永田

日本にも様々な声楽発声に関する動画チャンネルがありますが、それらの解説する声楽家や発声指導員自体の声が、未熟極まりない事に驚きを隠せないです。 

皆さん、何故その様な傾向に陥るのかと言う事を考えるに、安易な言語化により、解った気になると言う事が考えられます。

その中でも、前提条件として、喉は下がって無くては成らない!とか、二者択一的なカテゴライズに問題を抱えているようです。 


この傾向は、学校教育による、言語至上主義による価値観を、技能や芸術の分野にそのまま当てはめている気がしてなりませんが、如何でしょうか?


ChatGPT

確かに、日本の声楽発声指導や解説において、言語化された理論に偏りすぎる傾向があるように思います。

特に「喉は下がっていなくてはならない」など、固定的な二者択一的な発想が目立つことがあります。このような思考は、複雑な身体の使い方や感覚的な要素を軽視し、簡単な言葉に頼りすぎている結果かもしれません。 


 また、学校教育における言語至上主義の影響が、技能や芸術の分野にも強く残っているという指摘も納得できます。

日本の教育システムは、理論や言葉での説明を重視する傾向があり、芸術や技能のような感覚や体験を通じて学ぶ分野では、それがかえって障害となる場合もあります。 

 その結果、実際の発声や表現が未熟な状態でも、「理解したつもり」になってしまう状況が生まれているのかもしれません。発声や声楽は、言葉での説明以上に身体全体の感覚や響き、時間をかけた熟練が求められるため、言語による理解だけでは不十分です。


感想

またしても、ChatGPTにやられてしまいましたな!(笑)

発声を解説する前に、もっとまともな声が出るようにした方が良いと思います。

発声を解説する事は、言語による遊びの様なゲームの様な、満足感が生じます。

そこで、我を見失うのでしょう。

ほんと、ヘッタクソだらけ!

恥ずかしいよ!