!」

一方シロウとユウコを見守りつつも期待していた観客は王子様の突然のアドリブに呆気に取られていた。
それはシロウの他のクラスメイトも同じだった。
シロウとユウコの仲を進展させるという裏の目標をかがけた彼等もまさかここで首に噛み付くとは夢にも思わなかった。
体育館にいた人間全員がポカンとする中で一番最初に反応を示したのは七人の小人が一人、ケンイチが噴き出した。

「ははひ、ひゃははぁ!くくくく、」

ケンイチは皆が沈黙を貫く中で彼だけが狂ったように悶えながら笑っている。

「な、ななな、」
「かきかかきかきはひはぁ!」

ユウコが非常事態に頭をパンクさせていると、当のシロウがゆっくりと口を首から離した。
離れる彼の顔は満足感に満ちていてまるで別人のような色気を感じた。
その彼と目が合った瞬間。

「あ、」

といって、何時ものシロウに戻った。
そして自分が何をしたのか理解したらしい彼は途端にあわてふためきだした。

「なんで、首に、え!?」

その様を見て今まで意識を飛ばしていたユウコは恐るべき早さで怒りの沸点に達した。
そしてシロウの顔に加減をする事なく一発を加えた。
受け身も取れずに転がる彼を見てケンイチは更に笑い声を強めた。

「殴られてやんのぉ!あははははぁ」
「こっちが聞きたいわよ!何で首!しかも何で噛み付いたのよ!バンパイアのつもりなのこの馬鹿ぁ!」
「ご、ゴメン!ユウコの首を見ていたらつい。」
「ついって何よ!この!」

シロウの言い訳に更に怒り心頭のユウコはおもいっきり息を吸い込み、何かを言おうとした。

そしてこの事件こそが彼をバンパイアこと、吸血鬼になった事件
『キスの場所間違えちゃった事件』の全貌である。

「馬鹿吸血鬼ぃ!」

ユウコ渾身の叫びが体育館に悲しみと怒りと何故か一割の笑いを含んで響き渡った。
みたいな主人公が好きなツバメです。
最近、というか殆どの主人公は熱血か馬鹿のどちらかですよね。
私はエゴイストで自分中心に物事を進める主人公が好きなんです。

だから今放送中の某野球ドラマの教師もそうであって欲しいです。

まぁ、無理でしょうが

あともう少しで「病的吸血鬼的ライフスタイル」を書き終えます。

予定としてはこの後は他に数本書く予定ですが、

どうやら上記の小説を書き直す必要がありそうです。


ですのでもしかしたら改訂版を更新するかもしれませんのであしからず。


あと、ラストスパートが駆け足すぎたかな?

と反省しています。


ではおやすみなさい。