肩を貸して歩いていると、不意にソラが語りだした。
「八十年も昔、俺はとある城で武士見習いをやっていた。」
止める気にもならない私は素直に聞いていた。
「俺の使える主君は偉大な人で未熟者の俺を厳しくも適切に育ててくれた。ある意味では親以上の存在で、俺は主君の為なら死ねた。」
今考えれば青かったんだな、と笑うソラに私は泣きそうなぐらいに悲しくなった。
「しかし主君は死んだ、病気・・・だった。だから俺は主君が残した国を護ると誓った。」
その決意が彼を此処まで導いたもの、それはとても大切で重い想い。
「だが次の主君、つまりは主君の子供はどうしようもないほどだった。酒や女に溺れ、博打にはまった。打ち出す政策はどれも見当はずれで、その失策を補うために民を犠牲にせねばならなかった。
長い間、平和を謳歌した国は数年で見るも無残に荒れてしまった。」
美しい国が滅びの道をたどる、それがどうにも我慢できなかった。
「俺は国の為に
周辺の国の支援を得て、
仲間と共に主君の子供を討ち、他の誰でもない俺達が国を統べることになった。
それが裏切りと捉えられても。
それが正解であると、そう信じていた。
しかし現実は、
「だが俺達は誤算していたんだ、
それが周囲の国の思うが侭だということに、
周囲の国が我先にと俺達の国を占領し始めた。
頭が変わったことにより国は混乱していて、対応すら出来なかった。」
それが政治や統治以前の問題、それが国のあり方と運営。
そのことに気付くのが俺達は遅すぎた。
そして結果的に、
「俺は主君を裏切っただけでなく、国と仲間を失った。」
自分の決意を自分で霧散させてしまった。
「その負け戦、俺はなんとか逃げ延びた。逃げ延びてしまったんだ。
そんな自分の生の貪欲さに自己嫌悪に陥った。
そして気付かされる。
俺の今持つこの刀に呪われていることに、」
この黒焦げで何の役にもたたなそうな鈍ら刀に呪われていると、その刀に宿る炎に気付かされた。
「眠れば火に焼かれて、起きても炎が俺について離れない。」
それはまさしく、
「罪だと思った、仲間を犠牲にしても生き延びている俺の罪だと思った、
精神の弱かった俺はたったの三年で悪夢に負けて自害しようとした。」
それは当然の選択、生きる終わりのある地獄なら死んだ終わりの無い地獄の方がいい。そう選択し、刀を喉元に突きつける。
「死のうと目を瞑る瞬間に、俺は刀の中で俺の炎で苦しむ仲間を見た。」
火に焼かれる昔の友、同じ国で育ち、同じ物を食べ、同じ夢を追った友。
「国を救えず、仲間をも救えなかった。
そんな俺でも仲間の魂だけは自分を犠牲にしてでも助けようと。
その思いで俺は今まで生きてきた。」
独白は唐突に終わりを告げる、その目には先ほどにはなかった火の点いた目がある。
「だからこそ!」
だからこそ、此処まで来た。
ソラは目の前の巨大で豪華な門に問いかける。
「天壌院にいる巫女よ!禊を受けに来た!門を開けてくれ。」
声に反応して重厚な門がゆっくりと開き始める。
その緩慢な動きに私は苛立ちを隠せない、寺を出てもう半日はとうに過ぎた。
普通なら半日程度で到達できる天壌院もソラの負傷と私の体力切れに足を引っ張られ、その倍の時間をかけてようやくついた。
寺を出るときは低かった日も既に天頂を越えていまや山に沈もうとしている。
日が沈んだら時間切れ。ソラが禊を受けるには百年待たなければならない。
いや、もう一日も、一時間も、一分も待ってられない。
ソラはもう限界なのだから、
焦る私とは対照的に天壌院の奥から現れたのは目を隠した巫女だった。
「名前は?」
その巫女が透き通る結晶のような全てを見通すような声で聞いてきた。
ソラが苦しそうに答える。
「ソラ、」
「貴方は?」
目を隠す巫女は連れ添いの私にも聞いてきた。
「ミコト。」
「貴方が禊を執り行いたい武器を見せなさい。」
ソラが杖代わりに使っていた焦げた刀を差し出すと目隠しの巫女はそれを受け取るとマジマジと観察する。
「良いでしょう、」
目隠しの巫女はソラに刀を返した。
「貴方の武器に宿る魂を浄化しましょう。」
その一言に私は自分の事のように喜ぶ。
「ソラ!やったわね!?」
そしてソラもまた安堵して顔を緩める。
「あぁ、これで、」
しかし目を隠した巫女がソラに対して人差し指を立てる。
「ただし、私の質問に答えられたならばの話です。」
「問?」
ソラが呟く、その返事は彼にとって唐突だったらしい。その彼をおいて巫女は語りかける。
「貴方がこの武器を作った事は分かりました、貴方が禊を受けたいという事も理解できました。それを理解して私は質問します。」
ソラの前に立つと目を隠した巫女はその透き通る声で聞いた。
「過去を償う事が出来ましたか?」
その問にソラはと惑いつつも誠実に答える。
「俺は・・・、俺は過去を償うために此処に来た。愚かな選択を改める為に此処に着た。だからこそ、禊を受けてやっと俺は過去を償いきる事が出来る。」
「では、貴方の罪はまだ償えていないという事ですか?」
「俺の罪が消える事はない、そこに存在し続ける、うぅ。」
ソラが答え切ると流血に耐え切れずに膝をついてしまう。
しかし巫女はソラの答えを聞き終えて数秒もすると背中を向けてしまう。そして今のソラに残酷な結末を告げる。
「どうやら貴方にはまだ時間が必要なようです、禊を受けさせるわけにはいきません。」
「そんな!」
「待ってくれ!俺には!」
そんな時間が残されていない、そう叫びたかったのだろうかソラは思い切り叫ぼうとするが怪我に顔をゆがめそれを許さない。
「それに、」
巫女は急に私を見つめたとおもうと流れてソラを見た。
そしてなぜか私から見える横顔には口元だけの笑顔が見え、そして一言だけ呟く。
「これもまた運命なのでしょうね。」
「俺の事はいい!この中で苦しんでいる仲間を助けてくれ!」
刀を差し出すソラの声は涙交じりだった、しかし懇願するソラを見て巫女は悲しげに述べる。
「・・・それだけでは足りないのです、」
そういい切ると門がソラにとっては絶望の音と表現される重厚な音をたてて閉まった。
拒絶、
その事実を段々と飲み込めてきた私は門を全力で叩き声を張り上げ抗議する。
「ちょっと待ちなさいよ!禊をやってあげなさいよ!あんた!ソラがどれだけ苦しんだか知っているっていうの!?」
「やめろ、ミコト。」
しかし怒りを顕にするミコトと異なりソラはどこか達観した表情で項垂れていた。
その諦めの表情に私は憤怒する。
「それでいいの?ソラは!あんなに頑張って、大怪我を押して此処まで辿り着いたのに、諦めるの?」
「そうは言っても、打つ手無しってのが、・・・現状だ。」
不意に声が淀むソラは力を失い地面に倒れこんだ。
「ソラ!?」
「少し手当てを頼む。」
私が傷当ての布を取り去ると、今までで一番酷い夥しい量の血が流れ始める。
その圧倒的な量に一瞬戸惑いつつも手当てを始める私だったが、
(もしかして気が抜けた!?これ以上はダメ!)
その血は止まらない。あたり傷口に布を押し当て止血しようにも何故か血は自分から出ようとしているかのようにあふれ出ていた。
それは命を続ける事を諦めた国から逃げ出す難民のように。
そして体は熱を失っていく。
「ミコト、すまなかった。」
ソラは小さく、それこそ耳を傍立てなければ聞えないような小さな声で礼を言った。その礼に彼は言葉を付け足す。
「お前の頑張り、無駄にしてしまった」
「ううん、いいのよ。あの巫女が訳分からないだけだったんだから。」
何とかしてソラの意識を保たせなければ、私はソラを抱きしめながら必死に話しかける。
「アタシは、ソラが無理して、ソラが守って、ソラが貫いた意志はすごいと思う。」
「だが過去を償うのは難しい。いくら反省しようと足らず、いくら詫びようと許されない。」
ソラは段々と私を見つめなくなる、焦点が一箇所に合うことが無くそれは淀んだ沼のようになっていく。
死ぬ間際か、死んだ後か、ソラはそんな目をしていた。
その変化を見て耐えられなくなった私は咄嗟に叫ぶ。
「わ、私がソラを許すから!」
その言葉にも反応しなくなるソラにかまわずに私は叫び続ける。
「私がソラを許すから!」
それが彼の免罪符になるのだろうか?よりいっそう苦しめることになるのではないか?そんな理屈や理由は頭の中には無かった。
私はただソラに伝えたいことを伝えていた。
「仲間の苦しみを拭おうと必死にがんばった事、」
そのために此処に来た。
「逃げたくなる位に辛くても逃げずに立ち向かった事も、」
生きる地獄を選び、死に逃げなかった。
「アタシを守ってくれた事も。」
暴風の壁の中で私を身を挺して護った。
「私が知っているから!」
私以外は知らないかもしれないけど、
「私がソラを許すから!」
貴方を許すから、貴方の罪を許すから、貴方の罰を消してしまうから、
「お願いだから生きようとして!」
それはソラの考えには無かったこと、
「すぐに死ぬだなんて言わないで!」
ソラは生きる事を既に放棄していた。
彼は自分の存在理由を棄て、仲間の魂の救済だけを求める。
「仲間だけ助けてなんて悲しい事を言わないで!」
それこそがソラの考えた生きる意味だった。
しかしそれが、今、崩される。
「自分も救われようとして!」
(あぁ、ミコト、俺は・・・)
声にならない感想を口にするソラは既に泣き顔でぐしゃぐしゃのミコトをソラを背景に眺めていた。
ミコトの流した一滴の涙が刀に伝わる。
その一滴の涙が自然と刀の中へと吸い込まれていった、
「・・・!?」
刹那、ソラは体の異常に気付く。
(体が軽い?)
先ほどまで自分の体が地面と一体化したかのように重く動くのもうっとうしく感じているのにも拘らず、今、死ぬ直前になってまるで体が羽のように軽い。
これが死ぬということか?
それなら納得できる、しかし目の前の風景は変らないのはなんだ?
未だにミコトが俺を抱きしながらワンワンと泣いている。しかも抱きしめられている全身の感覚も刀を握り締めている手の感覚も。体五感、すべてが正常に活動している。
俺は一体どうなっている?
「ソラ?」
ミコトもまたソラの異変に気付いた。
(体が暖かい?)
先ほどまで氷水にでも入っているかのように冷たかったソラの体が今はちゃんと生きている事を証明できるほどの熱を帯びている。
しかも先ほどまで流れ出た血はもう一滴も流れる事がない、ただ外に出てしまった分が冷たく硬くなっていくだけ。
それはすなわち、
体から傷が消えていた。
「どういうことだ?」
そう疑問を口にしたのは当人だった。当人が分からないのだから私がわかるわけがない。先ほどまで死にかけていた人間が一命を取り留めた、
それが彼らにつきたてられた新しい事実だった。
「何で?傷がふさがったの?」
「・・・まさか!」
するとソラは唐突に刀を抜いて刀身を見つめる。
必死に見つめるソラに私は何も言えずにただ見守る、そしてソラは信じられないといわんばかりに呟いた。
「禊がれて、普通の刀に戻っている。」
「・・・はい?」
「魂が浄化されている!」
「なんで?」
私の質問にソラは首を傾げる。
「理由が分からない、だがもうこの刀には仲間の魂がない。もう俺の仲間は苦しまない、」
ソラは大事そうに刀を抱きしめる、そして私にではなく成仏した仲間に小さく声をかける。ありがとう、遅れてすまないと口だけで私は読み取った。
「・・・なんだったのよ、もう。」
私は緊張の連続で疲れた体を横に休め、夜へと変りゆく夕を眺めた。
ソラは祈り続けていた。仲間の安息を、
私はというと、私もまた祈っていた。ソラに一つの幸せを、