時が過ぎて、彼らが生まれた時代に名前がつけられ歴史の一つになったある現代。

一息吸うだけで食欲の本髄を刺激されるような香ばしい臭いが漂う一つの中華料理屋
に老夫婦と二人の客がいた。
食事時でないためかそこを営む老夫婦は残った客に食事を出すとそれぞれに自由時間
を満喫し始める。
オジサンは新聞紙を広げ、オバサンはカウンターに座ると店の天井付近に設置されて
いるのは見るのにすこしと惑うテレビを観賞し始めた。

それに映っているのは険しい表情を崩さない一人の女性だった。
『現場の千草です。あの川を見てください!』
マイクを片手に叫ぶ彼女が指差す方向にカメラが動くと、そこには山が地肌をさらし
て緑地から荒地へと変貌している。災害が起きた事を証明するに事欠かない。
千草という女は一気に説明を付け足した。
『連日連夜の雨で地盤が緩み、昨晩の大雨で一気に崩れたもようです』
荒れ果てた山から視点は川へと移る、その川にも土石流の痕跡が残されていた。
『避難警報を発してから30分足らずで、そのときまだ避難者がいたという情報があり
ます。』
山を形成していた大量の質量は土石流として川を流れ、その下にある町を襲う、
その筈だった。
『しかしあちらを見てください!』
千草が指さした先には一般的な住宅地であろう町に向かって一線の濁流痕が走ってい
る。しかし濁流痕はあからさまに方向転換しすぐさま元の河川へと戻っていく。
どこか興奮したかのように千草はヘリのモーター音に負けないように叫んでいた。
『とてもではありませんが自然現象には見えません、まるで意図的に町を避けている
ように見えます!』
『被害者はゼロだと聞きましたが?』
千草に問いかけたのは逆に冷静さを見失わないもう一人のアナウンサーだった。現場
に行っていない彼女は今見ている映像を目視しその映像に内心驚きながらも、なおも
冷静さを崩さずにいた。
『はい、そのとおりです!過去にあった水害では数百人が亡くなる大規模な災害だっ
たのですが、今回の水害では被害者が奇跡的に0、地元では水神の所業ではないかと
噂されています』
『千草さん、有り難うございました。被害者がいない事は喜ばしいことですが、あん
なことが起こるのでしょうか?どうおもいますか?』
冷静な女性は隣にいる中年男性に問いかける、しかし自分の知識の対象外の話を振ら
れた中年男性は噴き出る汗をハンカチで拭きながらも答える。
『現実的には起こりえないことではありませんでしょう、少し調査が必要ですがね』
どうしてお前が調査するんだというテレビの視聴者の突っ込みを一身に受けているこ
とに気付かない中年男性はあいまいに微笑む。

新聞紙を広げながら親父は耳の中に入ってきた単語に反応を示した。
「水神の所業ねぇ、」
ホントかねぇと疑わしいと言わんばかりに眉を顰めるオジサンに対して、カウンター
に座るオバサンは興味深々にテレビに釘付けとなる。
「あらやだ、此処から近いじゃない。やだわぁ」
「おまえ、喜んでどうするんだ?」
そういってどこかうれしそうに喋るオバサンとそれを注意しながらも本気で入ってい
ないオジサンの会話に聞き耳を立てている二人がいた。
店の一番奥の座敷で食事をしている今現在唯一の客。
共に若者らしい風貌に包まれているが、彼らの持ち物はその見解を払拭する。
青年が壁に立てかけたのは剣道などで竹刀を運ぶ袋、
女が横に置いたのは僧侶が持つような豪勢で立派な錫杖、
どう見積もっても二十歳過ぎにしか見えないが彼らの持ち物にはふさわしくなかい。
そんな彼らは互いにご飯を食べながらも会話を続けていた。
「あぁ、つかれた、」
嘆息する彼女に青年は優しげに声をかける。
「お疲れさま、あれほどの力を発現するのは俺でも難しい。」
「大体、この錫杖自体が使いにくいのよ」
横に置いてある錫杖を忌々しげに見つめる彼女に青年はあきれながらも答える。
「暴れ馬みたいなやつだからな、」
パクパクと食べ続ける青年を見ていた彼女は唐突に思い出す。
「ところでさ、」
「なんだ?」
「あの時、どうしてソラの怪我が治ったのよ?」
「・・・、憶測だが。」
たっぷりと間を空けて箸を置いたソラに、ミコトもまた動きを止める。
「あの瞬間、死にそうだった俺の体が受けた傷を浄化された魂が引き受けたからだろ
う、」
「そんなことあるの?」
魂が代わりに傷を引き受けて、そして天国へ行ったって言うの?
それは非現実的だ、しかしソラは笑いながらに私に告げる。
「あるのだから仕方ないだろう?」
どこかで聞いたことのあるセリフが全く違うように聞こえたのは気のせいではない。
ソラがテレビで流れ続ける災害のニュースに目をやると意地悪な笑みを浮かべる。
「それにしても水神か、これはまた大げさだな、」
いつでも他人の評価は過剰だ、そう付け加えるソラとは対照的に私は少しだけ不安に
なっていた。
「・・・派手にやりすぎたかしら?」
横目で自身の横にある錫杖を捉えるミコトにソラは少しの笑みを含んで答える。
「気にするな、あれ位の無茶なら問題はない」
「そうなの?」
「あぁ、昔はよく悪戯したものだ。色々とな、」
何か含むようなセリフにやんちゃをしていた頃のソラを思い出させる。昔と違って自
然と笑えるようになったソラは過去を懐かしみ、微笑んだ。
そんなソラを見てミコトも笑みを浮かべる。
「・・・悪い人」
「行こうか、」
自分とミコトの目の前に食料が無くなるとほぼ同時に二人は互いに荷物を持って出口
へと足を運ぶ。
「お会計を、」
「あいよぉ」
ソラが言うとオジサンが待っていましたとばかりにレジスターを操る。
「千二百円ですね、」
「えぇっと、はい、ちょうど」
若人が持つにしては古風すぎる巾着からお金を取り出すとオジサンに手渡す。
暇を持て余したオバサンが興味本位に同じく暇そうなミコトに声をかける。
「あんたら観光客かい?これからどこに?」
「えぇ、すこし天壌院のほうに、」
「天壌院?そんなお寺あったかしら?」
「そこらの寺だ、行こう」
適当にやり過ごしたソラはそのまま出口へと向かう。
扉を開けていざ一歩出ようとしたところでオバサンは一番聞きたい事を聞いた。

「んで?あんたら一体何者なんだい?」
「俺ら?」
「私達は、」

振り向いた彼らの顔は外との明るさの対比で表情の機微までは分からなかったが、

「ただの浮浪者だ」
「ただの不老者よ」

二人は幸せそうに自慢げに笑った。

これだけは理解できた。